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ハンパなふたり

 プロのアシスタントである彼の方が、先に約束の居酒屋に着いてビールを舐めていた。

 アシスタントとはいわゆるマンガ家のアシスタントであり、特に彼は精緻な背景を手早く描く能力を持っていた。

 そのため、複数のマンガ家から引き合いがあり、一般的なサラリーマンの年収をはるかに超える年収を得ている。

 彼とて最初からプロのアシスタントを志望していたわけではなく、コンテストなどに自作のマンガを無数に投稿していた頃もあったのだが、そちらの方は華々しい成果を得られないままに三十路を越えてしまい、今ではすっかり今までに培ってきた技能を切り売りする生活に落ち着いてしまっていた。

 ときおり頭をもたげてくる野心さえ抑制してしまえば、これはこれで安定した生活ではあるのだ。


 中央線沿線にあるその居酒屋は、いつののように適度な喧騒の中にあった。

 場所柄か、若いサラリーマンや学生が多い。

 つまりはそうした客層が足を運びやすい値段設定の店なわけだが。


「お待たせ」

「さほど待ってはいない」

「でも、席は取っててくれたんでしょ?」

「そうしないと、二人で飲めないからな」

 彼が待っていたツレは、そろそろ三十路に届こうかという年恰好の女性だった。

 するりと彼の隣にすわって、近くにいた店員に中ジョッキの生ビールを注文する。

「おつまみ頼んだ?」

「まだ」

「何でもいいからさっさと頼まないと。

 それで長居をしてたら、お店に悪いって」

 やけにはっきりとした口調で、彼女はいった。

 この彼女は声優だった。

 しかしアニメや吹き替えなど、一般的に馴染みが深い領域では仕事をしていない。

 そもそも、いわゆる事務所的なものには所属しておらず、営業もスケジュール管理もすべて自分でしていた。

 あまり広く知られてはいないが、いくつかの音響スタジオ関係者に顔を売り、実力を認めて貰えれば途切れずに仕事が来る分野があるのだ。

 彼女が専門とするフィールドはいわゆる成人向けゲームがメインであり、最近ではこれにスマホ向けアプリの仕事なんかも加わる。

 彼女とて最初からこんな境遇を求めてはいなかったが、容姿にも恵まれない彼女がその演技力を役立てることができる職場は、現代の日本ではごくごく限られているのが現実だった。

 彼女の場合、発声や演技の基礎ができたことや、それに声質的にもそちらの業界にマッチしていたため、今のところ仕事が途切れることはなかった。

 ごく普通の俳優を志しながらも、本来志望していた分野とは微妙にズレた場所で成功している事情は、彼の方と同じである。


 大学の同期であった二人はお互いや共通の知り合いの近況情報を交換しながら一時間前後飲食をしてその店をあとにした。

 そのあと、いつものようのホテルへと立ち寄り、そこでやはりいつものようにカップルがすべき行為をおこなう。

 最近ではお互いの仕事が多忙になっていたため実際に会う機会がめっきり少なくなっていたが、この二人がそういう関係になってからもうかなり長い期間が過ぎている。


「なあ」

 一通りの情事が済んでから、彼は彼女にいった。

「そろそろ、身を固めないか?」

「なにそれ」

 煙草をくわえながら、彼女はいう。

「プロポーズのつもり?」

「おれは口下手だし、不器用だ」

「知ってる。

 でもねえ」

「いやか?」

「嫌というより」

 彼女は、自嘲交じりにそういう。

「わたしら、ここまでなんかなあって、そんなことを思って」

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