妖精視症候群
そんなに大昔のことでもないんだが、ごく一部分の人にだけ、そこには存在しないはずの妖精がごく当たり前に見えている時期があった。
割合にすれば数百名に一人いるかいないのかという程度で、しかもそのごく少数の人々にしても妖精を見ることはできてもその存在を見えない人々に認識させる方法は知らなかったので、自然と普通の人々の前では妖精のことを話題に出さなくなった。
そうした妖精たちはただそこいらを舞っているだけでなにをするでもなく、物質的な影響力も皆無だった。
つまり、見えない人々にとっては最初からいないのの同然であり、見えている人々が話題にしなくなると次第にその存在そのものが忘れ去られるようになった。
仮にその羽虫のように空中を舞い踊る小人たちが存在したとしても、それを見ることができない大半の人たちにはどうでもよく、ごく短い期間に持てはやされた妖精たちと妖精たちが見える人々の存在とは、次第に人々の記憶から薄れていった。
「ということがあったんだけどよ、お嬢さん。
あんたまだ若いから、そのときのことはおそらく知らないと思うんだが」
目の前を飛んでいる羽根の生えた小人、絵に描いたような妖精の男の子は生意気そうな口調でそういった。
「だからおれがはっきり見えるからって、別にあんたの気が違ったわけではないよ、たぶん」
「つまり、あんたのことはわたし以外の人には見えないんだ」
わたしは考えごとをしながら、そういう。
「それじゃあ早速お願いがあるんだけど。
明日の放課後にちょっとだけ協力して欲しいことがあって……」
妖精の存在よりも、明日の追試をどうやって切り抜けるのか。
そちらの問題の方が、より切実だった。




