うどん
子どもの頃飼っていた猫は学校から帰ったわたしの顔を確かに見て、そこで「ふぅ」と息を吐いて永遠に目を瞑った。
わたしが生まれる前から、二十年近くも飼っていた猫だったそうだから、今では大往生だったと理解している。
だが、その当時の幼いわたしにはそんな意味を飲み込めるはずもなく、あの最後の吐息はいつまでも耳に残っていた。
あのときは健在であった祖母も、今ではホスピスにお世話になっていて、祖母はあの当時はのうどんよりも何倍も年齢を重ねているわけだから、これはもう自然の摂理として仕方がない。
月に一度か二度、祖母のいる施設に面会にいくのだが、今の祖母はもはやわたしが誰なのかということさえ理解できなくなっていて、置物のようにじっとベッドに横たわっているだけの存在だった。
当然会話なども成立する訳もなく、数分祖母の呼吸音に耳を傾けるだけで帰ってくるわけだが、ある面会のとき、祖母は不意にみをのりだして帰ろうとしたわたしの手首を掴み、
「うどん」
とのみ呟いてそのまま全身の力を抜き、ベッドの上でこときれた。
「その猫、白かったの?」
葬儀が終わったあと、そういったことを切れ切れに説明すると、妻はそんなことを訊いてきた。
「いいや。
茶に黒の斑だったな」
「それで、なんでうどん?」
「おそらくは」
わたしは憶測を交えて説明する。
「婆さんの好物だったんじゃないか」
真相は、永遠に不明である。




