表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

Action.6 コンビ(後編)

※前回のあらすじ


幼女サリーをお持ち帰りするカント。

ペドフィリアの称号獲得の危機に怯えながら、カントはサリーを仲間にする事に成功する。

しかしサリーは知らない。この後とんでもないお仕置きが待ち受けている事に……!

 わしゃわしゃ、じゃぶじゃぶ。


 ウエシバ家の浴室に、そんな水音が響く。

 あの後、バスタブにお湯を張り、カントは僅かにとは言い難い異臭を放つサリーをそこに漬け込んだ。

 お湯を張る間、カントに父親直伝の『対児童用悪戯矯正プログラム~お説教コース~』をされたサリーが恐怖の余り大声で泣き出し、寝耳に水とばかりに飛び起きた当の本人(ダッドリー)にカントがお説教を喰らうという事件が発生したが、お蔭でサリーは格段に聞き分けが良くなっていた。人は同じ恐怖を味わった相手には、多少なりとも仲間意識を覚えるものである。

 事情を聞いたダッドリーは快くサリーを受け入れ、ボロボロなサリーの服の代わりを調達している。児童下着等も必要があるだろうが、そもそも父親であるダッドリーなら問題はないだろうとカントは結論づける。実際の所、「妹の下着を買いに…」とでも言えば多少怪しまれても誤魔化せただろうけれど。


 サリーの背中を、腕を丹念にスポンジで洗う。お互いすっ裸ではあるが、二十三歳にもなったカントがどう見ても十年も生きてなさそうなサリーの身体に欲情することはまず無い。それ以上に細く枝の様な手足を見て不安になるほどだ。

 ボサボサの長い髪も、丁寧に洗う。それがくすぐったいのか、サリーは時折目を瞑りながらくすくすと笑う。カントもそれが面白く、更に隈なく洗浄していった。


 「……ねぇ、カント」

 「ん?」


 不意に、サリーが口を開く。カントは泡が彼女の顔に落ちない様に気を使いながら、サリーの言葉に耳を傾けた。


 「私……そこまで、強くないよ?」

 「……あぁ」


 サリーは自分を卑下する言葉を吐く事が多い。それは、今までカントが彼女と話して感じた物の一つだ。恐らく自分に自信が持てないのだろう。加えて、憧れのルーノと自分を見比べてしまって、ルーノを神格化する分だけ自分の評価を下げる悪循環に陥っている。

ルーノがどれ程凄いクライムファイターかは今一つわかっていないカントだが、サリーの言から彼が決して少なくない功績を立ててきた人物だという事はわかっていた。だが、そのせいで彼女は“彼の隣にいたい”という感情が表に出難かったのかもしれない。

 それが酷く残念で、ともすれば自分もこうなっていたのかもしれないと思い、彼女を否定したり、放っておくのは嫌で。そういった纏まりのない、人によっては嫌悪感すら浮かぶ我儘な理由から、彼は無理矢理にでもサリーの手を引っ張ったのだが、未だ躊躇があるのだろう。

 だが、カントはそれを払拭せねばならない。彼女がルーノの元へ、一人で走れるようになるまでその手を牽引する事は、彼自身がキューティ・マリーの隣まで走っていける、何よりもの証明になるのだから。

 ならば、どうするか。一度目標の見えたカントには、その足がかりを見つけるのは容易であった。


 「……なら、確かめてみよう」

 「たしかめる?」

 「そう。俺はまだ新米も新米だからね。サリーが強いか強くないかなんてわかんないよ。……だから、後で確かめてみよう」


 そう言うと、シャワーのノズルからお湯を出し、サリーの体中に纏わり付く泡を流していく。「わぷっ」という可愛らしい悲鳴すら押し流し、瞬く間に少女の貧相な裸体が顕になった。そのパーツ一つ一つが小さな体を拭きながら、カントはにこやかに言葉を続ける。


 「ご飯食べて、ひと寝入りしたら早速パトロールしよう! 確か、新人用の場所があるんだっけ?」

 「そう。“ふるかぶ”がひとりじめしてない所。……私、人がいない所、しってる」

 「そんな所があるのかい? サリーは物知りだね! それじゃ、後でそこに行ってみようか?」

 「……うん」


 半乾きの髪をわしゃわしゃと掻き回すカント。味わったことのない感情を噛み締めながら、サリーははにかんで答えた。


***


 「…おぉ」


 JAPANにはホースにもドレス、なんて言葉がある。これはどんな貧相な馬にも軍馬用の装備を着させればマシになる……といった言葉であった、とカントは間違った知識で記憶していたが、成程今の状況にピッタリだと彼は思った。

 ダッドリーが選んだのは、白く丈夫な市販の長袖シャツに、鎖骨辺りから膝下までを覆うジャンパースカートだった。それに小さな女の子向けのスニーカーを履き、ダッドリーの手によりボブカットまで髪を切り揃えたサリーは、見るからに清純な少女と言った所だろう。

