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掌編集  作者: (=`ω´=)


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奇禍

 湿気だ。

 どうにも、湿気がいけない。

 昔から雨が降ると気鬱になるたちであったが、二ヶ月ほど前に事故を貰って以来、いよいよいけなくなってきた。

 十割むこうが有責というかなり珍しい事故であり、保険金慰謝料合わせてかなりの金額が転がり混んできたわけだが、そんなものよりも雨が降っても痛まない以前の健全な首が欲しかった。

 務めていた会社も、事故の影響でしばらく働けないとわかると即刻追い出しにかかってきた。

 もともとかなりブラックな会社でもあり、独身で後腐れもなく、貯金もそこそこあったのでこれを幸いと 手つかずのまま残っていた有給をすべて使った上、知り合いの行政書士に身を寄せて相談してもろもろもの悪行を労基にチクった上、自己都合ではなく依頼退職という形でやめてやった。

 当分働く必要がなくなった上に、神経痛その他の後遺症を癒すためにもしっかりと休養をとった方がいいと医師にもいわれたので、おれは以前から漠然と憧れていた湯治に行くことにした。

 調べてみたところ、さほど遠くはないところに格安で長逗留ができる宿があるのを見つけたので、おれは主治医の了解を取ってからしばらくその湯治場に逼塞することにした。

 電話で宿の予約を取ってから十日分くらいの食料品を買い込んでから修理から帰って来たばかりの車でその湯治場へとむかう。

 観光用の温泉宿ではなくあくまで湯治場なので、食事はすべて自分で用意をする必要がある。

 実際に何日逗留することになるのかは読めなかったが、どの道一週間か十日に一度は自宅の様子を見に帰るつもりだったし、それがなかったとしてもまだ定期的に医者に診察して貰い必要があった。

 長くその宿に留まるようだったら、追加の食材はどのときにでも調達することにしよう。


 その湯治場は想像していたよりも近く、二時間と少しも車を転がせば到着してしまう。

 山間に引っ込んだ場所にあることと、知名度がないおかげで利用者はあまりいないらしい。

 受付に顔を出して来意を告げ、部屋に案内をして貰い、そこに荷物を降ろしてから早速浴衣に着替えて温泉へとむかう。

 温泉は宿の敷地内にあるわけではなく、外にある共同湯場を利用する形だった。

 浴衣に雪駄履きで宿の人に聞いた道順でしばらく歩き、迷うきとなく村の共同湯場に着く。

 おれと同じような湯治客が何人かいたので、そのあとを着いていけば迷うことはなかった。

「共同湯場」

 と大書きされた看板を潜るとそこは洞窟のようなトンネルのような空間になっていて、LEDライトの灯りに照らされた中を中へ中へと進んで行く。

 天然の源泉を利用したこの湯場は江戸時代から利用されており、ときおり改装などは行われているものの、維持費もほとんどかからないらしい。

 そのおかげでおれのようなよそ者も格安で利用できるのだった。

 年季の入った脱衣所でさっさと衣服を脱いで浴場へと移動する。

 平日のひるまということもあり湯治客の数は少なく、数えてはいないが多くて見積もっても十人を超えるか越えないかといったところだろう。

 案の定というか、おれ自身を除けばお年寄りばかりだった。


 ざっとシャワーを浴びてから湯船に入ってみると予想していた以上に熱い湯だったのであまり長く浸かっていることができず、途中で冷水を浴びたり涼んだりしながらできるだけ長い時間、温泉に浸かるように務めた。

 途中、他の湯治客に訊ねられたので、ブレーキとアクセルを踏み間違えた後続車にオカマを掘られた件とその後始末について簡単に説明しておく。

 湯治客の爺さんたちは退屈しきっていたのか、おれの事情についても意外に思えるほど熱心に聞いてくれた。


「そんなに若いのに、こんな遊ぶ場所もない村にしばらく居続けるとなると、退屈だろう」

 などといってくれる人もいたが、おれの方は適当に、

「なに街中にいても、体が痺れてくればなにもする気になりませんよ」

 と流しておく。

 そもそもその痺れがいくらかでも軽減することを願ってここに来ているわけだから、本音でもあるのだが。

「それは災難だが、遊ぶつもりなら町まで出てからにした方がいいぞ」

 などとしたり顔で忠告してくれた人もいた。

「まあまず捕まる心配はないと思うが、ここには少しおかしな後家さんもいるからな」

「はあ、そうですか」

 おれはまた、気のない風をして受け流しておく。

 少なくとも今は、女を求めるような気分にはなれなかった。


 それからおれは、しばらく自分のために食事を作るとき意外は温泉に浸かりにいくかうたた寝をしているような 生活をしばらく続ける。

 怠惰ではあるが毎日のように長い時間、温泉に浸かって過ごせば体力はそれなりに消耗するわけで、体力的にいえば傍目から想像するよりはずっとハードだった。

 おれはあくまでこの痺れを少しでも軽くするためにこうした生活をしているわけで、何日かそんな生活をしているうちに、気のせいか痺れの方も若干薄れてきたような気がする。


 そんなある晩、なんとなく目がさめ、そのまま意識が冴えてしまったので、温泉に浸かりにいくことにした。

 共同湯葉は二十四時間解放されているので、そのまま夜中に浸かりにいっても問題はない。

 頼りなげな電燈を頼りに薄暗いトンネルを抜けて脱衣所に入ると、こんな夜中だというのにどうやら先客がいるらしかった。

 おれもさっさと服を脱いで浴場へとむかう。

 浴場の中は相変わらず薄暗く、湯気がこもっていることもあって先に湯船に入っていた先客の姿がよく見通せなかったが、特に気にすることもなくおれは掛け湯をしてさっさと湯船に入る。


「事故で町から来た方ですよね?」

 不意に声をかけられて、おれは身を硬くした。

「ええ、まあ」

 おれは相手を刺激しないように、無難な返答をしておく。

 混浴でもないのに、こんな夜更けに堂々と男湯に入ってきている人間を警戒しないわけがなかった。

「想像していたよりも、お若い方なのですね」

 その女はやけにねっとりとした口調でそういって、くすくすと笑った。

「ほら、この辺に来るような方は、だいたいお年をめしておりますから」

「そうかもしれませんね」

 おれはどうやってこの場から逃げ出そうかとか、そんなことを考えながら応じた。

 女は、四十代から五十才前後だろうか。

 やけに肥えた様子で、不健康に白い肌が汗だか湯気だかで粘性がありそうな質感を持ってテカっていた。

 仮に通常の出会い方をしたとしても、おれはこの女を異性として認識することはなかっただろう。

 堂々と男湯に入っていることからわかるように、この女はおそらくどこかが壊れているのだろうが、それを抜いてもその外見から受ける印象がどことなく危なさそうに感じた。


「最近はばがらぬひどですから、ずぶむりぬひまぬしろですよね」

 女は、おれの内心の焦りにも気づかぬ様子ですわけのわからないことをしゃべり続ける。

「あれは、きしりおぬぱるあだと思うのです。

 むしろ、とろあぬあするべきで、でもおぬまりぬくろという疑いも拭いさることができず、ついにわさらすぽるとするわけです」

 女の目と口の中は黒々としていて、どこかの虚空にでも繋がっているような気がした。


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