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脅迫 4

 



 ピポパ403ピンポーン


 インターホンの横、ピカピカのステンレスには俺の顔が映っている。

 浮かない顔。悩み事(・・・)がある顔。


 ——ピポパポ ピンポーン


 インターホンに相手は出ない。

 この悩み事を解決する為に、是非ともコイツと話したいのだけれど不在のようだった。


 ステンレスには包帯で吊り下げられた俺の右手も映っている。あの時のガラスは思ったよりも深く入り込んでいたみたいで、ちょちょいのちょいと傷を縫われた。



 あれから一週間経った。

 窓から入ってきた数学教師は俺の事を止めると室内をぐるり。特に誰にも何も聞くことなく、その場にいたそれぞれの顔を確認してから帰らせた。常夫と武は教師が病院に連れていった。


 ナツのマンションの集合ポストを見る。

 ナツの話によるとここはそこそこ家賃が安いらしい。

オートロックなら親元から離れた学生達にも人気だろうし、家賃が安いなら俺たちみたいに一人暮らしの特修院生徒もいるのだろう。

 なんせ特修院は金持ちばっかり集まる学校だ。道義的にはともかくとして、経済的に子供を一人暮らしさせてやる事が出来る親が沢山いる。

 人気物件のこのマンションで名札がついていないポストは一つだけ。……俺は、403ではなく、その部屋の番号を押す。


 ——ピポパポ ピンポーン


 昨日の夜、電気はついてたんだけどな……。






 俺は一週間の停学処分中。

 数学教師は武と常夫を病院に連れていく前にそれを告げた。

 熱が冷めたあとの俺は、自分がやった事をみつめて混乱を通り越して静かな気持ちだった。

 ボコボコの武。グラグラだったけどかろうじて残っていた前歯を飛ばした常夫。


 ……俺のボクサーとしての本能は、思っていたよりも良心的——あるいは独善的だったみたいで、グローブをつけていなかった俺は、相手を本気の本気では殴っていなかったらしい。

よく言うもんな。プロが本気で素手で殴ったら自分の拳が壊れるとか。俺はプロではないけれど、そういう無意識があったのかもしれない。


 ボコボコに殴られた武は脳震盪(のうしんとう)エーンド失神。けれど骨にも異常はないし、生命の危険は程遠い。俺が最後の一撃を振り抜いてたら話は違っただろうけどな。

 ……そして、あそこで倒れていたアキ。

真綾の格好をしたアキの、華奢(きゃしゃ)な肩を抱きしめて謝った俺は、本当に少しだけ泣いていたかもしれない。



 一人だけの家に帰った俺は、泥のように眠った。

 六日前、目が覚めた俺は、……つまり停学一日目の俺は、酷い精神状態だった。一言で言うとヤバかった。

 色んなもんが入り混じりすぎて本当によく分からない気持ち。もちろん、自己嫌悪や学校生活終了への絶望は大きい。

 俺は特待で特修院に来た。ここは前にも言ったけど学費が高い。特待生であり超一般人でもある俺は奨学金でここに通ってる訳だけど、クビんなったらその金どうなんの?


 その他にもナツの事もアキの事も真綾の事も……挙句(あげく)の果てには常夫の事や武の事まで頭の中でぐーるぐる。——あの暗い生徒指導室。闘争のドラムが鳴り響く中で、俺の中で芽生えたおかしな感覚の事とか。

まあほんとにぐっちゃぐちゃだった俺は、ひたすら布団の中でゴロゴロとしたり、(うな)ったりしていた。


 停学三日目。

 二日間も家の中でゴロゴロとしていた俺は、無くなった食料を補充する為コンビニに行った。弁当を選んでる途中で猛烈な食欲。——あ、生姜焼き食いてえ。

 食欲は強烈な欲求で、我慢する事は出来ない。なんだか、どうしてもナツの作ったメシが食いたくて。

 ……まあ、ついでに顔も見てえなって。



 ピポパ403ピンポーン


 しばらく待つけどナツは出ない。

 停学中の俺とは違って、ナツは学校から帰って来てないのかもしれないし、あの件のゴタゴタだってあるのかもしれない。……ていうか、あいつは大丈夫なのか?

 結局そのあと何回鳴らしてもナツは出なくて、俺は家でパスタを食べた。




 四日目。

 ピポパ403ピンポーン


 やっぱり出ない。携帯に掛けりゃいい話なんだけど、なぜか俺はそれをしない。なんで? さあ……。

 けど誰にでもそういう経験あるだろ? 電話を掛けたいんだけど、掛かってくるのを待ってたりとかさ。

 それでも俺が普通の奴と違うのは、俺は生姜焼きを食いてえだけだ。何度も何度も言うが、恋愛感情はない。


 エントランスにマンションの関係者が入ってくる。

 俺は画面の数字を消して場所を譲る。

 そのまま立ち去ろうとして今日は何を食おうかなーなんて考えてたら、後ろから電子音。


 ピ、ポ、パ、ポ、……ピーンポーン




 ん?




 ……ん?






