駝鳥
「急募、駝鳥にバックを取られたときの対処法、っと」
とかアプリに書き込んでウザがられていた頃が懐かしい。
結論からいうと、慣れた。
慣れたくはなかったが、慣れた。
流石に「すぐに」とはいかなかったが、半年もすれば慣れないわけにはいかなかった。
だってこいつ、どうやらおれにしか見えないようらしい駝鳥のやつは四六時中、おれのバックにひっついている。
寝ているときもトイレの個室に入っているときもファックしているときも食事中でも、おれがなにをしていようがお構いなくおれの背後に存在をし続ける。
おれにしか感知することができないことからもわかるように、どうやら物質的な存在ではないらしい。
そのこともあって、おれだどこでなにをしようが、とことん背後につきまとった。
四六時中、巨大な駝鳥につきまとわれる気分がわかるか?
そいつの全長は二メートルを超えているらしく、おれが立っているときとか歩いているときはおれの頭の上から嘴の先の部分がひょこひょこ見える。
それ以外はなんというか漠然とした気配というか、そんなものがするだけということもあり、一度慣れてしまえば案外気にならなかった。
ちなみに、そいつはおれ以外の人間には感知できないことからもわかるように、鏡やガラスにも映らない。
また、影もできない。
そんなこともあって、おれはそいつのことを物理的な存在ではない確信していた。
だからおれは、そいつの存在は感知できるものの、その全身像を目にしたことは一度もなかった。
そんな駝鳥につきまとわれる一生っていうのを想像できるだろうか?
想像できるかどうかは人によるんだろうが、まさしくおれはそんな一生を歩んだ。
働いて結婚して子どもを作って育てて年老いていったわけで、そうした過程は背後に駝鳥がいること以外は他の人たちとさほど違わないだろうからここで詳細を語るのはやめておく。
そんでかなり年をとって、 子どもや孫たちに囲まれながらいよいよこれはいけないなとそんなことを思いはじめたとき、おれはいつまでもつきまとってきた駝鳥の正体についてはじめて悟ることができた。
いよいよ意識を失った、と思った次の瞬間にはそいつが嘴をおれの頭につっこんで、そのままおれを引き出した。
おれははじめて意識だけが体の外に出ていることに気づいて驚くやら慌てるやら。
困惑しているおれをよそに、駝鳥のやつはおれの霊体を加えたまま猛然と走り出した。
おそらく、天国とか地獄とか、どちらかわからないがいわゆるあの世って呼ばれる場所へと。
この駝鳥のやつは、気が早くて長い、死神みたいな存在だったのだ。