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Action.8 賞金首

※前回のあらすじ。


情報屋マウスと接触するカントとサリー。

しかし、彼女がもたらした情報はサリーの想い人、ルーノの危機だった!

走れカント!走れサリー!そしてルーノは果たしてどうなる…!?


※今回はグロテスクな表現が含まれます。

 苦手な方は飛ばされる事を推奨します。

 「……サリー、待って!」


 サリーは走る。その小さな身体は小刻みに震えながら、それでもぎゅっとリストロケットを胸に抱いて。

 だが、それでもカントの彼女より長い足には及ばず、引き止められてしまう。それでも彼女は暴れ、少しでも前へ進もうとした。


 「……本当に、行く気かい?」

 「いく! ……ルーノさん、たすけるのッ!」

 「ルーノさんじゃないかもしれない。それに、多分俺やサリーが考えている以上に、ずっとずっと危険な奴が相手になる。……それでも?」

 「それでもっ!」


 意志の通った、鋭い目でサリーは睨む。何が彼女を駆り立てるのか。何が彼女を走らせるのか。その答えは、既にカントにはわかっていた。

 彼女は最初から、後悔したくなかったのだ。後悔したくないからルーノから隠れ、ささやかな一助となろうとした。それでも、自分の行いに疑問を持っていたから、カントの提案に飛びついた。

 もしかしたら、彼女はそれに気づいていないのかもしれない。だがそれでも、彼女の心の底にある想いが囁くのだろう。『今動かなければ、一生を後悔し続けるかもしれない』と。

 その為に、自分が死ぬかもしれない場所に赴く。それは崇高な献身から来る想い等ではなく、自分勝手で、何処までも真っ直ぐな我儘だった。


 だが、それこそ。その行動こそ、カントが彼女に求めた物だった。『誰かのために』等という戯言ではない。他ならぬ『自分のために』、ルーノを追い求める姿をだ。

 自分と似た状況で、彼女が本当にルーノの隣に立てるなら。きっと自分も彼女の隣に立てる。そんな自分勝手な打算こそが、彼がサリーに肩入れする最大の理由だ。

 カントは清廉潔白な男などではない。本当は我儘で、自分の好きなことをやる事を是とする男なのだ。ただ単にそのベクトルが“キューティ・マリー”に向かっているだけなのだ。

 それ故に、『あの人の隣に立ちたい』という感情は、カントの、奥底で燃え続ける動力源なのである。そしてそれは、今のサリーと同じであった。


 だからこそ、彼は笑う。この愛すべき小さな相棒の想いを無駄にしない為に。

 背を屈めて、サリーに乗るように指示する。おずおずと、訝しみながら乗るサリーを軽く撫でて立ち上がった。


 「……なら、俺が連れて行った方が速いさ。それに、そっちじゃない。ルーノさんが行ったのは反対だよ」

 「……カントっ!」

 「あぁ、サリー。俺達は何だい? 相棒だろ? ……だったら、俺も連れて行ってくれなくちゃ、ね!」


 そう言って、カントは駈け出した。目指すは灰かぶり(サリー)が望む騎士の元へ。そして、悪意に満ちた“屠殺卿”の元へ。


***


 ルーノは激怒した。

 かの“屠殺卿”を必ず打ち倒す。そうルーノは心の底から沸き上がる義憤と、憎悪と共に誓った。


 スーザンというパン屋を営む女性がいた。

 まだルーノがタイから来たばかりで、右も左も、英語も禄にわからない時分に世話になった中年の女性だった。タチの悪い差別主義者(レイシスト)共に暴行を受け、有り金も無く冬のアメリカで凍えていた彼を優しく招き入れてくれた女性で、夫と子供を何より大事にする、良き妻であった。あの時彼女とその家族達が与えてくれた温かさを、柔らかいパンとコンソメスープを、彼が忘れる事はない。

 拙いながらも手紙を書き、感謝の印として毎年何かしらのプレゼントを贈っていた。夫婦の結婚20週年に花束を、子供達の一人がハイスクール生になると知れば、彼が好きなアメリカンフットボールのスポーツグッズを贈っていた。ルーノにとって彼女らは家族と変わらない関係であり、彼女らもルーノを家族の様に慕っていた。


