Action.3 約束
※前回のあらすじ
憧れのトップクライムファイター、“キューティ・マリー”に助けられたカント青年。
ダサいファイターネームに負けないキュートさにメロメロになりながら、二人でお買い物を済ませる。
新たな名前、“ミッドナイト”とパワードスーツをゲットしたカント青年の明日はどっちだ。
○まさかのジャンル別日刊ランキング「冒険」で12位を獲得。
人気ジャンルからとことん外れた当作品を評価頂き、誠にありがとうございます。
舞う、舞う。
毎朝行う稽古の動きに合わせて、身体を動かしていくカント。ゆるゆるとした動きはまるで舞踊をしている様だが、その動きは一切の無駄がない。
これは、“二四体捌き”と呼ばれる一人稽古の一種であり、カントが十数年余で研鑽してきた合氣道の基本的な技の流れがそのままこの動きになっている。カントはこれを憶えてからという物、毎朝3セットこの一人稽古をする事を自分に課していた。一日でも離れると、すぐに技の輝きは曇ってしまうからだ。
見る者が見れば、その技のキレに何らかの関心を憶えるだろう躍動的な動きを、無機質で厳めしいファイタースーツを装備した状態で行う姿は正に圧巻である。どうやら、動作に関しては全く問題が無さそうだ。
「……スゴイけど、なんかダサい」
「えっ」
尤も、武の心得が無い者には、「なんだかゆっくり動くフラダンスみたいなもの」にしか見えないのだが。
「取り敢えず、ソレでいい?」
「あっ、はい! ……でも、こんな良さそうな物、受け取って良いんですか?」
「こっちも勝手に、キミの装備捨てたんだもん。いくらキミの為ったって、そのくらいの埋め合わせはするのが当然でしょ?」
マリーの言うことは全く間違っていない。強いて言うなら、精々同じ物を買っておけばいいのだから、少々、いやかなりお節介であるというくらいだ。少なくともこんなに高価そうなパワードスーツを購入する必要はない。
考えられる可能性としては、素質のある新人を支援して、後の戦力として期待する青田買いだが、初めての仕事で失敗している自分にその素質があるとはカントは思えなかった。そして、恐らく彼女が底抜けにお人好しで、こんな自分にも手を差し伸べる人なのだと結論付け、更にマリーへの好意を上乗せさせる。
だが、好意に甘えてばかりでは、何だか良くない気がした。なので、少しだけ考えて、その気持ちに従うことにした。ほんの少しの打算も胸に秘めて。
「いや、やっぱり良くないです」
「……ふぅん?」
若干訝しげに、彼女はカントを眺める。カントはそれに少しばかり気圧されながらも、自分の気持ちを偽らずに口を開いた。
「こんな良い物を貰って、何もしないのは、良くない気がします。せめて、俺に何かお返しさせてください!」
お礼をする為に頭を下げる。そんなカントを、マリーはまるで種のない手品を見た様な表情で見つめていた。
「……元は私のせいなのに?」
「助けて貰った分で充分釣り合いが取れてます」
「普通はありがたく貰っておくものよね?」
「俺の気持ちが許しません」
「むむむ……」
唸りながら小首を傾げるマリー。どうやら説得が面倒だと思ったらしい。だが、カントとしても頑なな態度を見せるのはあまり本意では無かった。本当なら床に頭を擦り付けて感謝の意を示したいくらいである。何せカントにとってこのスーツは、憧れの、というより最早愛しのキューティ・マリーからの「プレゼント」である。無論、その好意に甘えるべきなのは重々承知していた。
それでも、彼にはどうしても押し通したい一念があった。類稀な、恐らくこのままでは二度と訪れない好意をはね退けてでも。
「だから……」
「だから?」
「……俺に、貴方の仕事を手伝わせてくださいっ!」
絞り出す様に、渾身の一言を吐き出すカント。そう、彼は憧れのキューティ・マリーの役に、少しでも立ちたかったのである。
無論、そこにはあわよくば友人関係になれれば、という下心と打算もある。だが、カントもまだ年若く、色々と素直な青年だ。可憐な高嶺の花に、一歩でも近づきたいと思う気持ちは、何ら批判されるべき物ではないだろう。
ただ、ひとつ問題があるとすれば……
「……んー……ごめんなさい!」
「えっ!」
「だってその、今のキミじゃ、足手纏いだし……」
「えぇっ!」