 そいつはちょっとした会話をしてから中の住人にロックを開けてもらうと、エレベーターに乗り込んだ。

 向かったのは十三階。


 ……ああ。なるほどね。

 ここ、十階以上あるもんな。

 そしたらボタンは四桁になるよな。1301とかはピポパポだな。

 なんで俺は、そんな事が気になったんだろう。




 五日目。

 朝から俺は部屋の中心で腕を組み考え事をしている。

 ——ピポパポ ピンポーン

 俺、どっかであれを聞かなかったか?

 けどまあ聞く事くらいはあるだろう。なぜ、それがこんなに気になる?


 本当に正直に言うと、俺はそれまで何も考えないようにしていた。問題を先送りにしたかった。

 色んな事を考えるとどうせ憂鬱な気分になる。——寝坊して遅刻確定の朝に、とりあえずテレビつけてみたりシャワーを浴びたりするあの感覚。とりあえず後で考えよう。

 けどさ。色々おかしいよな? そろそろ無視できねえよな。


 ていうかさ。停学ってこんなんなの?

 教師がその場で決められるもんなの?

 その間、なんもしなくていいの?

 なんで、俺になんの連絡もないの?


 常夫の親からも武の親からも、あるいは俺の親からも連絡ないけど、話伝わってるはずだよな? はずだよね?


 ……アキは、真綾の格好であそこに倒れていた。

 別にアキは、結果的にはなにもされてなかったんだけど、服が破けてるだけで大問題だ。フリチンの武が同じ部屋にいて、しかもあの時のアキは『明日名真綾』だぞ? 数学教師だって特修院なんだから普段の真綾の格好も顔も知ってるはずだ。


 つーか、武はなんか言ってたよな?

『ちょっと聞いてくれ!』

 なにを聞かせるつもりだったの?

 まあどうせ言い訳だろうけど、なにを言うつもりだったの?


 そもそも、なんであそこにいたの?

 生徒指導室は確かに誰も近寄らない。

 鍵が掛けられる密室だしあんな事をするのに向いてるのかもしれない。

 だからって、なんであそこにいたの?

 アキは、なんで打ち合わせ通り、体育用具室に来なかったの?


 ちょっと待てよ。

 なんか、おかしくない? 色々。

 そもそも。ほんっとーにそもそも。

 アキと真綾ってなんなの?


 ナツは言っていた。

『ちょっと前に仲良くなった』

 ……なんでちょっと前に仲良くなった小学生が、ナツを助けようとするの? いや、別にそれはおかしくねえのか? 俺がヒネてるだけなのか?

 アキと真綾は、ナツの万引きとか脅迫とかを全部知ってるみたいだった。ナツは、そんな話を小学生に聞かせたのか?


 湧き出る疑問と意味不明。

 腕を組んでる俺は、普段使わない頭を回転させる。

 紙とペンを取り出して珍しく机に向かってみる。

 色々と考えて頭を(ひね)って、俺は一冊の本を机の奥から取り出す。

 ——特修院高等部 生徒名簿。




 六日目。


 ピポパポ ピンポーン

 ……俺はナツの家ではなく違う番号を押している。

 集合ポストに一つだけ名札がついていないその部屋。俺が小学生の時はアルバムなんかに連絡網が載っていた。特修院ではそんな個人情報は生徒名簿に載っていない。

 集合ポストの狭い隙間から中を覗くと、ピザ屋のチラシやらピンクチラシに混じって封筒が見えた。——何かの料金請求書。ここに誰かが住んでいるのは間違いないし、それはあいつ(・・・)だ。


 俺は手に握っている生徒名簿を開いて、一つの名前を見つけて声に出す。


「……相楽(サガラ) 冬馬トーマ


 何回鳴らしても返答がないインターホン。

 ナツの部屋も同じように。

 俺はナツの携帯に電話を掛ける。それも出ない。

 舌打ちして外に出ると辺りは暗い。

 ……403にも1204にも、明かりはついていた。






 七日目。停学最終日。

 ナツのマンションのエントランスから出た俺は、高等部近くのいつもの公園に向かった。初めてアキと真綾に出会った場所に。


 ナツは今日も電話に出ない。いい加減、電話するのが嫌だなんて言ってられない。

 あれから何度もナツのマンションに行ったしこの公園にも来た。けれど俺はナツともアキとも真綾とも、一度も会う事はなかった。


 ……俺は探偵じゃないし、俺の高校生活は推理小説じゃない。だけど、やっぱり幾つかのおかしい事だったり気になる事に、俺は気付いてしまった。

 だからナツに会って話がしたい。

 アキと真綾に会って話がしたい。

 あるいは、あいつ(・・・)に会って話を聞きたい。

 探偵じゃない俺は、誰かに答えを教えてもらいたい。



 ……相変わらずのうららかな日差しに混じっている、この悪寒はなんだろう。この(いや)感はなんだろう。

 この一週間、一回も学校から連絡はなかった。

 そしてナツから折り返しの電話もなく、アキと真綾にも出会えない。

 友達が一人もいない俺は誰かに相談する事も出来ないし、相談できる話でもない。

 普通さ。あいつらは俺に会いに来ないか?

 俺に連絡しないか?

 なんであいつらは、俺の前に姿を現さないんだ?


