白昼の虹
「今日みたいに、晴れているのに雨が降ることを、狐の嫁入りっていうんだよ」
「あの、虹は?」
ぼくの一番古い記憶はその場所も名前もおぼえていない少女との会話であることを、今思い出した。
なぜ思い出したかというと、今まさに雲ひとつない晴れた空から大粒の雨がバラバラと降り出して来て、通りに面した軒先を借りて雨宿りしたところ、不意に、
「そんなこともあった、のかな?」
という気分になったからだ。
何分かなり昔のことであり、実際にそんなことがあったのかどうか、どうにも心もとない。
物心がつくかつかないかといった時期の記憶というのは、誰でも朧げで、どこからどこまでが現実なのか、それともあとで想像で補完した記憶であるのか、その境界が曖昧模糊なのではないだろうか。
そんなことを思いながらふと空を見あげると、見事な虹がかかっていた。
ちょうど、さっきの実際にあったかどうかもわからない記憶の中で見たような、虹が。
「久しぶりですね」
不意に間近に声がして、肩を震わせてふり返る。
「お嫁に来ました」
記憶の中のもと寸分たがわぬ姿をした少女が立っていて、そんなことをいった。