その提案は、「余計なお世話」だということだ。彼女が活躍する場所は、少なくともアメリカに知れ渡る程の偉業をこなさねばならない悪の巣窟だ。如何に彼女がお人好しだったとして、そしてお人好しだからこそ、新米のクライムファイターを連れて行く訳にはいかないだろう。
予想外の答えに打ちひしがれるカント。尤も、普段の彼なら不可ということはすぐにわかる筈だが、憧れの『英雄』に出会った今の彼にはそこまで頭を回す余裕もなかったらしい。
断った本人は物凄く申し訳無さそうなのが、その可能性の無さを余計に引き立てており、今にも泣きじゃくりながら倒れてしまいそうになっていた。傍から見れば、一人勝手に告白して、一人勝手に失恋しているだけなのだが。
「……本当に、ごめんね?」
「……はい」
「でも、きちょ……あー、いやその……折角の知り合いを、私のせいで死なせる訳にはいかないでしょう?」
「……はい」
「……あ、あー……で、でもでも! キミが強くなったなら…考えてもいいかなー……って、思うけど……」
「……はい…………はいっ!?」
もじもじと紡ぎ出された肯定の言葉を聞き逃す事無く、だが夢ではないかと思わず声を上げる。何故ならそれは、「強くなったら一緒に仕事できるねっ!」と、少なくともカントの耳にはそう聞こえたからである。彼はそういった、自分を奮い立たせる要素を見つける事は比較的得意な方であった。
「ほ、本当に!?」
「え、あ、うん。キミが私について来れるんなら、私はだいか、いやいや。……や、やぶさかでないし?」
「つ、つまり、経験を積めば大丈夫!?」
「そ、そうね……まぁ、そうなるかな……?」
「……ぃよっしっ!」
生きる希望を取り戻した。そんな戯言を吐きそうな程までに顔を活き活きとさせ始めるカント。
そんな彼を、少しだけ眩しそうに、微笑ましく見つめていたマリーだったが、突如、何かを思いついた様にぽん、と手を叩いた。
「……ねぇ、ホントに手伝う気があるのよね?」
「も、勿論です! その為だったらどんな努力も惜しみません!」
「……そう。……ふぅん?」
何処と無く不自然に顔を手で覆う。それでもその瞳が喜色に満ちているのは明白だった。
尤も、彼女の反応に興奮どころか半ば混乱すら覚えているカントにはそれを察する余裕は無かったが。
「……だったら、条件をつけてもいい?」
「は、はい! 何でも!」
「そう? だったら……」
ぎゅっ、と手を堅く、温かいもので包まれる感触を覚えるカント。見ればその手は、マリーの手のひらの中にあり、彼女は嬉しそうにはにかみながら――
「……これからも時々、私に活躍を教えてくれることっ! ……約束!」
――カントに、人生最大の幸福と目標を植えつけたのだった。
『……やれやれ。ボーイ・ミーツ・ガールは余所でやって欲しいんですが』
……その直後、呆れる店長の指摘に、二人が二人共顔を赤らめる事となったが。
***
その後、取引を済ませて二人は別れた。カントとしてはもっと一緒にいたかったのだが、マリーの仕事を邪魔する訳にはいかない。何しろ彼女はアメリカでも評判のトップファイターだ。日夜巨悪を追う彼女なのだから、その理由理由が掴めずとも、今後自分の為に少しでも時間を割いてくれるだけでも彼にとっては感無量であった。
だが、その夜になって、カントは悩んでいた。自分のベッドの上で、頭を捻りながら悩んでいた。
父親に怪我を見つけられ心配された事や、ゴツいパワードスーツに驚かれたのも今後の悩みの種ではあるが、そのくらいは理解のある肉親なのだ。そう遠くない日に割りきってくれるだろうと彼は考える。
そしてそんな事や今悩んでいる事よりも、先頃の「約束」に浮かれたい所ではあったが、一刻も早く彼女について行ける様になる為にはどうしても考えなければならない事があった。しかし、答えは出ない。
その悩みとは……
「……クライムファイターって、パトロールの他にどんな仕事をするんだ……!?」
マリーが聞けば呆れるか爆笑する様な、ともすれば「パソコンでも使って調べたらいいじゃない?」と言われてしまいそうな悩みであった。無論、その様な解決方法はカントには思いつかない。人は一度悩むと、自分の発想の外にある要素から答えを拾うことが難しいのである。
だが、カントも決して馬鹿ではない。少々事前準備に欠ける男ではあるが、自分なりの解決方法を見つけるのに、ニ十分程度で済むくらいには頭が柔らかかった。
「……そうだ! ベイブさんに聞いてみよう!」
……少なくとも、“わからないことは人に聞く”という事はできる男である。
