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Action.9 屠殺卿

 カントは警戒していた。目の前に佇む、純白の“何か”に。


 彼らが駆けつけた時には、既に戦闘はその男が勝利を握る寸前であった。当初カントが予測していた“屠殺卿”と大きく風貌が異なる男とルーノ、そして首の切断された死体。三人の因果関係は図りかねるものの、男を止めなければルーノの頭が分断されるのは明白だった。

 それ故に、サリーの援護を頼りに攻撃を仕掛けたのだが、男は易々と弾いてみせた。慌ててカントは複雑な投技から、ある程度単純な作りをした『合気落とし』と呼ばれる技に切り替え、相手の体勢を崩す事に成功したが、それすら利用され距離を稼がれる要因となってしまった。

 その事実に、無意識に歯を食いしばる。強敵に対峙した事に対しての緊張が身体を縛りつけ、それを覚悟で以て解き放つ。残酷なまでに冒涜的な状態の死体を頭の認識から全力で排除し、拳を広げてカントは構えを取った。

 そして目の前の男、“屠殺卿”は皮剥ナイフを逆手に持ち、腰を落として構える。先程のやり取りで、カントも侮れない相手と認識したのだろう。まるで猛獣に睨まれた様な錯覚を覚え、カントは思わず身震いする。


 「……無関係の人間を、どうこうする気は無いのだけれど……」

 「残念ながら、知り合いが死ぬのを放っておく気はなくてね」


 だが、カントは逃げるわけにはいかない。保身の為に此処で退いては、何の為にクライムファイターになったのかわかったものではないからだ。

 その言葉に退く気無しと見た“屠殺卿”は、一層身体を低く、地面へと近づける。誰の物かはわからない、ごくりという音が響いた。


 瞬間、“屠殺卿”は目にも留まらぬ速さで以てカントとの間合いを詰める。大まかな予測を立て、カントは来るべき攻撃を受け流そうとする。

 がりがり、という凄まじい音を立てて、肉切り包丁はカントの首を撫でる。しかし、その刃はパワードスーツに阻まれ、半ば無理矢理にカントはその腕を取った。


 「……残念」

 「くぅッ!?」


 だが、“屠殺卿”は腕を引かれる前に、もう片方の手に持つ皮剥ナイフを装甲の薄い眼部に向けて突き立てる。眼孔を穿たんとするその一撃は、一つのブレも無く突き進んでいく。


 合気道は幅広い方向、そして幅広い種類の攻撃に対応できる、所謂「防御型近接格闘術」だ。どんな重い一撃も、合理性を突き詰めた技で受け流し、相手の抵抗を許さずに技で制する側面を持つ武道だ。その攻撃への対応力は、他の武道に一切の追随を許さない。

 しかし、その合気道にも明確な弱点はある。それは、「複数同時攻撃に弱い」という事だ。その合理的な技は何れも一工程以上の動きを必要とするが故に、並大抵の実力者では同時に同方向から来る攻撃を捌く事は難しいのである。

 その弱点を突かれたカントは、普通の有段者よりは場数を踏み、合気道を実戦に活かす事は出来る程度の実力だ。だが、その彼でもこの弱点を埋める事は、少なくとも命のやりとりが為される場では出来なかったのである。


 来るであろう激痛に目を瞑る。しかし痛みは一向にやって来ず、恐る恐るにカントが目を開けば、皮剥ナイフはカントの目元寸前で止まっていた。

 “屠殺卿”の腕が、何者かによって掴まれ、それによって皮剥ナイフの侵攻を抑えていたのだ。カントが何者かを探るべく横を見れば、そこには必死の形相で“屠殺卿”の攻撃を食い止めるルーノがいた。


 「……何やッてル! 今の内だろうガッ!」

 「……はいッ!」


 意図を察したカントは、素早く掴んでいた腕を自らの懐へ引き込む。引き込んだ腕を僅かに押し込むと、“屠殺卿”の体勢が僅かに崩れ、その隙にカントは器用に掴む手を持ち替えながら、“屠殺卿”がまるでその肉切り包丁を思い切り振り上げた様な格好になるまで相手の肘を引き上げていく。

 そうして肉切り包丁が“屠殺卿”の背に当たるほどに肘を引き上げた瞬間に、カントは僅かに腰を落とす。すると、“屠殺卿”の身体は本人の意を介さない様に背中から崩れ落ちていった。

合気道の技の一つ、四方投げ。“屠殺卿”が受けた技の名である。

 その大きな隙をルーノは見逃さず、直ぐ様剣を抜き“屠殺卿”を突き刺そうとする。しかし“屠殺卿”もそれを甘受する訳がなく、素早く身を捻り、ルーノの顎に向けて踵を突き出した。

 それを避けようとルーノは顔を逸らすが、その結果首筋に踵が突き刺さる。その反動を利用して“屠殺卿”は曲芸染みたバク宙を取って距離を稼ぎ、射落とさんとサリーが放った鉛球を意に介さない様に弾いてみせた。