 ポケットの中に入れておいた紙片を広げて春の光をその紙に当てる。そこに書いてあるワード。二日前、使ってない頭をこねくり回して辿り着いたいくつかの疑問。



 一つ目。

『ナツ』

 あいつが取った行動の違和感。


 二つ目。

『明日名 真綾』

 あいつらの存在の不思議。


 そして、昨日書き足した三つ目。

『相楽 冬馬』

 常夫の本名。

 本名だと思われる(・・・・・・)名前。


 そして『生徒指導室』。



 ナツにもアキにも真綾にも会えないし、サガラトーマも部屋から出てきやしねえ。俺は探偵じゃないから考えるよりも行動する。俺は停学中の身なのに生徒指導室へと向かう。






 オレンジ色に染まった世界で、校舎は長く影を落とす。部活で残っている奴らを除けばほとんど誰も歩いていない。

 俺はお得意のフットワークでコソコソカサカサ隅から隅へ。ガサガサガサッ。まるで自分がゴキブリになった気分。……停学中の俺は見つかったらその場でこの学校から駆除されるかも。どうか見つかりませんように。


 生徒指導室に向かう途中、夕焼けが俺の網膜を灼いて。熱く感じるような目の痛みにじわりと涙が(にじ)み出す。

 滲む世界で見えた生徒指導室。物置のような建物のドアの前。オレンジ色の中。——黒いロングヘアーの女。


 ……ナツ?


 涙で滲んでいるせいで、距離が離れているせいで、その女の顔がよく見えない。

 そいつは俺の事を見て笑ったように見えて、するりと消える。生徒指導室の中へ。


「ナ……」


 なぜか、ノドの途中でその言葉は止まった。

 試合前の感覚。ピリピリとひりつく肌。

 ……おや? おやおやおやあ?

 ひょっとして、何かのトラブルがあるのか?

 俺の本能が訴えてるのか?

 まさか、その扉を開けると再び闘争のドラムロールが始まるのか? じゃあ問題ない。


 ガチャリ
















「ハルーーーーーーーーーーッッ!」


 幼なじみの胸が、柔らかい胸が。

 俺の華麗な腹筋に当たりひしゃげているその胸が。俺の背中に回されて学ランを掴んでいる細い指が。

 ぐりぐりと俺の胸に顔を埋めてくる幼なじみのその顔が。


 突然、始まる怒涛のラッシュに王者の俺は為す術もない。相手は重量級の重みを持つ黄金の右と左を持つ女。……いや、少しだけ右の方が破壊力が大きい気がする。なんの話? 最低な話。いやいやそうじゃねえだろ。


「やっぱり、ハルは絶対に、来てくれるって思ってたんだよーー!!」


 ワンツーワンツーワンツースリー!!

 右左右左ぎゅっぎゅっぎゅっ!!

 現王者である俺は、第一ラウンド開始早々に戦意喪失。対応策はナシ。新王者はナツ。


 とてててて。

 人影がもう一つ。俺の手をきゅっ。


「……ハル」


 可愛い真綾。超可愛い。

 一週間ぶりに愛娘の顔を見た俺は、思わずにへらと顔をにやけさせそうになってゾクリ。部屋の奥にいる人影が。


「……よく来たな。二十七番」


 生徒指導の数学教師。……なんで、こいつがここに居る?

 それでもここは生徒指導室。こいつがここに居ても全くおかしくはない。むしろ、闖入者(ちんにゅうしゃ)は俺。似つかわしくないのは停学中の俺。

そして、数学教師の姿が見えて、俺の中で最後のピースが埋まった。


俺は、コイツらにはめられた。



「……ははっ」



 血管がブチ切れそうな俺の耳に、神経を逆撫でする笑い声。そちらを見る。

そこに居たのは、この場に似つかわしくない小学生。

なによりも似つかわしくないのは、生徒指導教師が居るのに机に足を投げ出して座っている小学生。背もたれに体を預けて椅子を揺らしている小学生。



 ——真横から照りつけるオレンジ。浮かび上がる姿は悠然と揺れている。

 いつもと違うのは。

 メガネをサンバイザーのようにあげて、髪を押さえ、その下から出てきたのは切れ長で琥珀色の瞳。

 いつもはビシっとしている細いネクタイをだらーん。着ているワイシャツの胸を大きく開いて象牙の肌に血管。半ズボンからのスラリとした足。その靴の裏を俺に向けて。

 ゆらゆら揺れてゆらゆら笑う。楽しそうに楽しそうに。


「アキ……」

「お疲れ。ハル」


 クソガキが、(ねぎら)いの言葉を俺にかけやがった。






 ……なんだコレ。

 意味が分からねえ。

 なんでこいつらが全員揃っている?

 いや、全員じゃねえ。あいつ(・・・)がいない。


「アキ。お友達はどうした。サガラトーマはどこにいる」

「トーマはハルに会いたくないってさ。家の中でこもってるよ。トーマから電話がかかって来てうるさいんだ。——またあいつが来てるっ。……ははは」


 1204号室の住人。サガラトーマ。

 何回インターホンを鳴らしても出てきやしねえ臆病者。

すると、アキは冷たい目で口を開いた。


「ハル。聞かせてくれ」

「何をだ。聞かせるのはてめえらだ。俺の事をハメたのか?」

「ハル。聞かせてくれ」



 カーン。殺す。



「……おかしい事は色々あった。万引きして脅されてるナツが、そんなもんを大事に取っておく事。俺の目に付く場所に置いておく事。けど、俺はそれを話を聞いて欲しいサインだと思った」

「そうだ。合ってるよ」

「意味が違え。あれは撒き餌か? ……俺を、巻き込むための」

「続けて」


……続けて?