***
「……成程、成程。わからないことを積極的に調べるのは、良い事ですよ、はい」
「ありがとうございます!」
「えぇ、褒めてはいないんですけどね。喜んで頂けたのなら何よりです」
ベイブ担当課長はそう言いながら、書類に滑らせているペンを止めずに頷いた。受付デスクを挟んだ向かいに座るカントも、神妙な顔つきで頷く。こういった生真面目で、馬鹿正直な所が人によって好意や苛つきを与えるのだが、カントはそれに気づいていない。
実際の所、クライムファイターの仕事を調べるのは至極容易で、各州の警察機関等のホームページにアクセスすれば、わかりやすく解説されたファイルがいつでもダウンロード出来る様になっている。こうしてわざわざ役所まで出向いて説明を受ける者は、大方パソコンが使えない環境に身を置いている者か、そもそも文盲であるかだ。
その初々しい微笑ましさに対する好色半分、余計な仕事を寄越してきた新参者への苛つき半分、といった表情を浮かべるベイブは、デスクの引き出しからフリップを取り出した。こういった手合いが少なからずいるのか、その手つきは非常に慣れきった物であった。
「では、説明させていただきます。……まず、カントさんはクライムファイターのお仕事について、どの程度の知識がありますでしょうか?」
「あ、あんまり……。パトロールをして、犯人を捕まえる、というのは知っています」
「えぇ。概ねその通りです。クライムファイターは警邏活動を行い、軽から重犯罪までの現行犯、もしくは未遂犯を逮捕して、警察に突き出すのが主な仕事でしょう。尤も、未遂犯に関しては誤認逮捕に気をつけた方が良いでしょうけどね」
そう言いながらフリップを捲るベイブ。そこには犯人を踏み台にして剣を掲げる男性と、老人の代わりに荷物を持って歩く女性、骸骨の格好をした怪人に立ち向かう男女の絵が書かれていた。
「しかし、それだけではありません。民間の依頼を受けて市民の助けとなったり、警察から賞金付きで提示された重犯罪者……所謂、賞金首を逮捕するのも、クライムファイターのお仕事です」
「民間の依頼に、賞金首?」
「えぇ、その通り! 何れも、市民の皆様の安全と安心を守る、大事なお仕事と言えましょう」
ベイブはそう胸を張って答えると、またもフリップを捲る。次のフリップは写真となっており、そこには小洒落た酒場が写っていた。店の表には貫禄のある男が満面の笑みを見せて敬礼している。
「依頼や賞金首に関しては、此方の様なクライムファイターに協力する事を公的に約束されている酒場等で聞くのが良いでしょう。そこでは、そういった情報が多く集まっている他、先輩クライムファイターからのありがたいお言葉を聞けるでしょうね」
そう言うと、写真に写る看板に添えられたマークを指差す。黄色い五芒星に猟犬が収まったそれは、クライムファイターを象徴するマークだ。
ちなみに、このマークのバッジを身体の何処かに装着する事がクライムファイターの三つあるルールの一つで、カントのパワードスーツ“ミッドナイト”にも胸にそのバッジがはめられている。
「成程……。ここで、新米の俺みたいな奴は情報収集した方が良かったんですね」
「そうですね。……もしかして、禄に調べずにパトロールを……?」
「……あはは」
誤魔化すように笑うカントに呆れた様な目を向けながら、フリップをしまい、一通の分厚い封筒を差し出した。中を改めるとパンフレットが幾つか入っていて、先ほどの説明をやや詳しく書いた物の様であった。
「この写真のお店までの地図も同封されています。新人さんは一度は必ず世話になる様なお店ですから、きっと貴方の助けになるかと」
「はい、ありがとうございます! 早速行ってみます!」
「えぇ、行ってらっしゃい。ご健闘を、クライムファイター」
再び駆け出すカントの後ろ姿を見守りながら、ベーブは溜息を一つついて仕事に戻った。後にはタイプ音と受付の喧騒さが残る。
彼の様な向こう見ずな若者は、決して少ないわけではない。だがそれでも、カントの活躍への祈りをベーブが建前半分、本音半分で口にしたのは、彼の瞳が他の若者達よりも、ほんの少しだけ明るかったからかも知れない。
※クライムファイターは割と自己責任が強い職業です。良い子はちゃんと法律ややって良い事と悪い事を先輩に教えてもらってからパトロールしましょう。
次回『先輩ファイター』
待てよ次回。




