Action.13 茜
「……まぁ、組むと言っても、ずっとってェ訳じゃねぇさ」
そう言うとホワイトは再び煙草を燻らせる。その言葉は、あからさまに疑念の目を向けるルーノに向けての物だった。
「俺達ゃ、賞金首専門のクライムファイターでな。そういう訳で、小せぇギャングやら何やらとドンパチやることも少なくないのさ」
「……それで、俺達に協力して欲しい……って事ですか?」
「応さ。お前さんらがいりゃ、俺達ゃ適度な安全が得られる。勿論報酬は山分け。……命の危険はあるが、そう悪い話じゃないと思うがね」
そう言って、ホワイトがカントを見ると、彼はそれに気に入らないことはないとばかりに頷く。その考え無しな様子を見て、サリーとルーノが慌てて止めに入った。
「だめ! ……あっち、どのくらいつよいのかも、わかんない」
「ソの通りダ。そレに、ワザワザ俺達を誘うノもオカシイだろウ。戦闘要員なラ、場慣れシてるベテラン共デ良いだロ?」
ルーノが顎で指し示した先の、ベテランと思しきクライムファイター達が身を竦ませる。その様を見て愉快げにホワイトは笑った。
「生憎、チキンはフライにしか興味が無いんでなぁ。……お前さん達を選んだのは、“妖精”絡みでもある」
「……きゅーてぃ、マリーと?」
「正解だぜ、ちっちゃなヒーロー。……まぁ、色々あってな。俺達としても奴さんと話はしたいのよ。……だからこそ、そこの坊っちゃんが必要なのさ」
「俺がいれば、マリーさんと会える確率が上がるから、ですか」
カントの問いに満足気に頷くホワイト。事情はわからぬものの、カントには問題ない様に思えた。懸念としては、サリーを含む家族を今まで以上に危険に晒すことと、ルーノが良い反応を示すかわからない事であったが……
「……俺は反対ダ」
案の定、否定の言葉が発せられる。それに対しやれやれと首を振るホワイトに向けて、ルーノは続け様に鋭い指摘を放つ。
「……キューティ・マリーに何用かハ、俺は知らなイがナ。オ前らがカントをホボ一方的に利用スる事には変わラないよナ?」
「そいつぁ人聞きが悪いぜ騎士様よ。これは単に“協力要請”であって、報酬はちゃんと山分けするし蔑ろにする事もねぇ。……そりゃ、鉄火場慣れしてない坊っちゃんだから、少しくらい厳しくはやるけどな」
「まァ、そりャそうダ。ダが、そういう問題じャないだロ?」
その言葉にカントは思わず否定したくなるが、彼自身にもクライムファイターとしての認識の甘さに対する自覚はあったので、その主張は喉元で留められた。
そして、ホワイトに対して話のすり替えを指摘するルーノはそんなカントには目もくれずに話を続ける。
「結局、オ前らの目的ガ分からん以上、コイツをオ前らに任せる訳にャイカン。最低限、ソコだけは譲歩しナ」
「……仮に話して、お前さんは譲歩するかい?」
「目的次第ダ」
冷淡に話を進めるルーノ。底を見せない立ち回りをするホワイトに対し、こうも一歩も譲らない話の進め方をする辺り、中々の物と言えよう。
それに折れたのか、ホワイトはやれやれと言わんばかりに首を振り、相変わらずグリーンティーを渋い顔で飲み続ける少女に話しかけ始める。
周りに聞こえ難い様にひそひそと交わされたそれは、カントには聞き覚えのある、しかしそれが何だったか思い出せない様な、そんな言語であった。少なくとも、英語ではないとカントは考える。
暫くして話が纏まったのか、少女がずいと前へ出る。凛々しい顔を緊張した様に強張らせた彼女を見かねて、ホワイトが呆れた調子で口を開く。
「……“妖精”に用があるのは、俺じゃなくてコイツなのさ。……ほれ」
とん、と軽く背を押されて、少女が前へ出る。
少女は、カントがインターネットで見かける様な日本の学生服(セーラー服)を着こんでおり、その白い衣服は長く艶やかな黒髪を清純な風に際立たせている。