このガキ、いま俺に、上から『続けて』って言いやがったのか?


「……切っ掛けはそこのクソ教師だ。こんな停学はあり得ねえ。なんでいつまで経っても連絡がない。なんで暴行されかかってた真綾を放って、加害者を病院に連れて行く。 ……いや、『被害者』を病院に連れて行ったのか?」

「二十七番。本人の前でクソ教師呼ばわりか」


アキが数学教師に言う。


「ちょっと黙っててよ。算数オリンピックにも出た事ないのに数学教えてる先生。今は僕とハルが話してる」


その言葉を聞いた数学教師は、顔を歪めてから口を閉じた。……なんなんだ。こいつらは。俺はアキを睨みながら続ける。


「どうせ暇だったしそこから色々考えた。友達もいなけりゃ停学の課題もねえ。ナツの家に行っても出てこねえ。その時たまたまマンションの住人がインターホンを鳴らしてた。四桁の数字をな」

「へえ」

「お前らも鳴らしてたよな? 四桁。……あの時、ナツの部屋じゃなくて、サガラトーマの所に行こうとしてたんだろ?」



 ナツとは違うエロ画像を見せられて、カッとなってサガラトーマを殴った翌日。アキと真綾にエントランスで会った。その時の音。

 ——ピポパポ ピンポーン



「よく覚えてたね。トーマの顔を直接見て笑ってやろうと思ってたんだけど」

「ナメんじゃねえ。俺は神の目を持つ天才ボクサーだぞ。あの時お前は確かに1204を押していた。……その数字は目に焼き付いている」


 バーーーン!!


「ハル。嘘はやめろ。あの時、真綾が陰になっていて数字盤は見えなかったはずだ」


 ぐ。

 やっぱり俺は探偵には向いてねえ。


「……お前らがナツ以外の奴を訪ねていた。それでも、それが誰なのかなんてわかりゃしねえ。けどな、その時に思い出したぜ。……それよりも前にナツの家で話を聞いたあと、俺は三階のエレベーターでサガラトーマに会った。その時の俺はサガラトーマがナツを脅迫してるって信じてた。またあいつがナツにちょっかいを出して追い返されたんだと思ってたが違う。……あいつはコンビニだかなんだかは知らねえが、自分の家から外に出ただけだ」


「なんでそう思う」


「俺はナツの家を出てから、エレベーターの前で、10分以上は座ってた。エレベーターが動く音はその時だけだ。……疑いださなくちゃ気付かねえ。その時は思いもしなかった」


「確信は? トーマの部屋の名札は外しておいた。1204がサガラトーマの部屋だと思った確信は?」


「お前らがナツ以外であのマンションの誰に用事があったのか。名札がついてない集合ポストの隙間から携帯突っ込んで写真を撮った。はっきり封筒にサガラトーマって書いてあったぜ。……名簿を見てみたらそれと同じ名前があった。十階以上の住人で、特修院の生徒はそいつだけだ」


「なるほど。携帯撮影か。僕も撮影は大好きだ」


「サガラトーマとは全く関係ない知り合いがいる可能性はある。だが、そんなふざけた事を抜かすんだったら、今からそいつの所に連れていってもらうぞ」



 クスクス笑うアキの顔。

 こいつは知らない。

 今の俺は謎を解明したい気持ちが先に立ってるだけで、今にもドラムロールが鳴り出しそうな事を。



「……お前と真綾が、直接あいつに話をつけにいく? そんなアホな話があるか。そもそも、お前らはなんなんだ? そう思った俺は、生徒指導室での事を考えた。なんで打ち合わせしておいた体育用具室じゃなくて、おまえは武は連れてそっちに行ったのか」


「連れていかれたんだよ。力ずくで」


「違え。てめえが連れて行ったんだ。体育用具室じゃ暗くて撮影にならねえからな」


「放課後だし、部活の人間も来るかもしれないしね。……根拠は?」


「生徒指導室にはいつも鍵がかかってるだろうが。興奮して窓をぶっ壊した俺は気付かなかったが、てめえらはどうやってあそこに入ったんだ? ……鍵を持ってたんだろうが。そこのクソ教師から借りてな」

「二十七番。人聞きの悪い事を言うな」

「じゃあ、なんでてめえも窓から入ってきたんだこの悪徳教師が。あの時、鍵を持ってなかったんじゃねえのか?」






 ——パチパチパチ。

 俺の神経を逆なでする、拍手の音が。


「……すごい。すごい妄想だ。ハル、君は病院にもう一回行った方が良い。君みたいにおかしいヤツは、ちゃんと診てもらわないと社会に混乱を巻き起こす」

「アキ。おまえ、この状況でよくそんな事が言えるな。頭のおかしい気狂いは、てめえの目の前にいるんだぞ……」



 どぅるるるるるるるるるるるるるんっ!!

