Action.4 先輩
※前回のあらすじ。
パワードスーツのお礼にお手伝いを志願するカント。
しかし実力不足を理由にフラレてしまう。
だが約束が出来たカントは諦めない!目指すはマリーの隣!
思った以上に直情型行動なカント青年の明日はどっちだ!
その日は、いつもより静かだった。
そこそこの年季と底抜けに喧しい騒がしさがウリの酒場“DRAGON”。そのマスターであるドラゴは溜息をついた。その拍子に頭に被った帽子から、生え際の後退が気になる額が飛び出かけるが、慌てて帽子を元の位置に戻すことで事なきを得る。そうして、ある一点を見つめてもう一度ゆっくりと溜息をついた。
その反応はドラゴだけではない。彼の店に屯する飲んだくれ達もまた、ドラゴと同じ一点を、しかし気付かれない様にしながら見つめていた。隣とひそひそ話をする者もいる。
店中の誰もが、その一点に、入口付近に悟られぬように注目していた。その先にいるのは……
「……おぉ……! ここが、クライムファイターの酒場!」
……漆黒のパワードスーツに身を包み、まるでお上りさんの如く忙しなく辺りを見回す、カントであった。
「……で、ウチに来たってェ訳かい」
「はい! ご教授、お願いします!」
ぺこぺこと頭を下げるカントを見て、またもドラゴは溜息をつく。
突然の見たこともないパワードスーツの来訪に、酒場の空気は凍りついた様に静かだったが、やたらと物腰の低いカントの態度に客は気を許したのか、徐々にその喧騒を取り戻していた。
対して、店主であるドラゴは頭を抱える。ドラゴがこの店を設けてもう随分と経つが、何の変哲もない新米がパワードスーツを着てのご来店は初めてであったからだ。
全身を覆い、防具としても使用出来るパワードスーツは高価であり、そんな物を着込む新米など相当のボンボンでなければ難しい。それにそんなボンボンであれば、クライムファイターの様な危険な仕事はしないし、仮にいたとしても、その際は何かしらの手回しや連絡があってもおかしくないのだ。
しかし目の前にいる青年は、その身に纏うパワードスーツを“戴き物”と言っている。そんな戴き物があってたまるか、と思わずドラゴは叫びたくなったが、何とか衝動を抑えて普段の仕事を遂行する事にした。
……ちなみに当の本人は脅かそうとかいった意図は全くなく、ただ単に「マリーさんから貰った一張羅なんだから仕事の時にはちゃんと着ていった方がいいよね!」という思い付きであった。それが周圍の警戒心を煽っていることには、まだまだこの界隈においては物知らずなカントは気づいていない。
「じゃぁ、まずは自己紹介だ。俺はこの店のマスターのドラゴってェもんだ。お前達クライムファイターに手解きしてやる、なんてお役所連中は言ってはいるが、そいつぁ俺のお節介で仕事じゃねぇからな。あんまり我儘言うなら出てって貰うから覚悟しておけ」
「俺は、カン……ミッドナイトです! この間、クライムファイターになったばかりなので、右も左も分からない事ばかりで……色々、教えてください!」
「この間ねぇ……ま、いいやな。お前さんみてェなのは初めてだがよ、それに劣らないくらいこの界隈にゃ変人だらけだ。この界隈に馴染むのも難しかねぇだろ」
そうあまり白くない歯を見せて笑うと、パワードスーツ越しではあるが、カントのホッとした様子が見て取れた。彼としても初めての場で緊張していたのだ。
そして、奇抜な格好が揃い踏みのクライムファイターだが、その中でもカントの様に一層目を引く格好をした連中は、一癖も二癖もある者ばかりなので、その辺りは普通の新人とまるで変わらないのを確認して、ドラゴも内心で安心した。
となれば、やることはいつも通りで構わない。そう結論付け、ドラゴは話を切り出した。
「なら、俺が教えるより、他の先輩連中に教えてもらった方がいいやな。……おい、ルーノ“卿”。お前、教えてやれや」
そう言って、ドラゴは隣の席に座っていた男に話を振る。
褐色の肌にくすんだアッシュグレーの髪を無造作に刈ったその男、ルーノは、少々派手ではあるものの見るからに頑丈な鎧を着込んでいた。まるで中世ファンタジーから抜け出た様な剣と盾を脇に抱えた彼は、手に持ったグラスを置くと、ドラゴに対し見るからに嫌そうな顔を見せた。
