Action.7 情報屋
※前回のあらすじ
幼女とお風呂プレイを敢行したカント青年。
キューティ・マリープロテクターに完全防御された彼のリビドーはょぅJ”ょ
の純真無垢なアプローチを物ともせず、紳士的に受け止めてしまうのであった。
しかしサリーは知らない。そのソファーの奥に隠された、数々の非公式キューティ・マリーグッズの存在を……!
※予定していたサリーとマリーのキャットファイトは中止となりました。
びしゅん、びしゅん。
「ぐげっ!?」
「ナイスショット!」
「ぎゃぁっ!」
逃げる犯人に正確無比なサリーの凶弾が襲いかかる。僅かに露出した右足の腱に強い衝撃と痛みが走り、犯人が転げ回った所をカントの重い拳の一撃が追い打ちかける。
頼りにならない相棒をあっさりと倒されたもう一人の犯人は、狼狽えながらも右手に持った金属バッドを手近にいたカントへ振りかざす。
「……甘いッ!」
「な、なな、うわぁッ!?」
振り向き様にそれを左手で受け流し、思い切り前へつんのめった所に犯人の頭を軽く抑え、そのまま犯人が振りかざした方向へ身体を押す。
ただそれだけで犯人は前転でもする様に転がり、そのままの勢いで壁に頭を打ち付け昏倒した。正面打ち回転投げ。基本にして汎用性が高いカントの得意技である。
遠巻きに見ていた人々が一斉に歓声を上げる。被害者と思しき女性がカントに盗まれたらしい物を手渡され、涙ながらに感謝の意を伝える。実にヒロイックな活躍が出来た事に達成感と若干の照れ臭さを感じながら、サリーは起き上がれない犯人に慣れた手つきで手錠をかけた。
「…いやぁ、順調順調! これで何回目だっけ?」
「えーっと……いち、に……よん?」
「YES! 三が抜けてるけど正解だ!」
「えへへ」
カントがクライムファイターを始めてから実に5日目。あれから着実に犯人を捕まえた結果、実に四回も犯人逮捕に成功していた。新人としては素晴らしい好成績に、思わずカントも両手を上げて喜んでいた。歳の離れたサリーと一緒に万歳三唱をする姿は子供向け番組の様で、観衆にも微笑ましいと概ね好評である。
今まで影でコソコソとやっていたせいか、そういった称賛を受けた事が無かったサリーも、褒め称える人々の声に照れ臭そうに手を振る。既にカントとサリーが待ち伏せに使う場所では二人は周知され始めていて、他のクライムファイターよりもヘンテコで強いこの凸凹コンビは受け入れられつつあった。
「カント、悪いやつつかまえるのうまいもん。……カントのおかげ」
「いや、俺だけじゃ二人相手は難しいなぁ。サリーの援護があるとやりやすいよ」
「……ふふん」
小さな胸を張って飴玉を頬張るサリー。仕事中なのでヘルメットを脱げないカントは若干羨ましそうな表情をその奥で見せたが、やがて仕方なしと首を振った。
今度口だけ出せるようにして貰おうかとも考えつつ、カントは右腕を軽く振る。すると、手首の辺りから蛍光文字が浮き出し、今の時間帯をデジタル表記で映しだした。腕時計を必要としないので、カントが気に入っている機能の一つである。
「……もうすぐ一九時か。サリー、ご飯食べようか?」
「うん。……どこ行くの? クックナルド?」
「い、いや。あんまりクックに行くと父さんに俺がシメられるから……」
「……いやな、じけんだったね」
「いや、死んでないから。五体満足だから」
実は、時間をあまり割きたくない事から仕事合間の食事はファーストフード店で済ませていたのだが、健康的に良い食事を是とするダッドリーにバレてしまい、カントがこっ酷く叱られていたのだ。
曰く「子供に偏った栄養を与えるんじゃない」というぐうの音も出ない程の正論に加え、物凄く痛いと評判の技「四教」を食らってしまい、二度と同じ轍は踏まないと誓ったカントであった。
「……だから、今日はDRAGONに行こう。あそこなら、サラダとかもあるし……」
「おさけ?」
「…………コーラ一瓶でいかがでしょうかサリーさん」
「ん」
ついでにお酒も教育に悪いということで禁止されている。当の監視者はあっさり買収されるので、教育の悪さはあまり改善されていないが。
***
大衆酒場DRAGONは、唯一州警察公認のクライムファイター支援を目的とする酒場である。
しかし、その実は数多くのクライムファイターの溜まり場であり、お人好しな連中が寄って集って新人を指導する事が支援活動となっている。後は他のクライムファイター向けの酒場と変わらなく、あまり質の良い物とは思えない。
だが、マスターであるドラゴも、元は歴戦のクライムファイターであり、その指導は他のどのマスターよりも鋭く、的を射ている。夢見がちなヒーロー志望達に現実を見せつつ、それでも歩いていける様に手解きする事に関しては抜きん出ている事が、州警察に認められる最大の要因であった。