カントと同じ、アジア人特有の顔つきではあるものの、カントのそれより和製人形の様に整った顔立ちに、カントは母より聞いた“ヤマトナデシコ”を思い起こさせる。その異国情緒な雰囲気を隠すこと無く、その細くしなやかな身体を強調させていた。
少女は暫く所在無さ気にホワイトを睨んでいたが、観念したのか重々しく口を開いた。
「……Ah……私の、アカネです。……名前?」
「は、はぁ、どうも、カントです」
「私、来ます……来ました。ジャパン。……ええと」
「……あぁ、成程」
「カント。なに、ナルホドしたの?」
少女、アカネの言葉を改めて耳にして、ぽん、とカントが手を叩く。それを不思議そうに首を傾げてみせるサリーに、カントは微笑みかけながら話を続けた。
「うん、えっと……日本語で大丈夫ですよ、アカネさん。俺、日本語、通じます。……OK?」
「……ありがとうございます。感謝します、とても」
アカネは彼の言葉を聞くと、薄い表情ながらも明らかにほっと胸を撫で下ろしてみせた。
カントは、アカネが話す言葉、日本語を知っていた。というよりも、生まれた頃から母親により慣れ親しんでいたのである。
日本出身であり、あまり英語が得意でなかったカントの母は、彼に日本語で話すことが多かった。一方で父ダッドリーは生粋のアメリカ人であり、英語で話しかける事が殆どであったのだ。
結果、カントは両方の言葉を巧みに操るバイリンガルとなったのである。今では日本語を直接聞く機会に恵まれなくなったが、その腕は衰えていなかった様だ。
安心した事により本来のペースへ戻ったのだろうか。アカネの強張っていた唇は柔らかく、だが鋭い弧を描き、その眉は何処か余裕を感じさせるように緩められていた。
『……気遣い感謝する。改めて、私はアカネ。祠堂茜という者』
『うん、私はカントです。あまり難しい言葉は話せないケド、気にしないでくだサイ』
『無論。ホワイト以外に日本語が通用するだけでも僥倖というもの』
アカネの桜色を湛えた唇から溢れたその日本語は若干古めかしい言い回しであるものの、とてもはきはきと聞き取りやすい。少なくとも母が天に召されてから、もうだいぶ日本語を聞いていなかったカントの耳にも易易と収められていく代物であった。
一方、まるで知らない言語で話し始めた二人を、サリーとルーノは目を白黒させながら見つめている。それに気付いたカントが事情を話すと、二人共納得した様に頷き、カントに通訳を頼んだ。
カントはそれを快く引き受けると、早速とばかりにアカネは本題を切り出した。どうやら、あまりまどろっこしい会話のやり取りはしない主義の様である。
『さて、何故に……その、きゅーてぃ、まりーに会いたいか、だったな』
『はい。もしかしてあなたも、マリーさんの仕事を手伝いたいです?』
『ん? いいや、そういった用向きでは無いな。むしろ、逆かもしれん』
『ぎゃく?』
はて、とカントが小首を傾げたその瞬間、彼は射抜くような視線を目の前から感じる。慌ててその視線の元を探すカントだったが、それはすぐに見つかった。
その視線を放つのは他でもないアカネであり、彼女の瞳からはギラギラとした闘志の光が照射されていたからだ。その鋭さは“屠殺卿”もかくやと言う程で、しかしそれはカントに向けられているにも関わらず、カントには一切自分に向けられている様に思えなかった。
その瞳を和らげることなく、アカネは興奮を抑え切れんとばかりに言葉を発する。
『そう。……私は、彼女と、斬り合いたいのだ』
「えっ!?」
「……隠しとけっつの、バカタレめ」
瞳を燃やす燃料の正体は、彼女の狂気じみた“殺意”であった。
ホワイトがやれやれと吐き出した紫煙が、アカネの親指により僅かに鞘から飛び出した刃を撫でて千切れた。
非常にお待たせしてしまいました。申し訳ございません。
リアルな事情がゴタゴタしたりキャラが勝手に動き回ったりした結果であります。
今後はこういった事態が無きよう、懸命な努力をさせて頂く所存です。
次回「一刀」
待てよ次回