「アー? 何デ俺ガやらなくちャならないンダ?」
「だってもクソもあるかよ。お前、“次に新人が来たら俺が手解きしてやる!”……って息巻いてたじゃねェか。ほれ、新人だぞ?」
「むゥ……」
ルーノの口から飛び出したのは、発音の怪しい拒絶の言葉。
カントがよく見れば、その顔立ちはどちらかと言うと東洋の出の様に思える。だが、チャイニーズにしては目が細くないし、褐色の肌は東洋人にしては珍しい。では中東だろうか、等と取り留めのない想像を膨らませているのを余所に、ドラゴと男の論争は終結を迎えようとしていた。
「だいたい、お前がタイから来たばかりの時にもシグマリオンは……」
「……わかっタ、わかッた! やりゃ良いンだロ!」
「そうそう、それで良いんだよ。……んじゃ、後は若い二人でよろしく頼むぜ!」
「気持チ悪ィ冗談はやメろ!」
どうやらタイ人らしい。とカントが一人で納得していると、頭をがりがりと掻き毟りながら、ルーノはカントの方へ向き直った。
暗い銅色を湛えたその瞳は、真っ直ぐと狼の様なヘルメットを射抜き、その奥のカントの瞳を見据えている。思わずカントも居住まいを正し、一人の武術を体得する者としての姿勢でその視線を受け入れた。
しばらくその調子で睨み合いが続くと、ふっと息をつきルーノの刺々しい雰囲気が霧散した。どうやら何かを認められた事を悟ると、カントは再びホッと息をついた。
「……デ、みっどないと、だッけカ? 俺ハ、ルーノ・ド・モントーバン。ファイターネームだけどナ。他ノ連中は“ルーノ卿”ッて呼んでル」
「……ルノー・ド・モントーバン?」
「そう、それに肖ッてンだヨ。マ、これでも中堅のクライムファイター様ダ。お前ノ質問にャ大抵ノ事は答えてやれるゼ?」
ルノー・ド・モントーバンと言えば、「狂えるオルランド」等の物語で知られる騎士の名だ。成程その風貌は少々華美ではあるものの、騎士道精神のあるルノーを意識した物なのだろう。
カントとしては、たまたま大学の課題に使った題材に、そんな名前があった事を思い出し、思わず口に出しただけだったのだが、由来を当てられたからか、そんな事情も知らずにルーノは機嫌良さげに酒を喉に流した。
「と言ッても、お前にャ何を聞けば良いのカ分からないだろうからナ。取り敢えズ常識だけ教えてオいてやル」
「よ、よろしくお願いします!」
「アー、そう固くなるなヨ。そうだナ、まずは……縄張りについてだナ」
そう言うと、懐から一枚の地図を取り出す。そこには複数の赤丸が街を囲んでいる。カントが首を傾げていると、物々しいパワードスーツとのアンバランスさにルーノが笑いながら答えた。
「コイツは、コの街のクライムファイター達の縄張りが書かレた地図ダ。基本的ニ俺達の仕事ハ横取りシ放題だからナ。お互イ余計なトラブルにナラない様に、待ちブせ場所を決めてるッて訳ヨ」
「成程……」
「マ、ここラで長イ事やってル奴が勝手ニ決めた事だケどヨ。お前みタいな新入リは、この白丸のナカでヤッた方がいいゼ。ココは新入り専用ノテリトリーだからナ」
そう言って、点々とある白丸を指さす。その中には、ついこの間カントが犯罪者達と対峙し、マリーと初めて出会った裏路地があった。
「そうイッた事情ヲ知らないモグリ共がココに来るからな。ぺーぺー同士実力的にも釣リ合いが取れるから、比較的安全ニやれる。慣れた連中ハ、複数の新人ニ襲われるのヲ避けるからナ。……マ、タマに強引に突っ切ってこうとスる奴もいるけどナ」
「ははは……」
相手の動きが手馴れていたのを鑑みるに、どうやらカントの初仕事は運が悪かったらしい。彼は苦笑交じりに相槌を打ったが、マリーと出会えた事を考えると、そう悪いことばかりではなかったと本人は考えていた。
「マ、後でマスターから貰ッとけ。そこそこするガ、年季ノ入ッた連中から煩く言われないシ、安い買い物ダロ」
そう言うとルーノは地図をしまう。犯罪者に知られては拙い代物であるので、本来あまり大っぴらに見せるものでもないのだろう。
カントはパワードスーツに備え付けられている小さなポケットに入れていた手帳に、その旨を書き留め、更に続く小さな講義に耳を傾ける事にした。その真面目な姿勢に好感を覚えたのか、再びルーノは語り始める。