 だが、スーザンは死んだ。

 不幸な事故などではない。悪意を以て彩られた、凄惨極める事件によってだ。

 彼女の遺骸は切り取られたと思しき“腹わた”のみであった。警察のDNA鑑定から、彼女の物であると判断されたのである。

 この報せは今から2日前、ルーノがカントと出会った後に彼の耳に届いた。彼は天が張り裂けるほどに慟哭し、必ずやあの悪鬼を打ち倒してみせるとスーザンが愛した夫に誓った。貯めていた貯蓄を装備に注ぎ込み、情報をかき集めた。一刻も早く彼女の無念を晴らし、そしてこれ以上の犠牲者を生まないために。


 情報屋マウスの売る情報は正確無比と評判だ。予測となると多少の誤差はあるものの、彼女は次の賞金首の徘徊場所すら割り当ててみせる。

 彼女にそう安くない金を払い、示された場所で待ち構える。“屠殺卿”は恰幅のいい中年女性のみを狙う偏執的な猟奇殺人者だ。それ故条件を満たさないルーノをやり過ごす可能性もあったが、どういった気紛れか、それとも気づかなかったのか、奴は現れた。


 「……お前ガ、“屠殺卿”……!」

 「……その名前は好みじゃないんだけどなァ」


 そうおどけた様に言ったその男は、見ただけで精神が不安定になりそうな格好をした、“異常”の塊だった。

 顔は穏やかな笑顔を貼り付けているが、その肌はまるで屍蝋で作られた様に不気味な白さで街灯の光を反射している。手に持った二つの凶器はギラギラと輝いており、それを見るだけでルーノの精神が削られていく。


 だがそれだけでは無い。それ以上に異常なのが、男の衣服だった。

 その外套は真っ赤だった。いや、もしかしたら違う色で、ただ「そう見えた」だけなのかもしれない。何にせよ、普通の人間ならば「真っ赤なフード付き外套」という情報で脳が理解を留める。


 だが、ルーノは認識してしまった。だらりと垂れ下がった、何かの皮。それが、人間の、それも“女性の乳房だったもの”ということに。

 

 思わず吐き気がこみ上げるのを無理矢理押し留め、全力で「あれはスーザンではない」と脳髄に叩きこむ。例え“屠殺卿”の頭を包み込む、口の裂けた頭部と思しきフードから垂れ下がる髪が、スーザンと良く似たくすんだ金髪だったとしても。その無残な顔が、苦悶の表情に歪ませたスーザンに見えたとしても。


 「……それでェ? 綺麗な鎧に身を包んだ、聖騎士様が何の用事かなァ? 俺は今からお楽しみなんだァ。邪魔しないで欲しいなァ……?」

 「……スーザンという死んだ女ヲ、憶えているカ」


 思わず、口から零れた一言。もしかすると、「知らない」という答えを求めていたのかもしれない。そうすれば、心置きなく目の前の外道を斬り捨てられるから。

 だが、目の前の男は残酷だった。残酷なまでに、正直だった。


 「……あァ、スーザン! 彼女は死んでなんかいないよォ。だって……」


 やめろ、聞きたくない。思わず耳を塞ぎたくなるが、身体が言うことを聞かないルーノ。そして“屠殺卿”は死刑執行人の様に、ゆっくりと外套を指さした。


 「……今もここにいるもん。俺がこうして、ずぅっと、ずぅーっと一緒にいられるようにしたんだからさぁ……!」


 残酷な宣言が、戦いの火蓋を切った。


 それに返答を返すことなく、ルーノの鋭い突きが“屠殺卿”を襲う。だが“屠殺卿”はそれを肉切り包丁で受け流し、皮剥ナイフで彼の目を抉ろうとする。

 だがそれはルーノの構える盾に阻まれる。頑丈な大盾はそのまま前面へと押し出され、“屠殺卿”の腕が弾き飛ばされた。


 大きくよろけた隙に袈裟斬りに剣を振るルーノ。その一撃は切断よりも叩き潰す事に重きを置かれ、まともに喰らえば肩が砕けるだろう。

 だが、その一撃は“屠殺卿”に当たらない。不気味なまでの柔軟性で以て、彼はその一撃を“潜り抜けた”のである。返す刃でルーノの剣が横薙ぎに振られるも、その一撃すらブリッジをするかのような動きで避けきってしまった。


