前編:再開、衝撃
これは前編・中編・後編に分けた短編小説です。あくまで連載物ではないので^^;
――グラディエーター。それは、剣奴と呼ばれた戦う奴隷の事だ。何のために戦うかというと、それは貴族や商人のための“娯楽”にすぎない。
グラディエーター同士、もしくは猛獣や魔物と命がけで戦い、貴族や商人を楽しませる。それがグラディエーターの唯一無二の役目だった。死ねば共同墓地か川に捨てられ、使い物にならなくなったら同じような境遇が待ち受けている。例え勝ったとしても、ただ食い物をもらえるだけ。“自由”になることなどできはしなかった。
――酷な話だが、それがこの国、「ギャバム=レヴィーガ大帝国」の現状だった――。
* * * * *
――朝日が差し込んできた。もう朝なんだな。俺は目を何度か擦りながら立ち上がった。
ここは街の外れの廃墟。かつてはどこぞの大土地所有者が栄華を極めていたが、今ではこんな有様だ。もはやそこに家はなく、迷路のように入り組んだ壁が残るのみ。いくら侵入者を惑わすためだからって手の込んだ仕掛けだ、と俺は思う。
なぜ俺がこんなところにいるかと言うと、ここにはまだ生活に使えるものが数多く埋まっていたり落ちていたりするからだ。昨日の夕刻にここに来て色々探している内に寝てしまったんだろう。まぁそれでも、いくらかの食器と高価そうな物が手に入った。収穫は得たから、それでいいか。
――おっと、まだ自己紹介が済んでいなかったな。
俺はライダ=クエール、グラディエーターだ。漆黒の長めの髪に青い瞳――この国には青い瞳を持つ者が多いんだ――を持ち、服は粗末な物しか着ていない。俺はグラディエーターの中でもずば抜けて強く、一般市民にもっとも近しい生活を保障されている“覇士”と言われるグラディエーターの一人だ。
この覇士は数多くの戦いを勝ち進み、貴族や商人からの人気が高い奴だけがなれるもんだ。覇士の特権としては、他のグラディエーターとは違って一般市民に近しい生活が保障され、犯罪者や治安を乱すものをその場で捕らえる権利もある――さすがに殺す事は出来ないが――。
だが覇士と言っても、所詮はグラディエーター。結局は一般市民や農民に差別や軽蔑を受け、罵られたりする。いつの時代でも、奴隷にはそういう待遇しか待っていない。
そもそも、つい十年前まではまだよかった。
身分なんてものはないに等しく、奴隷階級も存在しなかった。ただ、完全な軍事国家だったから、軍人の身分だけは格別だった。そしてそれは、今も続いている。
まぁそれを抜いても、やはり十年前までは平和だった。貴族・商人・市民・農民は皆平等で、それが原因で生活にも多少の障害はあったが、それでも平和に越した事はなかった。
――カルストム三世が急病で死に、次のカルストム四世が即位するまでは――
カルストム四世は、急に皆平等の方針を根底から崩し、明確かつ完全な身分階級を作り上げた。貴族・商人にだけ特別な特権を与え、市民と農民、そして新たな身分の“奴隷”には強制労働を課す。ふざけた政策だ。
確かに治安は良くなった。以前に比べると、国に緑は増え、街も賑わってきた。
――だが、その背景には強制労働を強いられ、過労死にしていく市民や農民、奴隷の姿があった。今では帝国は世界最大を誇る大帝国になって、多くの国と交流を深めているが、入国してくる外来人は、やはりその背景を知る由もない。
――そんなのは間違ってる!
全ての人間に“自由”と“権利”があってこその“平和”だろ?
なのにウチの暴君はなんだ!
こんなのは神が許すはずない!いや、神が許さずとも俺が許さない!
――だから俺は、ある計画をひっそりと立てていた――。
「……ん?なんだ、もう家か」
考え事をしていたから、いつの間にか家の前に着いていた。両手には戦利品を抱えている。
早朝はさすがに人が少なかった。まぁこの辺りは俺のような奴隷や不浪人が好き勝手に住んでいる不法地帯だから、人でごった返すようなこともないが。
ここは、いつも誰かが誰かと怒鳴り合って、喧嘩沙汰になるような日常しかない。さすがに殺しにまでなると俺も止めに入るが、それ以外は無視して通り過ぎる。
仮に喧嘩を売られても無視する。しつこい時はその喧嘩を買って軽くシメておく。そうすればしばらくは俺に関わってこなくなるから。
そんな奴らしかいない所だけど、中には善い人もいたりする。
時々無償で食い物を分けてくれるおばさんや、たまにの休日でデートに付き合ってくれる優しい近所のお嬢ちゃん――正確には、デートに付き合わされている――。他にも、嫌気の刺す戦いのあとに疲れを一緒に遊んで癒させてくれる子供達や、剣の稽古に付き合ってくれる爺さんもいたりする。
そういう人達に囲まれて、こんな生活も悪くないと思う。もちろん、今挙げた人達はみんなここに住んでいる人達ばかりだ。
――さて、家に入るとしますか。どうせ誰もいないけど、今日は家の掃除をするからな。
「ただいま――」
そう言って戸を開けて、俺は絶句した。
そこに女の子がいたからだ。向こうも驚いてこちらに振り向いた。
そこそこ質の良い服に、後ろで編んだ長い黒髪、そして俺と同じ青い瞳を持っていた。胸の膨らみは――中の下、か。なかなか成熟している。年は俺と変わらないだろう。
――何と言うか、すっごく可愛い。
めちゃくちゃ俺の好みだ。
やべぇ、今にも襲いそうだ。
――っておいおい。これは真面目なファンタジー小説だろ?