 ドラムロールが。生命と闘争のドラムロールが。

 言いたい事は言い終わった。

 俺は探偵じゃねえ。

 インターハイ王者ですらなくなるだろう。


 学校の備品をブっ壊して、素手で素人をボッコボコにした犯罪者。さて、ここから先は犯罪者から、こどもへの(しつけ)の時間だ。


 ドッドッドッドッ!!身体中に張り巡らされたハイウェイを駆け回るあのアドレナリンの渦が。熱狂と高揚と興奮と冴え渡る感覚が。

 ピリつく俺の左手に、そっと小さな手。しっとりとした真綾。


「ハル……」


 天使みたいな真綾。

 けど騙されるな。

 こいつらはグルだ。


 ……しかし、そう言えば。

 なんでこいつらはそんな事を? 理由は?


 すっ。


「あ?」


 目の前に真綾がいつもいじっているスマホ。

 その長方形が横に倒されて、中では動画が流れている。サガラトーマを殴り飛ばす俺の動画が。

 生徒指導室じゃない。公園の時の動画。


「たけしの携帯から送った。たけしの携帯は壊した」


 は?

 すると動画は切り替わり、スマホから武とアキの声が流れ出す。——生徒指導室。あの日、俺が辿り着く前の光景。








『えと、真綾ちゃん。なんでこんなとこに?』

『だれもいないから』


『……ちょ、ちょっとちょっと。真綾ちゃん。それはまずいって』

『真綾、いや?』

『嫌じゃないけどヤバいって。サイン貰えればいいなって思っただけなんだよ!』

『そんなにしてるのに?』

『こ、これは真綾ちゃんが見たいって言うから。……もうズボン履かせてよ』

『ダメ』







『ほんとに? 真綾いや?』

『いや、そうじゃなくて。そうじゃなくて……』

『さわりたくない?』

『いや、なんか……』

『言って』

『え』


『さわらせてくださいって言って』

『……あ』

『言って』

『真綾ちゃん、なんで服破けてるの……?』

『たけし』






『……触らせて』

『なにを?』

『え』

『ちっぱい触りたいの?』

『な』

『触らせてあげるから言って』


『……ほ、ほんとに?』

『うん』





『……触らせて』

『ちっぱい触らせて。言って』


『ち、ちっぱい触らせて』

『ちっぱい舐めさせて』


『……ちっぱい、舐めさせて』

『かわいい真綾のちっぱいが舐めたいです』

『かわいい真綾ちゃんのちっぱいが舐めたいよ……』

『私は変態ロリコン野郎です』

『俺は変態のロリコン野郎だ……!』

『真綾を思うと胸がドキドキ。触りたくて股間がズキズキ』

『真綾を見てるだけで胸が苦しいよ……!! 見てくれ。こんなになっている!!』

『ナツに告白したのは気の迷い。巨乳よりも微乳が好き』

『あんなメス牛、気持ち悪い……。胸の脂肪がデカすぎる!!』

『俺は真性の豚野郎。おまけに仮性のソーセージ』

『俺は本物の豚野郎で仮性のポークビッツだっ』

『おまえ、自分で言ってて恥ずかしくないの? バカなんじゃないの?』

『俺はバカだ。本物の変態だよ!! ……真綾ちゃん。触らせてください。ちっぱい舐め舐めさせてっ。お願いします!!』

『ダぁぁぁぁメぇーー』

『そんな……真綾ちゃんっ!!』






 ……俺、ドン引き。

 スマホからは撮影者の忍び笑いも録音されている。

 必死で笑いをこらえているサガラトーマの声。

 ガラス越しに撮影してるはずなのに、音声が鮮明すぎる。この動画は、音声別撮りか?

 するとスマホから俺の声が。



『テメエエエエエエエッッ!』

『うわ、ヤバ』


 スマホは方向転換。

 画面奥から迫り来る俺。

 こわ!! ……あんな顔してるの俺。

 そして、その後ろで笑いながら俺を追いかけているナツと、アキの格好をした真綾。


『あいつら何笑ってんだよ……。ふざっけんなよ!! ……ま、待て、待ってっ。俺は違う!! 助けてアキ、』


 バシャン


『ハルっ。早くアキを助けてあげて!!』



 ガシャーン


『ち、違う!! 聞いてくれ!!』

『……くぅおらあああああッッ!!』



 暗い画面が俺と武を写し出す。

 武、ボッコボコ。

 画面反転。

 ……俺の幼なじみの笑顔。ピース。


『大成功ーっ』


 動画終了。






 ————————————————






 ……なんっなのコレ。

 どういう事なの? なにが大成功なの?

 何が目的でこんな事をするの?

 武が可哀想だと思わないの?

 俺の胸にこの時大きな罪悪感。

 俺はあいつをボッコボコ。


「ごめんねハル」


 えへへなんて笑いながら俺に胸を押し付ける幼なじみ。はあ?


「……けど、私たち約束したじゃない」

「はあ?」


 幼い頃の約束?

 いや、覚えてねえから。

 放心状態の俺は怒りをどこかに置き忘れて、ついでに最大の疑問も置き忘れてオレンジの中からアキの声。


「ハル。……ナツがね。君を仲間に加えたいって。試験は合格だ。よく一週間でここまで来れたね」


 仲間? なんの? 試験?