 「チィ……ッ!」

 「残念残念! そんなんじゃァ当たらないよォ!」


 そう言いながら、“屠殺卿”は無理矢理にサマーソルトキックを仕掛ける。狙いはルーノの剣を持つ手であるが、その一撃で彼が剣を取り落とすことはなかった。

 そしてその勢いを利用して、バク転で距離を取ろうとする“屠殺卿”。だがルーノがそれを許す筈もなく、詰めより様に突きの一撃を見舞う。


 「させるかヨォッ!」

 「ぐげっ……ッ!」


 無理な動きを続けた為か、それとも空中で避けるのは難しいのか。外套の胸部に当たったそれは、“屠殺卿”を貫くのは叶わなかった物の、“屠殺卿”の胸骨に深いダメージを与える事に成功していた。

 狂気じみた穏やかな笑顔が苦痛に歪む。しかし、それに喜色を見せることもなくルーノは盾で“屠殺卿”の顔面を強かに打ちつけた。

 その白い顔がひしゃげ、血で真っ赤に染まる。全身が真っ赤に染まった“屠殺卿”は、次第にその顔を恐怖と憎悪に歪ませ始めた。


 その一方で、ルーノの顔は張り付いた様な憤怒の形相を保ち続けていた。その双眸は常に冷たく光り、全身は震えることなくゆっくりと、確実に“屠殺卿”を打ち倒さんと動き続けていた。


 ……そして、そうであるが故に、ルーノは気づかなかった。

 目の前にいる“屠殺卿”以外の悪意に。


 「……ごめんね」

 「がッ……!?」


 突如、ルーノの背中に鋭い痛みが走る。抉られる様なその痛みにルーノは思わず剣を取り落とし、蹲る。

 首を逸らして振り返れば、音を一切立てずに歩く一つの“何か”がいた。


 それは全身を純白に染めた、中性的な男だった。“屠殺卿”と同じく病的なまでに白い肌を持ちながら、彼とは比較にもならない程に穢れを知らない様な無垢な顔つきをしていた。

 だが、その手に持つのは“屠殺卿”と同じ皮剥ナイフと肉切り包丁。そしてその二つの刃から滴り落ちる血液が、“屠殺卿”と同種の、ともすればもっと邪悪な存在だと物語っていた。

 そして、その姿を見た“屠殺卿”が、彼に衝撃の事実を教える。


 「おお……! おお……! “屠殺卿”! 私を助けに来てくださったのですね!」

 「ナっ……!?」


 なんと彼は、目の前の男を“屠殺卿”と呼びだしたのだ。驚愕に目を見開くルーノ。今まで“屠殺卿”と思って憎悪を込めた相手は、偽者だったというのだから当然である。


 「当然じゃないか、友人なのだから。……あぁ、楽にしておくれ。今、その苦しみを祓おう」

 「えぇ! えぇ! ありがとうございます……! しかし、それよりも! 先にその男を殺して……!」


 本物の“屠殺卿”は、朗らかに微笑みながら偽者を抱き起こす。偽者はまるで神に救われた様に恍惚とした表情を浮かべ、“屠殺卿”に懇願した。

 それに対し、“屠殺卿”はゆっくりと肉切り包丁を振り上げ……。


 ぼとり。


 振り下ろした。彼の腕には、恍惚の表情を浮かべたまま、己の死にすら気付かないまま死んでいった男の生首が落ちていた。

 それを慈しむ様な顔で丁重に布で包み、静かに男の胴体の上に置く。不安定な足場に生首は二、三度転げ落ちかけるが、その都度“屠殺卿”は優しく支える。そうして断面の肉が潰れたのか、安定を見せた生首を“屠殺卿”は満足気に見つめる。

 ルーノは、内心で彼に堪らないほどの恐怖を覚えた。ルーノは場数を踏んだクライムファイターであり、凶悪な犯罪者も何人も見てきた筈であった。

 だが、その犯罪者達の尽くは、利己の混じった『悪意』を差し向けてきた。それに対しこの男は、他人の為の『善意』で人を殺したのだ。自らを慕っていた者を、何の躊躇いもなく、『楽にする』という理由で。


 だが、彼は剣を拾い、盾を構えた。鎧を刺し貫いたあの尋常ではない武器と技に、どれ程持ちこたえられるかわからずとも、彼は立てた誓いを、恩人の無念を、自身の保身の為に反故にする気はなかった。

 結果として、それが彼の生命を繋ぐ鍵となる。


 「……チっ!」

 「……!」


 静かな怒りと共に振られた一閃を、何とか盾で受け流すことに成功する。これでもし臆病に駆られて背を向けていたならば、瞬く間にあの偽者と同じ道を辿る事になっていただろう。

