パンドラの箱
『行ってきまーす』
春は雑にスニーカーに足を突っ込もうとする。
スニーカーという代物は歩きやすい。
何処に行くにも疲れない。
それは非常に有難いのだが…
僕は靴紐が大嫌いなのだ。
履いて結んでという仕組みが好きになれない。
要は面倒くさい。
嫌なことは誰だって避けたいはずだ。
無くなってくれれば何も言うことがないが歩きやすいから仕方ない。
「人生は辛いことのほうが多い」とか誰かが言っていた。
楽なことは少ないらしい。
学生の身分の僕がその言葉を口にしたら大人たちは鼻で笑うんだろうか。
見た目だけで判断してくるのは大人の悪い癖だと思う。
皆がそんなわけじゃないのに…。
頭の中で何かをこじ開ける音がした。
僕は唇を噛み締めた。
『これじゃ前と同じじゃないか』
抑えきれない程の感情が込み上げる。
『なーにブツブツ言ってんのー』
ハッとして我に帰る。
振り返ると母親が首を傾げていた。
『脅かすなよ。びっくりするじゃん』
話をそらしたくて急いで靴紐を結ぶ。
立ち上がり玄関を開けようとした瞬間。
『今日から当分の間、家を開けるからよろしくぅ‼︎』
あまりの突然さに勢い良く体を回す。
母親の顔には満面の笑みがこぼれていた。