軽くコメディー入っとるぞ。
――よし、深呼吸。落ち着け〜、俺の本能。これは真面目なファンタジー小説だからな〜。
「……あんた、何してんだ?」
見るからに怪しい。地面に座り込んでタンスの中を漁っていた最中らしい。証拠に、辺りに俺の粗末な服が散乱していたからだ。
最初は驚いていたが、今でも驚いたまま硬直していた。
もし盗人なら、すぐにでも逃げるはずなんだが、逃げようとしない。むしろ、逃げられないのか?ずっと俺の顔を見たまま硬直しているから。
「……盗人じゃ、ないのか?ないのなら、ここで何してるんだ?」
とりあえず質問してみる。返事は、案の定なし。
俺は息をついて、家に入って開き途中だった戸を閉めた。
戸を閉めると、中が薄暗くなった。窓を開ければ少しは明るくなるが、今はそれどころではないことは分かっているから、それはしない。
中にはベッドとタンス、そして竃とテーブルと、椅子が二つ。それだけだ。
「……とりあえず、楽にしてくれ。それでもって、椅子に腰掛けてくれ」
そう言って促してみると、がちがちした動きで言われたとおりにした――いや、楽にはしていないな――。
これで分かった。この娘は絶対に盗人じゃない。
俺は緊張の糸を全て切って安堵した。
「まぁ、何が理由で勝手に家に入ったのかは、なんとなく分かるさ。食い物がほしいとか、そんなとこだろ。――でも、タンスには食い物はないぜ」
彼女の緊張の糸も切ってあげようと、俺はくつくつと笑いながら話しかけた。別の棚に置いてある粗末なコップを手にし、水を貯めている甕から水を汲んだ。
「……あの…………」
「ん?なんだ?」
手作業をしている最中に、彼女が訊いてきた。初めて聞く声色だが、すごくいい。歌姫にでもなれるんじゃないか?――と、俺は思う。
「……ここには、貴方一人で住んでいるのですか?」
至って普通の質問。
「ああ、そうさ」
とりあえず正直に答えた。
コップを二つ手に持って歩いていき、椅子に座って待機していた彼女の前にそれを置いた。
「とりあえず、飲みなよ」
「……ありがとうございます。――ところで、」
「ん?」
俺がコップ内の水を飲んでいる最中に、彼女は訊いてきた。そして、
「――貴方の名前は、ライダ=クエールと言いますね?王家の親族、クエール家の長男の」
彼女の言葉を聞いて、飲む手を止めた。
「国王の――父の怒りを買って追放されてしまった親族、クエール家の頭首、ヴィルム=クエール。貴方はその息子、長男にあたりますね?今では家族全員を亡くして、グラディエーターとして一人で生きていると聞きましたが、どうやら本当だったようですね」
次々と図星にされていく彼女の話を聞いていて、俺は口をパクパクさせる事しかできなかった。そして、
「――お前、まさか、セレアか?」
「――ええ。久しぶりです、ライダ」
俺は、俺の名を呼ぶ同い年の女の子、セレアを品定めするように眺めた。
セレア=カルストム。現国王、ヴェルト=カルストムの第一王女であり、かつての俺の許婚だった人だ。
――申し遅れたが、俺は十年前まで、つまり七歳の時までは王族として過ごしていたんだ。 父上はカルストム四世の弟であって、父上に仕える忠実な将軍でもあったんだ。俺とセレアが生まれたのはほぼ同時期。そのこともあった所為か、カルストム四世は父上の断りもなく俺とセレアを婚約させやがった。――まぁ、後悔はしてないけどな。
どうして俺が、一目で彼女をセレアだと認識できなかったかと言うと、要因は二つある。
一つは服装。
王女ともあろう者が、こんな質素な服を着てるはずがない。ましてや、こんな小汚い所に来るはずがない。
もう一つは、言葉遣い。
言うのもなんだが、俺の知る七歳までのセレアは、一般に言う“暴走少女”で、王宮の掟なんかお構いなしに悪ふざけをしていた。そしていつもそれに付き合わされていたのが、俺だ。
そんな彼女だから、言葉遣いも、王女とは思えないくらい汚い物だった――俺の記憶の中では――。
そんな理由から、一目でセレアだと認識できなかったワケだ。
――でも、よくよく考えれば、もう十年も会ってないんだから、言葉遣いくらいはこれだけ変化していても普通だろうな。
しかし、何でセレアがこんな所に居るんだ?本当に。まさか俺の所に駆け落ちてきたとか?
とりあえず、以上の要素も含めてセレアに質問してみた。
「駆け落ちではありません」
それだけきっぱり否定されて、俺は少し落胆した。――ま、仕方ないか。
「――にしても、本当に久しぶりだな。まさか、セレアがこんなイイ女になってるなんてな。それで、王女ともあろうお方が、こんな所に何の用で?」
久々に会う友人と話すような感じで、俺はセレアに話しかけた。けれど、セレアはどこか悲しげな表情でいた。それは、さっきからずっとのことであったが。
「――ライダ。貴方に、お願いがあります」
「俺に?なんだ?」
セレアは一度俯き、顔を上げて、
「――父を、殺してほしいのです」
――俺は絶句した――