「毎日退屈だろ。暇つぶしの集まりさ。……歓迎するよ。暴力担当」


 ちょっと待て。待てよ。

 そもそもなんで俺をハメた。なんで武をハメた。


「仲間? 暇つぶし? ……なんの話だ? なるわけねえだろうが!!」

「なるよ。だって僕たち共犯者じゃないか」

「ふざっけんな!! 俺はおまえらにハメられただけだ!!」


 真綾がすっ。……マーートフォン。

 アキがベラベラ喋りだす。


「なに言ってんの。こんなに暴力の限りを尽くしておいて。……この動画が出回ったらどうなるの? 退学だろ? 君はこの学園の入学金や学費で奨学金を受けている。それ借金だって理解してる? 君はそんなに若いのに一千万近い借金があるんだよ」

「バカ野郎……。もう俺はどう考えても退学だ!!」


「そんな事はないぞ二十七番」


「ほおおおら。先生が言ってるよ。君も言ってたじゃないか。こんな停学あるのか? ないよ。……君は怪我のせいで学校に来れなかっただけだ。算数オリンピックにも出た事ないけど、先生にはその位の事は出来るんだよ」

「……アキ。いちいち絡むな。そんなに小学生の知恵比べに優勝したのが嬉しいのか?」

「優勝してから言い返せよ。……ハル。音声別撮りのこの動画は、画像だけ見れば大問題だ。武はもう僕たちに逆らえない。君に殴られた事も言わないようにさせよう」



 なんなのこれ。

 なんでこいつらこんなに普通の感じなの?

 そして、停学じゃないの俺?



「……俺は、退学にならないのか?」


「僕たちの仲間になれば、ね」



 かくり。

 お? なんで膝をつくの俺。

 王者に似つかわしくない体勢で、なんで小学生を見上げてるの?

 俺はやれる男。小学生相手にも本気で鉄拳制裁が出来る男。それなのになんで俺の膝には力が入らないの?


 ……俺、まさか、ホッとしたの?

 退学にならないの?

 ナツは脅迫されてないの?


「……おい、ナツ。つーか、そもそもおまえ、万引きしたの?」

「してるはずないよ。バカだなー。……けど、ハルは私の事を心配してくれたんだよね」

「おまえ、コンドームは……エロ本は!?」

「え、あれ? 本とかアレとかはトーマの私物を借りたんだよ。私はあんなの万引きしてないし、買ってないよー」

「万引きが流行ってるのは? お金持ちの秘められた抑圧は!?」


数学教師が言う。


「二十七番。政財界の子息が集まるこの学校で、教師がそれを放置すると思ったのか?」

「てめえはそもそもなんでこんな事に協力してんだっ。クソ教師が!!」


聞こえたのか聞こえてないのか無表情の教師。

すると、俺の腕を掴む幼なじみが、その顔を俺の目の前まで寄せた。ドキリ。


「ねえハル……」






 窓から差し込むオレンジ。

 部屋の中にサッと吹く風が。

 ひらひらひゅるひゅると入ってくる、春先は終わりかけ、散りゆく最後の薄紅色が。


「覚えてる? 約束」

「え」


「もう……。誓ったじゃない。私たち」

「なにを……」


「ずっと、友達だって!!」







 ほ? 友達?






「あの時、駆け落ちして。……これからも、ずーっとずーっと友達だって。男女を越えた友情だって!!」


 ……俺は、何回も言っている。

 だからなんの問題もねえ。


「名簿でハルの名前見つけた時からもうずっとワクワクしてた。また一緒に遊べるなあって」


 キラキラさせた目で。

 こどもの頃の顔で俺を見ている妹のような弟のような、イタズラ好きの幼なじみが。


「あの頃は駆け落ちなんて意味わかんなかったけど。あはははは。約束したじゃないあの時。これからもずーっと一緒に遊ぼうねって!」


 あまりにもインパクトのない約束。

 ……普通、将来結婚しようねとかじゃないの? そこは。


「これからもよろしくね。ハル!!」


 ……俺は、こいつに対して恋愛感情なんて

 一ッッッッッ切ない。

 何回も言ったはずだ。

 だから、なーーーーーーーーんの問題もない。


「てめえ……。だったら普通に誘えばいいじゃねえか!!」

「だって、ハルはこんな事協力してくれないでしょ?」


 ガタリ。投げ出していた足を下ろしてアキがこちらにやってくる。ナツが俺から離れると、アキと真綾が両脇に。


「……アキ。一つ聞かせろ」

「なんでもどうぞ」

「なんで武を。俺をハメたのはついでって事なんだろ」

「ああ……。そんな事か。脅迫しようと思って。武の関係者を」



 そして、オレンジ色の光の中、俺は全ての発端を聞く。



「……はあ? 嘘だろ?」

「本当だ」

「バカ言ってるんじゃねえ。そんな事うまくいくわけない。そんな、下らねえ……」

「失礼だな。下らなくないよ。それにうまくいくよ。うまくいかせる」

「そんな、ガキみたいな……!!」

「ガキなんだよ。見てわからないか?」


 こいつら、狂ってるのか?