「次ニ気をつけなきャいけないのガ、賞金首ダ。……コイツは、ポリ公ガ手に負えなくなッた連中なンだが……イイカ? 一人前ッて認められるマデは、手を出すナ」
「……それは、誰かが襲われててもですか?」
「……そウだ」
ルーノの表情が、急に真剣な物に変わる。それに気づいたカントは、納得できない表情ながらも、話を促した。
うむ、とルーノは一度頷くと、ゆっくりと、カントに染み込ませる様に話を続ける。
「止めル理由はナ。単純ニ、危険だからダ。どンな罪状であッてモ、賞金首にナるまで生き延びた連中ッてのは、少なからずヤバイ物を持ッてル。そういうのに引き際ヲ知らねェ新米が突ッ込めバ……」
「……最悪、死ぬ?」
重々しくルーノが頷く。その様子に、思わずカントも生唾を飲んだ。
「そういうこッたナ。場合ニよれバ、死ぬより酷い目に遭ッても不思議じャない。……前にそうやッて死ンだ新米の話、聞くカ?」
「い、いや、遠慮しておきます……」
「懸命ナ判断だト思うゼ」
思わず引け腰になるカントを見て、ルーノはニヤリと笑うと纏っていた真剣な雰囲気を解いた。ノリノリで惨事を語られるのを阻止できた事を察して、カントはホッと息をつく。
「マ、後は依頼なンだが……こいつァ腕ッ節の弱い女子供がやる事だしナ。所謂何でも屋ノ仕事だシ、やりたきャマスターに聞きナ」
「成程……後でついでに聞いてみます」
「オウ。……ンじャ、次は俺が聞く番だナ!」
そう言うなり、ルーノは身を乗り出してカントの身体……もとい、その身に纏うパワードスーツを触り始める。
感触はないが、妙なくすぐったさを感じてカントは身を引くが、その淀みのない動作にルーノは更に目を輝かせる。
「こいつァスゲェ! コレ、“HERO”の最新式パワードスーツだロ? イッたい幾らしたンダ?」
「えーっと……確か、十とかどうとか…」
「十万ドルゥ!? 良くもまァ、そンなモン買えたなァ……!」
「……えっ」
「エッ?」
突然、困惑した様にカントが押し黙る。そしてその様子にルーノも困惑する。
マリーに買ってもらった時、カントはそれ程高くない物なのだろうと思い込んでいた。自分の様な新米にお詫びとして渡す品なのだから、自分としては物凄い物でも、実際はそこまで価値の高い物ではないだろうと、勝手に自分を卑下しながら。
しかしよくよく考えて見れば、パワードスーツなんてそれこそ中堅ファイターでもそうお目にかかれない一品物の様な気がしてきたのだ。目の前にいるルーノの反応が如実にそれを表している。それに、周圍の客であるクライムファイター達だって、鎧やアーマーは纏っているものの、パワードスーツは見当たらない。
……もしかして、自分はとんでもない物を戴いたのでは。カントは今更になって、その結論に辿り着いたのだった。
「……そ、そんな凄い物だったなんて……!?」
「いやいや、お前が買ッた奴だロ? それともヤッパリ、お前の家族ッて凄い奴?」
「い、いえ、これはマリーさんから貰った物で…」
「…………マリー?」
不意に、ルーノの雰囲気が刺々しく、より冷たくなった。
それを鋭敏に察し、カントは混乱した頭を無理矢理整える。ルーノの視線は矛先が自分に向いてはいないものの、明らかに敵意を向けていた。
「……マリーッて、クライムファイターの、“キューティ・マリー”カ……?」
「……そう、ですけど……」
「そうかヨ。なら……」
そう言うなりルーノは立ち上がり、剣を鞘から抜き放つ。刃は潰されているものの、肉厚で物々しいそれは、周囲の客を騒がせるのには充分だった。
カントはそれに対し、自分も立ち上がりながら、僅かに半身を引いた。もし万が一の事があっても、それを受け流せるようにする為である。
「……アイツに伝えとケ。……二度と、俺達ニ、関わるな……ッてナ」
「……ッ」
「お前もダ。……二度とアイツに関わるナ。さもなきャ……」
そう言うと、ルーノは剣をカントの喉元に添える。勿論パワードスーツに刃は阻まれているが、それ以上にカントは、ルーノの尋常ではない気迫に言葉を出せずにいた。
「……お前、死ぬぞ」
容赦無い、しかし、カントを案じた言葉を吐くルーノ。恐らく、何らかの事情があるのだろう。その上で、カントがマリーに接触するのを止めようとしているのだろう。そうカントは判断し、少し悩み、そして……
