漁色
なに、宇宙パイロットになりたいとな。
それは激しくお勧めできない。
いいや、いっそ止めておけと、わしならば忠告をするな。
拘束期間が一回のミッションにつき数年、場合によっては何十年と続くし、その間、俗世間から隔絶した環境に身を置くことになる。
そうした航宙期間の大半は冷凍食品よろしくカチンコチンに凍って過ごさねばならん。
そして肝心の仕事はといえば、どんな馬鹿にでもできる簡単なボタン押しだ。
機械任せにしておいてもなんら支障がない、実にやり甲斐がない仕事といえる。
報酬はそれなりで社会的なステータスの高いのだが、実質的には懲役持ちが刑務所で過ごすのとたいして変わらん。
さらに加えていうのなら、宇宙には未知のトラブルとなりうる障害が山ほどある。
航宙中の事故はもちろんのこと、宇宙人相手の些細な誤解がもとで命を落とす者が決して少なくはない。
どのよういい繕ったところで、安全な仕事ではないのだ。
わしか?
ああ、むろん、経験があるぞ。
些細な誤解、いいや、この場合は無知が元で命を落とすことになった同僚のことも、鮮明におぼえておる。
まあやつの場合、どう見ても自業自得の部分が多いので同情の余地はないのだが。
当時わしとその同僚とはオリオン腕を宙域にいく仕事を受けていた。
数年コールドスリープしたあと宇宙ステーションで目をさまし、いくつかの知性体と調印をして既知の知性隊とはいくばかの荷物を交換をして帰還する、ただそれだけの簡単な仕事であるはずだった。
しかし、今ににして思えばこの宇宙ステーションというやつがまずかった。
なにしろ数十数百種という知性体が平喘と集まっているような場所だ。
まだそうした異星人という存在に慣れていないわしらのようなおのぼりさんの地球人にとっては刺激が強かったともいえる。
ましてやわしも先輩もまだ血気盛んな年頃であり、地球文明を代表してここまでやってきたという自負もあった。
仕事の合間を利用して個人的に他の宇宙人と接触しようと試みるのも、自然な流れではあった。
わしら携帯端末の翻訳機能を頼りに、比較的話しかけやすい哺乳類型の宇宙人数種とやり取りをするようになるのにも、そう時間はかからなかった。
ここまでは、まあいい。
滅多に遭遇をすることがない種族同士の交流ということで、なんら支障がない。
「アビアカ種族のピンクの毛皮の子がいるだろう」
しかしそこで調子に乗ったわしの同僚は、なんとこんなことをいいだした。
「ああ、いますね」
その先の展開を想像だにしていなかったわしは答えた。
「イポラスとかいう名前でしたか」
実際にはもっと複雑で長い名前なのだが、わしら地球人の声帯では正確に発音できないのでそうした異星人の名前は大半、当時のわしらは愛称で呼んでいた。
「あの子な」
その同僚はいかにも自慢げな表情をしてとんでもないことをいいだした。
「口説くことに成功した」
「はあ?」
思わず、わしは大声をあげる。
「キャプテン!
あんた、なにをいっているのかわかっているんですか!」
「むろん、わかっているさ」
その同僚は鼻の穴を膨らませて答える。
「もう何ヶ月も本物の女とやっていないんだ!
双方の合意があるんだから問題はないだろう!」
そういい捨てると、その同僚はわしがなんらかの反応をする前に船から出て宇宙ステーションの雑踏へと消えてしまった。
結局、それがキャプテンを見た最後となった。
さて、取り残されたわしはといえば、あわててしかじかのことがあったと地球に問い合わせたり、キャプテンの現在地を調べたり、アビアカ族のイポラスに連絡を取ろうとしたりでおおわらわになった。
その結果は、どれもはかばかしいものにはならなかったが。
地球は何光年も彼方にあって宇宙パイロット個人の問題には冷淡であったし、キャプテンは規則では禁じられているはずの、船員徽章のシステムを意図的にダウンさせていた。
そして肝心のイポラスには連絡がつかなかったので、しかたがなくわしはアビアカという種族について調べられるだけのことを調べて見た。
そしてその結果、とくにアビアカ種族の生態や生殖方法について知るにつれて、背筋が寒くなるなるような気がした。
アビアカ種族は一応、地球生物学的な分類でいえばほ乳類に近い生物なのだが、それも強いていえばという程度の類似でしかない。
一部の有袋類のように卵生で、それはいいのだが、自分たちの卵を同じ種族の雄や適当に調達して来た獲物に産みつけるという習性がある。
一種の毒物を分泌してそうした雄の全身を麻痺させ、低体温の仮死状態にした上でできるだけ長い期間に渡って生かした上で、卵から生まれてくる幼体の生き餌にするという習性があった。
一応、地球人類との物理的な性行為は可能な身体構造はしていたが、遺伝子の混合、つまり生殖行為は成立しないとのことであった。
つまりわしの同僚であったあのキャプテンは、自分ではやり捨ての相手をナンパしたつもりで、自ら生き餌になることを志願をしたようなものだった。
その証拠に、少し時間が経ってから、アビアカ種族のイポラスから、
「子孫のためとなるいい糧をありがとう」
といった礼文が届いた。
イポラスにしてみれば、餌の方がわざわざ志願をして自分からやって来たようなものだったのだろう。
この件について、全容が判明してからもなんの問題にもならなかった。
確かに誤解からはじまっているわけだが、当のキャプテンが自身の意思でイポラスに接触をしていそいそと赴いていたことは確かであり、自己責任という形で処理をされた。
実際、被害者であるキャプテン自身以外に責を負うべき者がいるとも思えない。
わしはといえば、地球へ帰る途中、臨時でパイロット席に座りながら、
「あれ?
これ、別に人間のパイロットなんか、別に必要ないんじゃね?」
などと思っていた。
ときおりは、アビアカ種族のイポラスのネズミとモグラを足して平均したような風貌を思い起こして、
「キャプテンも、あんなのに欲情するほど飢えていたんかな」
などと、いまさらいってもしょうがいないことを思った。
そしてその航海を最後に宇宙パイロットを辞めた。
さて、わしの同僚であったそのキャプテンが特別に阿呆であったわけではなく、宇宙パイロットになりたいやつというはまず例外なくどこかズレていて、一般の社会には適応できないがゆえに宇宙へ逃げているような手合いが多い。
このことは、わしの経験上断言ができる。
それ以外の余談としては、正規の資格をまだ得ていなかったわしでも支障なく帰路の航海をこなしたため、地球社会でも宇宙パイロット不要論が巻き起こり、スペース保険組合やスペース労働組合などが参加しての大論争が起こったりもしたのであるが、それはまた別のことになる。