 直ぐ様ルーノは剣で軽く袈裟斬りを放つ。それを“屠殺卿”は一歩下がって避け、皮剥ナイフで鋭い突きを放つ。


 その激しい打ち合いがどれ程続いただろうか。

 何れも鋭く、一度でも誤れば死に繋がるであろう“屠殺卿”の攻撃は、確実にルーノの肉体と精神を削っていった。

 上がった息を攻撃を受け止める瞬間で整え、また攻撃をして息を上げる。そういったギリギリのやり取りの中で、肺も心臓も、ありとあらゆる臓器が悲鳴を上げ、骨は軋み、筋肉は今にも千切れんばかりに痙攣していた。

 そうした心身の疲弊が、ついに決定的な隙を生む。小手の関節の隙間を縫うように皮剥ナイフが走り、痛みにルーノは剣を取り落としたのだ。

 直ぐ様剣は蹴り飛ばされ、ルーノは横っ面を肉切り包丁で殴り飛ばされる。幸いにも深い傷は無かったものの、傷ついた身体は起き上がるのを必死で拒否していた。

 “屠殺卿”は仮面の様な顔に静かな怒りを湛え、肉切り包丁を振り上げる。


 「……友達を苦しめ、傷つけた奴を許す訳にはいかない。……あの世で悔い改めるといい」

 「……お前ガ……ッ! お前ガ、言うのカッ! スーザンを殺しタ、お前ガッ!」

 「当たり前だよ。友人を傷めつけられた事を怒るのは正しいことだ。そうママにも教わったんだから」


 さも当然とばかりに言い放つ“屠殺卿”。そのイカれた、ともすれば情けなくも聞こえる一言に、そんな男に負けたというどうしようもない敗北感が胸に広がる。

 この男は本物の狂人なのだろう。であれば、自分が太刀打ち出来る相手ではなかった。義憤に駆られる事無く、この男が狩られるのを待てば、という思考が頭の片隅で展開されては打ち消される。自らを奮い立たせる為の言葉が鳴り響き、絶望に屈しようとする甘言が耳に響く。

 それらを全てはね除け、起死回生の一手を探る事に全てを回すルーノ。だが、無情にもそのギロチンは振り下ろされ……


 びしゅん。


 「……ッ!」

 「……な、ニ?」


 何者かの攻撃を打ち払った。続け様に、闇の奥から何かが飛来する。それを“屠殺卿”は容易く得物で弾き飛ばす。

 だが、それを待ってましたとばかりに、黒い狼が飛び出した。狼はその掌で“屠殺卿”の顎下を穿たんとする。それすらも容易いとばかりに、軽い動作で避ける“屠殺卿”。だが狼の技はそれだけに留まらず、ほんの少し浮いた彼の肩と胸に指先を置き、ほんの少しだけ力を入れる。

 すると、ルーノがあれだけ苦労した相手が、いとも容易く地面に崩れ落ちる。“屠殺卿”自身も目を丸くしていたが、直ぐ様見舞われる狼の蹴りを避け、バク転で距離を取った。偽者よりも完璧で無駄のないそれは、狼と“屠殺卿”との間に大きな隔たりを生む。


 「……ルーノさんっ!」

 「……子供っ!?」


 そしてその直後、ルーノの元に一人の幼い少女がやって来る。まだジュニア・ハイスクールにも通っていない様なその子供は、腕に不思議な形のスリングショットを装備していた。

 そしてそれを見た狼は、目の前の“屠殺卿”が近寄れない様に構えを取る。近付けば技を以て迎える。そんな意志を“屠殺卿”に伝える様な所作であった。

 暗い街灯に照らされたその狼を見て、ルーノは酷く驚愕した。


 「……お前、ミッドナイト……ッ!?」

 「……礼はその子に。俺は、相棒に頼まれただけです」


 ヘルメットの奥でそう笑いながら答えた“狼”、カント。そしてその相棒であるサリーも、ルーノの怪我の確認を終え、リストロケットのゴムを引き伸ばした。

 サリーに手渡された剣を握り直し、震える身体を起こしてルーノも構えを取る。


 恐るべき“賞金首”に対し、三人の共同戦線が始まった。

次回「屠殺卿」


待てよ次回。

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