 音もなく着地した“屠殺卿”を見て、ルーノは小さくない舌打ちを放つ。


 「ちィ!」

 「……驚いた。ここまで出来るとは思わなかったよ」

 「……そこは思わないままでいてほしかったけどね」


 皮肉交じりにそう言い放ってみせるカント。それは所詮虚勢であるが、そうでもしなければ、先程感じた恐怖から立ち上がれそうになかった。

 それを余裕があると感じたのか、そうでないのか。“屠殺卿”は苦々しげに呟く。


 「……そこの騎士さんを殺せれば良かったんだし、他の人達は追い払うだけにしようと思ったけど……難しいね」

 「そいつァ都合が良イ話だナ。……そう簡単ニ殺せるト思うなヨ」

 「うん、そうだね」


 “屠殺卿”はゆっくりと頷くと、微笑みを消し、三人を見据えた。そしてまた、ゆっくりと口を開く。


「……だから、本気でやろうか」

 「……ッ!」


 その瞬間、空気が僅かに冷たくなったのを三人が感じる。それに慌てたサリーがゴムを引き絞り、リストロケットから鉛球を弾き出す。動揺も意に介さず、正確に頭部を狙ったそれを、“屠殺卿”は僅かに顔を逸らすだけで避けてみせる。

 そうして瞬く間に接近すると、肉切り包丁を思い切り振り下ろす。重い一撃を盾で受け止め、ルーノが剣で応戦しようとした。

 だが、時既に遅し。ルーノの脇腹、金属プレートではなく、鎖帷子に覆われたほんの僅かな隙間に、皮剥ナイフが刺し込まれていた。


 「が…ッ!?」

 「ルーノさんッ!」


 苦悶の声を絞り出すルーノ。一瞬の出来事について行けなかったカントは、漸くルーノを助け出そうと動き出す。

 だが、それを嘲笑う様に、目にも留まらぬ速さで“屠殺卿”はカントへと向き直ると、血の滴る皮剥ナイフをカントへと突き出した。恐ろしい速度であっても、カントは何とか対処しようと予測を立て、見事なまでに受け止めてみせた。

 それこそが、“屠殺卿”の狙いであるとも気付かずに。


 「ぐッ!?……ぅ、ぁぁあああああッ!」

 「カントっ!?」


 カントは痛ましい悲鳴を上げ、腕を抑えて蹲る。抑えられた腕は、頑強なパワードスーツ、その中でも装甲の薄い関節部を貫いて深々と裂傷が走り、血を流し続けていた。

 打撃を受ける事への慣れがあるカントでも、裂傷への慣れは無いに等しい。今までにない程の深い傷を負った事もあり、カントは激痛に今にも意識を刈り取られそうになっていた。

 サリーは聞いたことのないカントの悲鳴に狼狽えるが、すぐに彼らを“屠殺卿”から引き離す為にゴムを引き絞る。

 だが、その瞬間に“屠殺卿”は大きく振りかぶり、皮剥ナイフを投擲した。凄まじい速度で飛んでいったそれはリストロケットのゴムを切り裂き、手甲状にサリーを守るプロテクターに突き刺さった。