とはいえ、出される料理と酒については中々に侮りがたいクオリティである。アツアツのピッツァは奥に設置された焼き窯で行われており、香ばしいチーズとトマトソースの香りが鼻孔をくすぐる。安物ながらに数々の工夫が施された牛肉で誂えたステーキは上物のステーキ肉に勝るとも劣らない柔らかさを口の中で披露し、その暴力的な匂いに我も我もと注文する者は後を絶たない。
厨房では美人のワイフが丹精込めて料理をしていて、俺がそれに合う酒を出すことで夫婦の素晴らしい共同作業になるのだとはドラゴの談であるが、彼がそれを語る度に厨房から何かが飛んでくるのはお約束だ。ちなみに本日は丸めた台ふきんであった。投げてくる物が大抵柔らかい物か軽い物な辺り、夫婦仲は良いのかもしれない。
今日カントが頼んだのはチーズハンバーグセット。カリカリのガーリックトーストとまろやかなチーズがかけられた肉厚のハンバーグ。そして噛めば歯の奥で鳴る新鮮なシーザーサラダが美味しい人気セットだ。
サリーはドラゴの奥さんが特別に用意したお子様ランチを頬張っている。一つの皿に可愛らしく複数の料理が盛りつけられ、メインディッシュのオムライスには『Dear Sully』とケチャップで書かれている。厨房から出てこない事に定評のある奥さんだが、どうやらサリーの事はお気に入りらしい。
「おいしい!」
「そりゃ何より。……うん、奥さんも喜んでるみたいだ」
「ありがとー!」
元気にサリーが手を振ると、厨房の奥から誰かが手だけを覗かせ、呼応する様に手を振り返す。遠くからでもよく見える白い手が引っ込むと、サリーはまたも黙々と、しかし嬉しそうに食べ始めた。微笑ましい光景に幾人かが顔を綻ばせ、幾人かの捻くれ者が不機嫌そうに酒を呷る。
それを一瞥しながらカントも食事を続けると、ニヤつきながらドラゴがジン・トニックとコーラ瓶を片手にやって来る。カントは待ってましたとばかりにそれを受け取り、わざとらしく恭しさを出してコーラをサリーのコップに注いだ。
「よぅ、ルーキー。ご機嫌じゃねぇか」
「奥さんもご機嫌そうで何よりですね、マスター」
「お嬢ちゃんには感謝だな。という訳でコーンポタージュを奢ってやろう」
「わぁい!」
置かれたほんのりと香り漂うコーンポタージュを、サリーは嬉しそうに、ゆっくりと食べていく。その顔が喜びに満ち満ちていくのを確認して、ドラゴが笑いながら話を切り出す。
「噂は聞いてるぜ。……コンビを組んで仕事をするのは良い判断だ。ペーペーが一人でやってける程、此処は優しい界隈でもないからな」
「ん。……カントがおねがいしてくれた」
「……お前さんって奴ァ……」
「いやいやいや。そっち方面の趣味はありませんから! 断じて! これっぽっちも!」
ドラゴの嫌疑の目線に慌てて否定の意を示すカント。当の本人は何の事だかわからず、しばらく考えた後まぁいいかとばかりにコーンポタージュを食べる作業に戻った。
「まぁいいさ。……ま、そんなルーキー達に嬉しいお知らせと嬉しくないお知らせだ。どっちからが良い?」
「……嬉しい方からで」
「OK。それじゃ、コイツを受け取んな」
そう言うと、ドラゴは何束かの封筒と、二つのバッジを手渡す。汚さないように受け取ったカントは、サリーと一緒にバッジをしげしげと眺める。
黒いネズミをシンボルとした丸いバッジは独特の光沢を放ち、よく見れば何かの番号が書かれている様であった。
「俺からの依頼だ。ソイツをこの住所に持ってけ」
「……このバッジは?」
「ソイツを渡すために必要なモンだ。明日の内に出して来いよ」
そう言うと、幾つかのドル紙幣をカントに握らせる。どうやらこの依頼は強制らしい。何かあるのだろう、と考えたカントは頷くと、封筒を自分のバックパックに丁寧にしまった。
「ま、お前さんも損はしないさ。……悪い方はな。コイツに注意しろってこった」
そう言うと、一つの絵付きの手配書を見せる。凶悪な顔をしたピエロが写ったそれは、今にも飛び出して来そうな程におどろおどろしく、そしてそこに書かれた数字に目を引かれた。
「……十万ドル……!?」
「そうだ。だがコイツ、“屠殺ピエロ”には近づくな。もし見つけたら真っ先に逃げろ。……いいな?」
「……まぁ、俺一人じゃないんで、それは大丈夫ですが……」
ちらり、と手配書を見る。“屠殺卿”の絵は精巧に作られた物で、その異貌がありありと見て取れた。
肉厚の肉切り包丁と皮剥ナイフを両手に携え、血の海からやって来た様に真っ赤な外套を身に纏った男。顔が真っ白なのがその赤さを引き立てていて、口は裂けた様なメイクを施されている。……一目で分かるそのおぞましい風貌に、サリーが小さな悲鳴を漏らした。
