四月の馬鹿
「四月一日ですよ、四月一日!」
日付が変わるのと同時にキーボードの上に小人が出現して、そんなことを喚きはじめた。
「エイプリルフールです!
ウソをつきましょう、ウソを!」
「うるせえ」
おれはドスの効いた低い声でそういうと、指先で小人の首根っこを摘まんで脇にどける。
「こちはそれどころじゃないんだ」
月曜までに、三月中にまとめみきれなかったこの決算書を片付けなければならない。
毎年年度が切り替わる時期には、とても多忙なのだ。
「なんでやらないんですか、エイプリルフール!
ウソをつきましょう、ウソを!
害のない、それでいてユーモアのあるウソを!」
キーボードの脇で、小人は無遠慮に大声を出し続けた。
「企業も個人も毎年工夫を凝らしたウソをついていますし、世間もそれを待っています!
乗るしかない、このビッグウェーブに!」
「こっちはそれどころじゃねえんだよ!」
おれは小人を睨みつけて不機嫌な声を出した。
「第一、その手の年中行事なんてもんはやりたいやつだけがやっていりゃいいんだ。
おれみたいな忙しくて暇のない人間まで無理に引っ張り出そうとするな」
その手の「全員右へならえ」的な同調圧というのが、おれは心底嫌いだった。
なんで、
「みんながやっているから」
などという根拠にもならない理由でおれの行動まで決めつけられねばならないのだ。
「ということが、昨夜あってなあ」
と朝食の席で説明すると、わが細君は、
「それはとてもいいウソですね」
といって軽く聞き流した。
いや、ウソでではないんだがなあ、と、おれはどうやらおれにしか見えないらしい、キッチンテーブルの上を跳ね回っている小人を目で追いながら、心の中でそうぼやく。