 カントはキューティ・マリーには遠く及ばない物の、同年代の男の子達には持て囃されそうだと、色眼鏡を重ねに重ねた視点で考えた。


 「すごい、すごい! ……とっても、きれい!」

 「ははは。カントはいっつもスポーツカットだったから、オジサンの腕じゃこのくらいしか出来ないけどね」

 「ううん、すごいわおじさん! ありがとう!」


 今まで着たことのない綺麗で柔らかく、酸っぱさと濃厚な臭みが混じった様な臭いのしない服に、頭を振っても地肌に鉤爪を立てないサラサラで重くも曲がってもいない髪を手に入れたサリーは、大はしゃぎでダッドリーに抱きついている。

 今までむさ苦しい男親子の生活だったダッドリーも、まるで娘が出来たように満更でもなさそうにその小さな身体を抱き上げていた。その様は非常に微笑ましく、カントもにこにこしながらそれを眺める。


 「しかし、こんな小さな子がクライムファイターなんて、大丈夫なのかい?」

 「それを改めて確かめる為にも、一度サリーとやってみようと思う。……でも、俺は大丈夫だと思うよ。なんたって、この子の腕前は身を持って体験してるからね」

 「……まぁ、君達が決めた事だ。私がどうこういうことではないけど……とにかく、ご飯はしっかり食べて、ぐっすり寝てから行きなさい」


 ダッドリーは息子の決定に余り異を唱えない父親だ。それは息子の意見を最大限尊重する父の意志であり、自由に考えさせ、自らが定めた方向へ走っていく事を良しとした亡き母の意志でもあった。

 彼らがそういったスタンスを崩さないが故に、カントは両親に遠慮すること無く走り続けられる。それは“夢”を追う彼にとってとても得難い恩恵であり、彼が意志を貫ける最大の要因であった。

 それ故にカントは最大限の敬意と親しみを両親に抱いている。素直で、お互いを信頼した“家族愛”の形であった。


 「うん。愛してるよ、父さん」

 「それなら早くガールフレンドを作って来ておくれよ。二十三にもなって彼女の一人も作らないんだから私ゃ心配で……」

 「……ははは」


 ……たまに来るこういった催促に関しては、苦笑で済ませる他ないカントであったが。


***


 街角で悲鳴が上がる。

 そして逃げこむ様に裏路地を走る男。まだ犯罪に味を占めたばかりの男は、時折後ろを振り返りながらただただひた走る。

 ……故に男は気付かなかった。自分を見下ろす二つの影に。


 「……ぎゃっ!?」


 突如足に鋭い痛みが走る。その衝撃で男の足はもつれ、派手に転倒する。

 そしてそこに一つの影が降り立つ。くるりと転がる様に地面に降り立つそれは、夜闇の様に深い蒼に身を染めた“狼”であった。

 恐怖に駆られながらどうにか立ち上がろうとした男の手に、またも鋭い痛みが走る。狼は男に近づくと、その腕を慣れた手つきで捻り上げた。

 痛みにくぐもった悲鳴を上げる男は、直ぐ様“狼”に拳を叩きこまれ昏倒する。狼がそれを確認すると、まだ日の高い空に向けてピースサインをした。


 ……それを見て満足そうに、ピースサインが向けられた先、低層ビルの屋上にいたサリーが頷く。

 此処はサリーが見つけた穴場。あれから3時間。ようやくやって来た“獲物”を仕留めた“狼”……カント達は、初のコンビネーションを成功させていた。



 「……ナイスファイト! 凄いじゃないかサリー!」

 「ううん。あのくらいなら、なれればできる」

 「そんな事無いと思うんだけどなぁ。俺じゃ多分あぁも上手くは出来ないと思うよ」


 すぐに警察を呼び、犯人と引き換えに報酬を手に入れたカント達。ドサンピン相手ではそれ程高額ではないものの、お金を手に入れた二人は嬉しそうにハイタッチした。精一杯背伸びしたサリーに腰を下ろしたカントが合わせるその光景は、見物人達にほっこりとした感情を与える。

 見物人から声援や飴玉等を貰い、上機嫌な二人はアイスクリームを頬張りながら公園のベンチに腰を下ろした。サリーから余り場所を専有するのはいい顔をされないと指摘されたからである。


 「……さっきのも、五回やって、二回当たった。あんまり、ねらった所には当たらないの」

 「成程ねぇ……。ね、ちょっとそのスリングショット、見せてくれるかな?」

 「うん」


 カントは差し出されたお手製スリングショットを手に取る。ハンガーを無理矢理Y字形にし、伸びて元がわからない黒いゴム紐を括りつけて作られたそのスリングショットは、カントが空打ちをしただけでもとても使いづらそうであった。これで五発中二発も狙った場所に命中させるのは、むしろ凄いことなのではなかろうかとカントは思う。