 「うそ……っ!」


 幸いにも分厚いプロテクターはサリーを守る事に成功したが、肝心のゴムは無残に千切れていた。無論、巻き直す隙を与えるほど、“屠殺卿”は甘くないだろう。

 頼りの二人は行動不能に陥り、絶体絶命の危機に陥った小さな少女を見て、“屠殺卿”はゆっくりと口を開いた。


 「……逃げると良い。僕は小さな子どもを手に掛ける気は無いよ。逃げて、誰かに庇護を求めるといい」

 「……っ!?」


 何の感傷すらなく、そう言い放つ“屠殺卿”。サリーは言葉の意味を考え、飲み込み、そして決断した。


 「……いや」

 「何故? 傷めつけられるのは怖いだろう? 僕だって幼気な子供に八つ当たりはしたくない。見逃す気はあるんだ。逃げれば良いじゃないか」

 「……いやだっ!」


 サリーはプロテクターに刺さった皮剥ナイフを無理矢理に引き抜く。少女の手には大きいそれを、両手で握りしめ、サリーは気丈にも“屠殺卿”を睨みつけた。

 不可解な物を見るように、“屠殺卿”は首を傾げる。その挙動一つ一つに狂気を見出し、サリーの心に薄ら寒い空気が入り込む。それに震える心に鞭打ち、サリーは口を開いた。


 「……私、ルーノさん、好きだもんっ! カント、あいぼうだもんっ! ……いなくなって、ほしく、ないもんっ! ……お前こそ、どっか行けっ!」

 「……成程。貞淑さのない、堕落した……アバズレめ。君も、殺すべきだな」


 そう言うと、“屠殺卿”は肉切り包丁を構え、地を駆ける。

 せめて刺し違えてでも、と言わんばかりにサリーは目を瞑りながら駆け出し…。


 「……こらこら。女の子が無理しちゃダメよ?」


 ぽすり、という音と共に、柔らかい物に包まれた。サリーが恐る恐る目を開けると、そこには。


 「……キューティ、マリー?」

 「……こんばんは、ちっちゃなヒーローさん?」


 にっこりと微笑む、正義の“妖精”キューティ・マリーがそこにいた。

 彼女は優しくサリーを抱きしめ、あやすように囁く。

 そして、マリーの後ろ手にはサリーが持っていた皮剥ナイフが回されており、それが“屠殺卿”の肉切り包丁の凶行を止めていた。


 「良く頑張ったわね。おねーさん、感心しちゃったわ」

 「……お前はっ、キューティ・マリー……!」

 「ハァイ、本物の屠殺卿……あぁ、エドガー・ゲインだったかしら? 子供相手に暴力は感心しないわ、ねっ!」


 振り返る力を利用して、肉切り包丁を弾き飛ばすマリー。“屠殺卿”エドガー・ゲインは直ぐ様バク転で距離を置こうとするが、追撃の投げナイフによりその身体は地を這う事になった。

 腕に深く刺さったナイフを引き抜こうともがくエドガーを尻目に、マリーはサリーを立ち上がらせる。


 「大丈夫。皆、助けるから。……だから、ちょっとだけそこにいて?」

 「……私も、たたかう。……ルーノさん、カントも、たすけるっ!」

 「ありがと。……でも、私は一人で良いわ」


 そう言うなり、マリーはすくっと立ち上がり、エドガーへと急接近すべく跳ぶ。そのしなやかな脚は周囲の壁を蹴り、瞬く間に周囲の建物よりも高く跳んだその身体は、月夜に照らされ妖しく煌めいた。

 その瞬間、数多の銀の光が空から、否。マリーから降り注ぐ。銀の光は地に突き立ち、エドガーを縫い止める。

 苦悶と激痛への怒りに満ちた、ともすれば猛獣の様な声がエドガーから漏れる。それを事も無げに地に降り立ったマリーは、冷ややかに見つめた。


 「……キューティ・マリー……! 僕の、大切な友人達を殺し、弔う遺骸すら、残さない……! この、悪魔め……!」

 「質の悪い冗談ね。偶像崇拝する狂信者共が、友達? 友達は選んだ方がいいと思うわよ。……ね、カント君?」

 「ぃ、ぁ……? ……ま、まりぃ、さん!?」


 痛みに半狂乱になっていたカントの意識が、マリーの一言で元に戻る。彼の精神の根底を形作る心が、マリーに醜態を見せまいと、瞬く間に分散した精神を元通りにしたのであった。

 それをマリーが知る由もないが、彼女はカントに意識がある事を確認し、次いでルーノを一目見て、次に為すべき事を導き出した。


 「……カント君、動ける?」

 「っ、く。……ッ! ……だい、じょうぶです……! たたか、えます!」

 「OK。……ルーノを連れて、サリーの所まで走って。出来る?」

 「……っ、任せて、くださいッ!」


 痩せ我慢をするカントに微笑んで、指示を出すマリー。それに対し込み上げる反論を抑えこみ、直ぐ様カントは片手でルーノを担ぎあげた。本来難しい事だが、合気の技を最大限に利用し、カントはどうにか成功させる。

 本当は、彼もマリーと共に戦いたかった。だが、腕を負傷した今、カントに出来る事は少ない。その状態で戦いに臨むのは、彼女に枷をはめるのと同じ事なのは彼にもわかっていた。わかっていたからこそ、喉元で塞き止める事が出来たのだ。


 「……ありがとう。……さぁ、覚悟なさいエドガー・ゲイン。此処でアンタは、“屠殺卿”は終わり。日が昇る頃には、皆が望む日々が戻ってくる」

 「……あぁ、そうとも。だから、僕も僕が望む日々へと舞い戻ろう」


 数々のナイフに身を貫かれながら、皮肉交じりに笑ってみせるエドガー。それに不快感と不可解さを覚えたマリーは、躊躇いもなくナイフをエドガーの眉間へと投げた。


 「……っ!?」

 「……どうしたのかな? まさか、その一撃で僕が殺せるとでも?」


 だが、その一撃が彼を殺すには至らなかった。眉間へと投げられたナイフは、エドガーの手で阻まれていた。深々と手に突き刺さったそれを、引きぬくこと無く見せつける。


 「……だが、これ以上君みたいなアバズレと遊んでいたら、ママに怒られてしまうからね。そろそろ帰るとするよ」

 「っ、待ちなさいッ!」

 「さよなら。二度と会わないことを祈るよ」


 言うが早いか、エドガーの袖から煙が吹き出す。あっという間に視界を遮ったそれを警戒し、マリーは身構えるが、何時まで経っても攻撃は来なかった。

 やがて煙が晴れたそこには、エドガーの姿が消えていた。最初から逃走目的だったのだろう。マリーは舌打ちを一つ漏らし、携帯電話を取り出した。


 「……とにもかくにも、早いトコ治療しなくちゃね。ベッドが空いてるといいけど……」


 ぽつりと呟いたその言葉は、けたたましい呼出音にかき消されていった。



次回「ルーノとサリー」


改訂しました。

待てよ次回。

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