 そして、俺の幼なじみはそんなのと仲間なのか?

 俺は、そんな奴らに仲間入りするのか?



「……もうひとつ聞かせろ」

「聞くだけなら」

「明日名真綾はどっちだ」


 人を騙くらかす天才。

 プロの女優。日本中を騙している一番有名な子役。

 そもそも。

 こいつら生徒指導室の時に入れ替わってすらいないんじゃないのか?

 赤いランドセルと黒いランドセル。

 俺の勝手な思い込み。


「……おまえら、どっちが、男なのか? 女なのか?」



 膝をつく俺の顔はアキと真綾の顔よりも低い位置にある。見上げた顔はどちらも全く同じ表情。

 ……天使みたいな。愛娘みたいな。


 そいつらが俺の耳元で囁く。

 右と左から入ってくるその音声はピーピーギャーギャーとハウリングを起こして俺の耳から鼓膜へ。鼓膜から脳髄へ。



「「……答えるのは一つだけだ。ハル」」



 その言葉はちゃぽんと胸に沈んで揺れる波紋。ザワつく肌。俺の両頬にさっと触れる二人の柔らかいなにか。……チュッて湿り気。ぞくり。



 これが去年のハルの話。






 ————————————————





 特修院高等部のすぐ近くにある大きな公園。

 噴水や桜の木、いつも出ているミニバンでホットドッグなんかを売ってる店。

 そこで俺たちは食べ物を買って、芝生に敷いたレジャーシートの上で寝転んでいた。


「今日も良い天気だねー」

「眠くなるな……」


 あの日、避妊具……。ああ、そうだよそうだコンドームだ。それを見つけたあの日から、俺の日常は胸糞悪く変化した。


「……おいフユマ。それ一口くれよ」

冬馬(トーマ)だって何回言わせるんだ。やめてくれよ。みんな面白がってそう呼ぶんだよ」


 ホットドッグを食ってる常夫。

 優しそうな顔をした浅く焼けた肌。


「ガンエッジよわーい」

「二刀流使えばいいよ。チアキちゃんも。……あ、けどそろそろだっけ。私もそっちにしようかなー」


 今日もナツとチアキは二人でピコピコやっている。よくもまあ飽きないもんだね。

常夫——フユマが俺に向かい口を開く。


「……ハル。どうしたんだい? なんか考えてたのか?」

「去年てめえに騙された時の事だよ。もっと殴っときゃよかったな」

「勘弁してくれよ。俺だってアキには逆らえなかったんだよ。俺が一番損したんだ。君に歯を飛ばされたんだぜ?」


 苦笑するフユマ。

 浅く焼けた肌に浮かぶ真っ白い歯。

 前歯が一本だけ違和感あるけど。


「武を騙したのも俺だったんだぜ。あれは胸が痛んだよ」

「てめえ、撮影しながら笑ってたじゃねえか」

「あいつはキモいストーカーだからね。女の子の敵は俺の敵だよ」


 ナツに告白して見事散った武は、それからストーカーめいた事をするようになった。

 しかし、そこまでなら純愛だったかもしれない。諦められない男の純情だったのかもしれない。

 ところが、武はナツと一緒にいるテレビに出ている小学生にも付きまとうようになった。キモ。


「そんでアキがお仕置きか? はっ。やりすぎだろ。武に同情するぜ。……あいつの親父にもな」

「ああ。そう言えばそろそろだね。俺も始めようかな。あのゲーム」


 武は学校に相変わらず通っている。

 廊下ですれ違うあいつは絶対に俺の目を見ない。

 そして俺も下を向く。俺の場合は罪悪感からだけど。



 ……うららかな春の光。

 今日のこの公園には人がいっぱいいる。

 家族連れや子供たちに混じり、桜の木の陰からこっちをうかがっているマスクにサングラスを着けて不審者丸出しの女とか、噴水の淵に腰掛けて、ずっと俺の事を睨みつけてる男とか。


 ……俺たちの仲間だとは思われたくない部員(・・)たちがいっぱいいる。分かるぜその気持ち。俺も同じだからな。


「……いい天気だな」

「お? ……遅かったじゃねえか四季センセー」

「春川。教師を下の名前で呼ぶな」

「うるせえぞ悪徳教師が。算数オリンピックも出た事ねえのに偉そうな事言ってると、アキにネチネチやられるぞ」

「ぐ。……お前、覚えておけよ。通知表の数学を期待しておけ」

「あ? 脅迫か? 脅迫すんのか?」


 まあ、人間はやられた事を他の人間にもするようになるからな。この場の人間はほとんどの奴が、人を脅すのが得意だぜ。



 春夏秋冬四季は巡り、再び世界に春が来る。

 暖かで優しいうららかな日差しと、色づいたような桜色の風。


 あれから一年経って俺の周りも変化した。

 つるんでる奴もいる。

可愛い幼なじみもいる。

 なんと芸能人が友達だ。

 教師とも仲良くやってるぜ。

 楽しそうか?

