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掌編集  作者: (=`ω´=)


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古書店街にて

 地下鉄を降りて地上に出た途端、人の多さにうんざりとした。

 週末だから人出も少なかろうと予測をしていたのだが、その予測は完全に外したことになる。

 聞けば、今日はちょうど年に一度の古書店市の日程にあたっているというではないか。

 これならば、数日、来るのを遅らせた方がよかったかな、とも思う。

 どうせこちらは何もすることがない隠居の身、時間だけならばいくらでもある。

 しかし、せっかくこうして出てきたのだから、ここで引き返す手もない。

 この人の多さは想定外ではあったが、しばらく目的の書物を探して回ることにしよう。


 ここに来るのは三十年、いや、四十年ぶりになるのか。

 時間を持て余していた学生時代には日参していたものだが、いつしかすっかり足を運ばなくなっていた。

 つしか新宿や池袋などに大型の書店がいくつもできては潰れ、果てにはネット書店などという便利なものが出来てしまったのだから、ここから足が遠のくのも不思議ではない。

 いや、それだけではなく、自分自身もまた、それだけの年月が流れれば相当に変質している。

 この街に日参していた当時は、なににもよらず、飢餓感を抱えていた。

 今ではその逆で、たいていの事物に飽き飽きしている。

 その証拠に、若い時分は書店に入ると買うべき本、読むべき本を求めて貪欲に本棚を隅から隅まで走査したものだが、今では書店に入ることすら、稀になっている。

 いやいや、これは別に自分が変質したせいばかりでもなく、書店という存在自体がここ数十年で大きく変質したせいもあるのだろう。

 昔は、街中の小さな書店が意外な棚づくりをしているような例も決して珍しくはなかったのだが、現在ではどんな書店に入っても、棚に並んでいる本は大同小異でおおよそ個性というものがない。

 売ることにばかり必死になって、そのときそのときに売れる本ばかりを棚にならべるようになったおかげで、文化的にはかえって貧困になっているのではないか。

 街の本屋がばたばたと閉店していくのと、この書店の品揃えの没個性化していった時期は、ほぼ重なっているように思う。

 一言でいえば、今の書店は昔の書店よりも面白い場所ではなくなっているのだ。


 人ごみを掻き分けるようにして街路を進み、何軒かの昔からある古書店と、それに念のために冷やかしてみた仮説の露店までもを散策していく。

 途中、膝が痛んできたときは、無理をせずに人混みがないところまで逃げてから、そこで開いていた喫茶店にでも入って休憩をする。

 昔からあるような店が何十年も健在な場所ではあるのだが、そうした古くからある店はこのような日にはまず例外なく満席になっていた。

 そのため、没個性的で安っぽいチャーン店のカフェに入るはめになるわけだが、ここもまた満席に近い状態でやけに騒がしく、あまりゆっくりと寛げるような状態でもない。


 そうして何度か休憩をする取りながら古書店をはしごして回り、夕暮れになってようやく目当ての本を見つけることができた。

 ガレージで開かれていた百円均一の山の中からようやく探し出したそれは、一冊のミステリー小説である。

 何十年も前に出版されたものだが、売れなかったらしく、この著者はこの本しか出していない。

 世間一般的な価値基準からいいえば、限りなくゴミに近い代物だった。


「本当に在ったんだな」

 表紙に細かい傷がいくつもついたその本を手に取り、思わず小さく呟く。

 そして、会計を済ませてさっさと自宅へと急いだ。


 その本が実在していたことは、よく知っている。

 何度かの引っ越しをしたため紛失してしまったが、以前、家にもあった本だ。

 今は亡き家内が、生前、一度だけ新人賞に引っかかって出版することができた本でもあった。



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