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掌編集  作者: (=`ω´=)


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怪異

 聊斎志異、という書物がある。

 清代の怪異小説集なわけだが、一説によると、科挙受験に失敗し続けていた作者が膨大な人から聞き出した体験談をまとめたものであるらしい。

 内容としては、意外に淡泊だったりする。

 ナニナニ地方のナントカという人がシカジカの怪異に遭遇した。

 とかいう挿話が延々と並んでいる体裁であり、現代人が「怪異」という語から感じるようなオドロオドロしい雰囲気はあまりなく、どちらかといえばユーモラスだったりひどくあっけらかんとしたりしている。

 どの作品にも共通しているのは、どの怪異も等しく「ただそこに在るべくして在る」ものとして扱われていることであり、ときに前後の因果関係らしき事物が書かれていないこともないのだが、現代人の目から見るとかなり唐突で、前後の繋がりが釈然としなかったりすることも多い。

 当時の人々は、説明抜きで了解できたのかも知れないのだが。

 神代からの神獣、妖怪を集大成した山海経の影響は、当然あったろう。

 作者のは蒲松齢は、山海経に登場するような怪異を現代に甦らせたら周囲の人々はどのように振る舞うのか、という、一種のシミュレーションをしながら書いたのではなかろうか。


 ところで、今、わたしの目前にはなんとも形容詞がたき怪異が厳として存在している。

 本当に非日常的なモノ、理解不能なモノがなんの予告もなく現れると、人間というのは本当に言葉を失ってしまうものなのだな、ということを実感している最中だ。

 言葉どころではない。思考も麻痺して、しばらくなにも考えられなくなった。

 その怪異がいったいどのような性質であるモノなのかは、ここに詳細に述べることは避けておこう。

 なんといってもその存在はあまりにも常識からかけ離れた存在であり、あまりにも筆舌に尽くしがたかったから、素直に筆舌に尽くすことはやめておくことにする。

 かの孔丘も、「怪力乱神を語らず」といっているではないか。

 本当に理解を絶した存在に触れたとき、一番いい方法はその存在について考えることを諦め、あえてなにも語らないで置くこと。

 ……である、とわたしは思う。



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