チクリ鳥
「チクリ鳥だ!」
数学の授業中、尼崎が叫んだ。
「チクリ鳥が入ってきたぞ!」
カラフルな羽毛を生やしたチクリ鳥が教室の中で飛んでいるのを視認した生徒たちが一斉に悲鳴をあげて腰を浮かす。
このチクリ鳥、絶滅危惧種とかで天然記念物に指定されているのだが、珍しさ意外にも困った習性を持っている。
年頃であるおれたち中学生が恐れるのも、それなりに根拠があった。
「オナニーは毎日一日三回!」
やがてチクリ鳥はニキビ面の川内の肩にとまるとそんな鳴き声をあげた。
女子がきゃーっと悲鳴をあげて引き気味になり、男子の方は、
「お、おう」
「元気があるなあ、あいつ」
呆れ半分で微妙な表情になっている。
そうした生徒たちの声に驚いたのか、チクリ鳥は川内の肩から飛び立って教室の上空を旋回しはじめた。
そう、このチクリ鳥、接触した人物が胸に秘めている秘密を鳴き声として発するというなんとも困った習性を持っている。
それも、どうした加減かことさらに性的な事柄を選んで暴きたてる 習性があった。
この習性をが原因で乱獲されて、現在では個体数が激減しているとか。
そんな習性を持つ鳥が中学の教室に飛び込んできたら、生徒である中学生たちが恐慌を来すのも当然のことだった。
「みんな、静かに!」
尾松先生が叫んだ。
「今は授業中です!」
「実は男子に胸を見つめられるのがそんなにいやではないんです!」
チクリ鳥はクラス一の巨乳の持ち主である柏崎の肩にとまった。
これについては、男子も女子も、
「ああ、うん」
的な反応であった。
この柏崎、クラスで一番胸が大きいことは確かだったが、胸だけではなく他の部位も大変にふとましいビヤ樽体型だった。
「おれの×videosフォルダが火を吹くぜ!」
チクリ鳥が肩に止まってそう鳴いても、惟光は平喘としていた。
「いやそれ、みんな知っているし」
こいつはむっつりではなくオープンな方のスケベなのだった。
その他、
「おねーさんのストッキングが」
だの、
「実は家庭教師の人と週一でしています!」
とか、
「ぜ、絶対領域ー!」
とか、
「実はおれは女子よりも小さな男の方が」
とか、
「今、二股かけています!」
とか、いろいろな性癖や性生活を暴露して行く。
挙げ句の果てに、飯島と鳥取の腐女子コンビの肩に止まったときには、
「ミツヒコ✖カケルは神!」
「カケル✖ミツヒコこそ至高!」
と立て続けに鳴いて両者の間に決して消えない深い溝を刻んだ。
どうやら彼女たちの価値観だと、同じキャラ二人の組み合わせであってもどちらのキャラが攻めるかという差異は、戦争さえ辞さないほどの軋轢を産むらしい。
そんなこんなでチクリ鳥はクラスのほぼ全員の肩に止まってときに衝撃的な内容を暴露したあと、ついには尾松先生の肩にとまる。
「十代のガキには興味がねえー!」
尾松先生の嗜好は、三十代半ばという彼の年齢とその職業を考えるると極めて穏当なものだった。
「おれは三十代以上のぽちゃ系にしか関心がないだー!」
その鳴き声を聞いた生徒たちは、おれも含めた全員が一斉に拍手をした。
尾松先生は照れたように頭を掻いている。
「何事ですか、この騒ぎは!」
あまりの騒がしさに我慢できなくなったのか、英語の本城先生が引き戸を開いておれたちの教室に怒鳴り込んできた。
チクリ鳥がその本城先生の肩にとまり、
「二年前から体育の象山生生とダブル不倫してますー!」
と鳴き声をあげる。
あまりのことに本城先生はその場にへなへなと座り込み、ついで顔を両手で隠してわっと泣きはじめた。
「チクリ鳥が逃げたぞ!」
「追え!」
おれをはじめとする生徒たちのちは廊下へと飛んで行ったチクリ鳥のあとを追った。
この珍事を面白がっていたこともあったが、どさぐさまぎれに授業が潰れると思ったからだ。
チクリ鳥はおれのクラスの生徒たちを引き連れてまっすぐに職員室へとむかう。
そのあとはもう、阿鼻叫喚だった。
浮気や不倫が暴露されるのはまだいい方で、
「出会いサイトを使って未成年と援交しています!」
とか、
「週末はSMクラブでバイトしてます!」
とか、
「実は真っ赤なピンピールで踏まれないと射精できない!」
とか、いやもう異常性癖や法律的にヤバそうな案件が出るわ出るわ。
おれたちだって別に先生たちが聖人君子だとは思っていなかったが、それにしたって乱れすぎだろう。
そちらのインパクトが強すぎて、おれたちのクラスでの暴露の印象がほとんど霞んでしまったくらいだ。
そしてついに、チクリ鳥は定年間際の校長先生の肩にとまった。
チクリ鳥は、
「今でも週三回、欠かさず愛妻といたしております!」
と鳴く。
これには、おれたち生徒たちも取り乱していた先生たちも揃って惜しみのない拍手と賞賛を送った。