 と同時に、この劣悪な装備でこのまま戦うことは良くないのではないかと考える。ならば、この報酬を使ってサリーの装備を整えるべきではないか、とも。


 「……よし!」

 「?」


 善は急げ。早速カントは行動に移る事にした。幸いにも、お金も伝手もあるのだから。


***


 『……成程。それでしたら、良い物が御座いますよ』

 「本当ですか!」

 「おー」


 そうしてやって来たのは“HERO”。以前カントも世話になった場所である。

 クライムファイター御用達のこの店ならば、良い物があるのではという考えの事だ。

 相変わらずふてぶてしい顔をした人形から流れる“店長”の声は、更に話を続ける。


 『はい。質の良いシンプルな物から奇抜な物、古今東西の品々が御座います。そちらのお嬢様なら、此方の品など如何でしょうか』


 そう言うなり、店の奥から何かを載せたカートが出てくる。ぎょっとした顔でカントに引っ付くサリーの頭を撫でながら、カントはそれを手に取った。

 大きさはサリーの腕程度。ライフルの様に細く伸び、その先端には平ゴムが取り付けられている。シンプルだが何処と無く近未来的デザインであり、少なくともカントが思い浮かべるスリングショットとはまた違う造形であった。


 『リストロケット、という名称のスリングショットです。子供用ですので威力は落ちますが、殺傷能力は申し分ないかと』

 「へぇ……サリー」

 「ん」


 サリーが店長の指示通りにリストロケットを装着する。

 腕に嵌める様に作られたそれは、サリーの手を守る形となっており、平素は折り畳んで使用出来るらしい。

 試し撃ちと用意された的を、サリーはいとも簡単に撃ちぬく。どれもほぼ真ん中付近であり、サリー自身も驚いていた。


 「……すっごい!」

 『えぇ、えぇ。そうでしょうとも。……こちら、弾と換えの平ゴム含めで一個八十ドルとなっておりますが……』

 「……サリー、それはどう?」

 「すっごい!」

 「……えぇ、お願いします」

 『毎度ありがとうございまーす』


 キラキラと目を輝かせて的を撃ち抜くサリー。それをにこにこと眺めながら、自分もマリーさんにこんな顔を見せていたのかな、と思うカントであった。


***


 「♪」

 「……ゴキゲンだなぁ」


 二人揃って帰宅しても、大事そうにリストロケットを抱えてベッドに寝転ぶサリー。

 あれから、サリーの住まいをどうするかでサリーとダッドリーの論争戦になったが、最終的にカントの後押しもあってウエシバ家に引っ越す事となった。

 狭い家なので当面はカントはサリーにベッドを明け渡し、ソファーで就寝する事となったが、彼としてもそのくらいは当たり前だと快く譲る。

 申し訳なさそうな、照れ臭そうな顔をして、ようやくサリーが了承した時のダッドリーの喜び方は尋常ではなかった。元々子供好きなダッドリーだ。こうして子供の力になれるのが喜ばしかったのだろう。

 また、それはカントとしても同じだ。たった一日二日の出来事ではあるものの、彼にはサリーを応援し、支える理由が出来たのだから。

 例えその発端が自己否定をしたくない、という自分勝手な理由だとしても、その為にサリーを導く責任を取る覚悟は、カントは既に決めていた。


 「……ね、カント」

 「ん?」


 不意に、サリーがベッドから降りて、カントが寝そべるソファーに飛び乗る。その肉付きの悪い、軽い身体をカントが受け止めると、彼女は彼の胸に顔を埋めながら言葉を続けた。


 「……私、ルーノさんの、となり……立ちたい」

 「うん」


 顔を見られたくないのか、ぴったりと身体をへばりつかせてサリーは言う。カントはその頭を優しく撫でながら、彼女の一言一言に耳を傾ける。


 「いっぱい、おしゃべりしたい。……えがお、見たい」

 「きっと出来るさ。サリーなら出来る」

 「うん。……がんばる」

 「そうだね。頑張ろうか」


 自分から望んだ決意の“告白”に、カントは少なくない安堵を覚える。彼女の内心を察し、強引なまでに引っ張りだしたものの、拒否されればどうすることも出来なかったからだ。ルーノの元まで引っ張る事は出来るかもしれないが、彼女自身が歩み出さなければ、彼女が本当に望むであろう関係は手に入らないからである。

 彼女が走り出すなら、カントは遠慮なく彼女が転ばない様に障害を取り除ける。そしてそれは、この先カントが目指す道が正しい物だと証明してくれる事になる。この先の道に光が指すのを感じ、カントは柔らかく微笑んだ。


 「……サリー?」

 「……すぅ」


 色々ありすぎて疲れたのだろうか。サリーは静かな寝息を立てて眠っている。カントはその温かい身体に毛布をかけ、自らも目を瞑る。

 心地良い息遣いの音と、確かに感じる温かい身体を抱いて、カントは眠りについた。

今回登場したリストロケット(プロ)は実際にあるスリングショットです。

http://www.rivertop.ne.jp/rivertopsabu/pcinc/2024.html

↑詳しくはこちら(ステマ)

これさえあれば異世界トリップしても安心!(ステマ


次回「キューティ・マリーvsキャット・サリー」

※内容は変更される可能性があります

待てよ次回。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