返り討ち
先日、仕事帰りに胡散臭い様子の男に呼び止められた。
その男がいうことには、なんでも魂と引き替えに願い事をみっつ叶えてくれるという。
ははあ、これが例の……と得心したおれは、
「世の中、ただより高いものはないともいうな」
などと前置きしたあと、
「それにしても、願い事をみっつとはなんとも剛毅なはなしだ。
余人は知らず、おれの魂なんざ大した値段もつかないだろうに」
とかいって、まずはおれの魂の査定価格を見積もれと強談した。
「いや、それは」
目前の自称悪魔は困惑顔になって言葉を濁す。
「そもそも、魂というものは金銭的な値段がつかないからこそ価値があるわけでして」
などという寝言を並べやがる。
「馬鹿をいうな」
おれは自称悪魔を一括した。
続けて、
「この世の中で金銭に換算できないものがあるわけがない。
とういうか、そもそもお前ら悪魔は人間の魂ばかりを集めていったいなにに利用するというのだ?」
と詰め寄る。
「いや、それは。
なにに利用するということでもなく、強いていえば魂を売る人間を増やすことこそがわたくしどもの目的でございまして」
おれの剣幕に目を白黒させせながら、その自称悪魔は答えた。
「それは、あれか」
おれはさらにいい募った。
「人間を堕落させるため方便という奴か?」
「いかにも、その通りでございます」
「くだらん!
まったくもつて、非生産的だ!」
おれはまくしたてた。
「手段が目的と成り代わっていやがる!
そもそも、現代人などお前らが手管を使ってわざわざ堕落をさせるまでもなく、このまま放置しておいても勝手に堕落していっているではないか!
そんな現代人の魂なぞ、今さら集める価値もない!
お前ら悪魔がやるべきことは、むしろ放置しておけば際限なく堕落していく現代人を更正させ、誘惑するに値するだけの真人間を増やすことではないのか?」
などと演説をぶってやった。
最初のうちこそ、その自称悪魔は不承不承といった様子でおれの演説を聞いていたのだが、一時間を過ぎる頃からそわそわと挙動に落ち着きがなくなり、二時間を経過する頃からしきりに腕時計を気にしてそわそわするようになり、三時間を過ぎる頃になるとうつろな目をするようになって、おれが何度か、
「おい! ちゃんと聞いているのか?」
と確認する必要に迫られた。
しまいには、やつは、
「ご高説はごもっともですが、そろそろご勘弁を……」
などと弱音を吐きはじめた。
「そうか。もう十分か」
「いや、もう。
十分でございます」
なぜかやつは、涙目になりながらそう訴えてきた。
「十分か?」
そんなやつに、おれは確認をした。
「おれの言説は、十分に役に立ったか?」
「それは、もう。
申し分なく」
「そうか。役になったのなら仕方がない。
おれがわざわざこれだけの時間を割いてやったからには、それ相応の謝礼を頂かねばなるまいな。
いっておくが、おれはただの人間だからな。
貴様の魂などというクソの役にも立たない代物なぞありがたがらないぞ!」
それでもいいからもう許してくれ、解放してくれと、やつが懇願してくるので、仕方がないから謝礼は万札十枚で許してやった。