 いいや。全く楽しくねえな。


 あんたも実際なってみろ。

 ……悪魔のような小学生にこき使われて、今日はあっちでばんばばんっ 明日はそっちでボンボボンッ。

 永遠の友情(・・)を誓い合った幼なじみといけ好かねえイケメン。最高に可愛い愛娘は日本に名だたる天才詐欺師。今日も液晶画面の中から世の人間を騙している。


 時々、なんも知らねえクラスの奴から言われるんだ。——春川くんって、友達に恵まれてて羨ましいよねー。アホかっ!! てめえらは知らねえだけだ。


 ……ほら。あそこでずっと俺に熱のこもった視線を送ってくる不審者。

 握手会やれば体育館がいっぱいになるアイドルにストーカーされてる俺の身にもなってみろ。

 ……ほれ。あそこから俺を睨みつけてるアホ。オリンピックメダリストに恨まれる気持ちが分かるか?

 春夏秋冬四季は巡る。あれから色々あったんだ。

 地獄みたいな毎日を俺は過ごしてきたんだよ。


 ん? やっぱり楽しそうじゃねえかって?

 楽しくねえよっ!!



 俺は地獄の真ん中で悪魔の指揮する棒に踊らされ廻り続ける狂言師。しょせん語り手にしか過ぎねえ俺は物語の脇役だ。主役が作った台本通りに上手く踊れりゃ万々歳。神の目を持つ天才的で華麗なボクサーは小学生にこき使われる。

 ——うららかな春に踊れ。灼熱の夏に踊れ。涙を流す事なくアキに踊れ。身を切る寒さに震えながら、ひとり負けずに冬に踊れ。オピオイドの海の中で、巡りゆく四季と踊れ。

 ステップを踏む事を止めれば悪魔からのお仕置きが待っている。そんな毎日が楽しいはずあるか?



 ……やっぱり楽しそうじゃねえかって?

 はあ。もういい。


 けどな。なんとなくは分かってるんだよ。

 こんなもんは考えようだ。

 けどな、やっぱり無理なんだよ。


 ……優しい微笑みで俺の事を見ている俺の幼なじみ。大切な妹のような。あるいは弟のような。

 俺をハメたこいつの事を心の底から軽蔑して憎めれば気が楽だ。けど、俺はこいつの事をどうしても嫌いにはなれない。だって、どんなに不出来な奴でも妹はほっておけねえだろ?

 あるいは。

 ピコピコやってる悪魔の銀髪。腹ん中は真っ黒のこいつを好きになれればもっと楽だ。俺の腕の中で甘えたがるこいつと毎日一緒にいる生活は、途端にバラ色になるだろう。


 俺が悪魔を愛せたのなら、それはどれだけ素晴らしい事だろう。

 あるいは、自由に何かを嫌いになれたのなら、それでどれだけ楽になれるんだろう。


 人間は、自分の好きなものを自分で選べない。



 ……あ?

 おっと。ザワめきだしたな。

 そろそろ主役の登場だ。

 だから言ってるだろ。俺はこの物語の主役じゃねえ。しょせんは語り手の狂言師。主役が来れば舞台を譲るぜ。ほら。あいつが言うぜ。


 桜吹雪の間を割って、現れたのは黒いランドセル。

 メガネをかけて半ズボン。つるりとした性別不詳の真っ白な足。いつもビシッとネクタイしめて小学生のクセに無表情。

 ああ、聞きたくねえあいつの言葉を。


 喉元を締め付けているネクタイを緩めて、かけてるメガネを上にあげて、マッシュルームの下から出てくるのは切れ長の琥珀色の瞳。

 そんで無表情を歪めて笑いながら言うんだ。

 算数オリンピック満点優勝、悪魔の異常天才児が。

 言うぜ。言うぜ。



「……さあ。部活を始めよう」



 ほら言った。








 ……春夏秋冬四季は巡るけど、物語はいつかは終わる。狂言師の長い話に付き合ってくれてありがとな。俺も少しは鬱憤が晴らせたぜ。

 けどさ、今日の事は他言無用で頼むぜ。またあの悪魔にお仕置きされるからな。


 さて、早く行かねえとアキの機嫌が悪くなる。あいつを怒らせるのはまずいんだよ。

 今日は本当にありがとう。

 じゃあな。あんたも元気で。













 ……ん?

 なんだよ。まだなんかあるのか?

 なにが聞きたいんだよ。アイドルが俺をストーカーしだした理由か? それともメダリストの危険な趣味か?

 けどもう流石にヤバいんだって。アキが怒り出すんだよ。


 ……ああ。武に何を脅迫したのか?

 正確には武にした訳じゃないんだけどな。

 悪いんだけどそれはまだ時効じゃないから言えないんだ。

 けどあんたはここまで話に付き合ってくれたからとっておきの極秘情報を教えよう。誰にも内緒だぜ?


 ……ところで、あんたゲームは好きかい?

 俺は詳しくねえんだけど、世界中で大ヒットを飛ばしてる傑作ゲームのバージョンアップがこの春に実装される。

 ああそうだよ。発表延期を繰り返してたあれだ。

 なんだろうな。途中で仕様の変更でもあったんじゃねえのか?


 でだ。

 次のバージョンアップからは革命が起きるらしいぜ。一番強い武器はガンエッジだ。あんたも試してみるといい。


 ……はあ。くだらねえ。あいつはガキなんだよ。




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