「嫌です」
「ッ!?」
拒否した。
おかしな物を見る様な目でカントを見るルーノを、彼は狼の如き兜の奥で見据える。
カントは物腰は低いが、決して気弱ではない。むしろ、自分の通したい一念がある時は、例えどんな恐ろしい脅しにも屈しない男なのだ。
「……俺は、マリーさんに追いつくために、クライムファイターになりました。だから、そのお願いは受けられません。嫌です」
「……そうかヨ」
それを聞くと、ルーノは剣を収め、幾らかの金を代金として残し、踵を返した。
周囲から安堵の息と、密やかな声が聞こえてくる。その様子を見ていたドラゴは、頭を掻きながら代金を回収した。
「……お前さん、本当にマリーの奴に会ったのかい」
「はい。……俺の憧れの、キューティ・マリーさんでした」
「……なら、今日は帰ンな。此処にゃアイツに思う所がある奴が沢山いる」
「……どういうことですか? あの人は、アメリカの人達の為に頑張ってる人じゃ…!」
「ミッドナイト」
ドラゴに名前を呼びかけられ、カントは言葉を止める。見れば、周囲からは決して少なくない殺気が込められた視線が、カントに注がれていた。カントは訳がわからなかったが、これ以上の抗議は無用な敵を生むと考え、それ以上は言わなかった。
「……地図だ。タダで良い。……だから、出来れば今後この店で、キューティ・マリーの話はしないでくれ」
「……わかり、ました」
そう言って、カントは“DRAGON”を後にする。
…その背を一際鋭く睨む影に気付かずに。
***
カントはトボトボと、一人家路につこうとしていた。その頭の中では、マリーの事がぐるぐると渦巻いている。割合いつもの事ではあったが、今日ばかりはそのベクトルが違った。
何故、マリーが嫌われているのか。仮に、何らかの事情があって嫌われていたとして、何故マリーは自分にこのパワードスーツをくれたのか。
……そして、最終的に彼が導き出す答えは……
「……い“ッ!?」
後頭部への衝撃で霧散した。
一瞬の混乱も許さない様に、次々と何かが飛来する。慌ててヘルメットを被り、その手で飛んできた物を受け止める。見ればそれは、ただの石ころ。何らかの手段で、誰かが次々と石を投げているのだ。
「……えいッ! たおれろっ! この、ひどい奴めッ!」
そして、聞こえる声の方向を見れば、ボロの服を纏った小さな少女が、手にしたスリングショットでカントを狙っているではないか。
今日は人に不快感を与えてしまった自覚はあったが、流石のカントにもそんな少女が凶行に走るほどの事をした覚えは無い。無いが、少なくとも少女を止めて、事情を聞くべきであると考えた。
「ちょ、ちょっと! やめなさい!」
「うるさい! お前なんかしんじゃえッ!」
「あぁ、もう……!」
幸か不幸か周囲に人がいないので、カントは少女に向かって思い切り走って近づく。
少女はぎょっと顔を引き攣らせ、慌てて石を放つが、最新式のパワードスーツの前にはさしたる効果もない。バイザーに当たった場合はその限りではないだろうが、顔付近に迫る石は全てカントの手で弾かれていた。
「……いよっ!」
「ひっ!?」
そして間近まで来た瞬間、そのままの勢いで左手で少女の腕を引く。思わず前へつんのめった所を右足を少女の足に引っ掛けて掬い上げ、身体が浮いた瞬間へ空中へダイブする。
一瞬の浮遊感を楽しむこと無く少女の身体を抱き寄せて身をひねり、自分の身体が下になるように調節。そのまま地面へアメフトよろしくタッチダウンした。ボールは少女だが。
「捕まえたぞ……って、アレ?」
「……きゅぅ」
そのまま抱きかかえて問い詰めようとカントは考えていたのだが、気絶してしまったらしい。やり過ぎてしまった事に気づき、カントは罪悪感に陥った。
これは、カントが考えた悪戯の過ぎる子供に良くやる軽いお仕置きの様なもので、ダッドリーの道場の子供達には大人気なのだが、どうやら彼女には刺激が強すぎたらしい。
客観的に見て、気絶した年端もいかない少女と、それを抱きかかえて寝そべる鎧の男。
……周囲に人がいなかったのは、幸いであろう。
▼カント は ょぅl"ょ を てにいれた !!
次回『同輩クライムファイター』
待てよ次回。