「……目撃者の証言から作られたモンタージュだ。実際の所はわからんが、凶器は肉切り包丁と皮剥ナイフであろうってのは確定してる。……俺の見立てじゃ、お前らじゃ敵わない相手だ」
「はぁ……。でも、こんなのがいるなんて、ニュースじゃ見ませんけど?」
「警察連中が口止めしてんのさ。奴さんらは市民の安全よりも面子が大事だからな」
そう吐き捨てる様に言うドラゴ。確かに、昨今の高い検挙率は殆どがクライムファイターの協力があってこそであり、警察自体の活躍は芳しくないとカントは聞いていた。しかし、凶悪な事件の解決よりも面子を大事にするという事実は、カントの気分を少しだけ悪くさせた。
サリーは未だにピエロに目を合わせない様にしながら食事を腹に収めている。恐らく目を合わせたら飛びかかってくる様に思えるのだろう。
「近い内に、ベテラン連中総出で“狩り”に行く。それまでは危険だから近づくなってェ事よ」
「……了解。出来ればご対面しなけりゃいいんですけどね」
「全くだ。おまんまの食い上げしても、平和の方がナンボかマシさ」
苦笑いを浮かべて笑うカントとドラゴ。だが、完食して「けぷっ」という小さな声を上げるサリーを見て、その苦笑はすぐに明るい笑顔に変わった。
***
薄暗い裏路地を歩く。
何本もの道を曲がり、ようやく辿りついたそこに、目的の建物はあった。一見すると何の変哲もないビルで、その三階に取り付けられた黒いネズミのマークが目的地を示している。
階段を登り、ドアを開くとそこには、一つのデスクと、紫煙を燻らせる一人の女がいた。
女は綺麗に染められた銀の長髪を撫でながら、灰に変わりつつある葉巻を灰皿に落とす。切れ長の双眸が来客を見据えると、その肢体を持ち上げながら口を開いた。
「……やぁ、ようこそ期待のルーキー。……それで、今日はどの様な要件だ?」
その視線の先。扉の前にいたカントとサリーは、ゆっくりと部屋に入った。
「……ドラゴさんからの依頼で来ました。こちらの封筒を渡すことになってますが、此方で相違ないですか?」
「あぁ、連絡の通りだ。わざわざ郵便配達員の真似事をさせてすまんね」
「いえ、こっちも仕事ですから」
社交辞令染みたやり取りを交わすカントと女。女は面白そうに微笑むと、封筒を受け取り話を続けた。
「紹介が遅れたね。私はマウス。この街で情報を売り物に商売をしている」
「……情報屋?」
「そうだ。君達クライムファイターには、専ら賞金首共についての取引をしているね」
最後にマウスは「チップだ」と言いながら、カントとサリーに何枚かのドル紙幣を握らせる。サリーの方にはレモン味のキャンディーも納められていた。
「サリーお嬢さんはレモン味が好きだと聞いている。相違ないかな?」
「うん。……うん?」
「ハハッ。おばさんは噂を聞くのが大好きでね。君達の事も噂話で聞いたのさ」
「そうなんだ。ありがと」
「どういたしまして。素直にお礼が言えるのは関心だね」
微笑ましい光景を作りながら、とんでもない事を口にするマウス。純真無垢なサリーはともかく、ある程度分別のつくカントは「君達の事は全て知っている」とでも言われたかの様な気分を味合わされていた。もしかしなくても、わざとやっているのだろう。
「そうそう。君達もドラゴのオジサンから聞いてるだろうけどね。くれぐれも“屠殺卿”には近づかないように」
「えぇ、わかってます。流石に、実力を過信して身内を危険に晒すのを勇気とは思えませんから」
「良い判断だ。……彼もその判断が出来れば良かったのだがね」
「……彼?」
唐突な言葉に、サリーが首を傾げる。マウスはおどけた様に手を振って答えた。
「あぁ、いや。気にしないでくれ。一人の騎士が義憤に駆られただけさ。君達には関係のないことだ」
「……きし!?」
「まぁ、ちょっとした事件があってだね。それに怒りを覚えた若い騎士が、情報を買って飛び出していったのさ」
「ッ!」
「…サリー!?」
巫山戯た様に言うマウスに、サリーが詰め寄る。そして、その言葉の真意を掴んだサリーは、矢も盾もたまらない勢いで飛び出していった。
静止する間もなかったカントは、気を落ち着かせてマウスに声をかける。
「……その騎士の行った方向は、どっちかわかりますか?」
「ふむ。……では、此方の地図をどうぞ?」
そう言うなり、ある場所を示した地図を渡すマウス。恐らくそこが、次に“屠殺卿”の現れる場所、そして、“騎士”の行く場所なのだろう。
「特別サービスだ。……将来有望な顧客を殺されては、此方もたまらないのでね」
「……恩に着りますッ!」
そう言ってカントも駆け出す。
サリーの想いを守るために。
次回「賞金首」
待てよ次回。