Action.12 バンシー・マリー
「……さて。まずは自己紹介と行こうじゃねぇの」
そう言うと男、ホワイトはカント達の隣に座った。
ホワイトはドラゴに金を渡しながら、サリーにかからない様に煙草を飲む。吐いた息は白い線を引きながら、換気扇へと吸い込まれていく。
未だ引き際を見極められていない者達が頻りに此方を見ては行動を起こそうとしているが、それは全てホワイトの隣に佇む少女がひと睨みで黙らせる。懐には大きく長い剣……日本刀を抱き寄せた彼女は、この場の誰よりも鋭く冷たい目を胡乱げに開いていた。
「俺はホワイト。お前さんらと同じクライムファイター……それも、主に賞金首狙いのゴロツキさ。ま、隣のは気にすんな。……お前さんらの噂は聞いてるぜ?」
「噂、ですか?」
カントがヘルメットの奥から、呆けた様な声を上げる。どうやら機嫌は元に戻った様で、サリーがあからさまにホッとした様子を見せた。
その声に合わせる様に、ホワイトが話を続ける。
「応さ。“期待のルーキー、屠殺卿を退ける”ってな。模倣犯が多かった分、被害者もバカにならない数でよ。今まで尻尾が掴めなかった分、お前さんらの活躍はデケェのよ」
「ナルホド。……それデ? その“屠殺卿”ハどうしたンダ?」
「未だ雲隠れ中だな。奴さんが今まで表に出る殺人をしなかったせいもあるが……まぁ、今は力を溜めている、ってトコだろうよ」
その言葉に、三人は僅かに安堵を覚える。罪なき人々が犠牲になっていないかは、彼らの共通した懸念事だったからだ。無論、発覚していないだけという可能性もあるが、少なくとも目に見える物がないというのは彼らを安心させる要因となった。
「まぁ、その模倣犯共を纏めてシメたキューティ・マリー様々にだな。流石“死の妖精”は格が違った、って所か」
「……あの」
「……気になるかい、Mr.カント」
重い調子で、カントが話を切り出す。それを察した様に溢したホワイトの問いに、カントはゆっくりと頷いた。
それに対し、ドラゴが話に割り込む。
「……やめとけ、坊主」
「いいえ、止めません」
「いいからやめとけ。聞くだけ無駄な……」
「いいえ。……聞かせてください」
重い決断の様にカントは言う。いや、先程の怒り様から察するに、本人にとってはとても大事なのだろう。狼を象ったヘルメットで表情が見えずとも、その意志は全員にありありと感じられた。
カントにとって、キューティ・マリーはとても高位な存在だ。それは、“屠殺卿”を信奉する模倣犯達に似たような感情とも言える。
だが、それでも彼は真実を見ようとした。自分の中にいる「理想のキューティ・マリー」を汚してでも、現実のキューティ・マリーに近づくためにである。
「……マスター、諦めな。恋する男ってのは女より止まらないモンさ」
「い、いや、お、俺は……!?」
「……あぁ、そうだな。悪かった、続けな」
そう言うと、ドラゴはカウンターの奥へといなくなる。ホワイトはそれを物珍しそうに眺めながら、紫煙を燻らせた。
「……んじゃ、話してやろうか。キューティ・マリーの、本当の姿とやらをな」
そう言って、彼はニヒルに笑う。分厚いパワードスーツの奥から、ゴクリという音が漏れた。
***
ある時、一匹の妖精が夜の都市に現れた。
妖精は夜の街を歩いては、悪に苛烈な仕置をし、善を助けていく。神出鬼没、名誉だとか金銭だとかをまるで求めないその妖精を、人々は好意と親しみを持って受け入れた。
そして、妖精の持つ“正義の心”に惹かれて、次々と志高き若者達が集まっていく。何時しか彼らは正義の一団となり、市民を脅かす犯罪組織を相手取る様になった。
戦いは激しくも、次々と悪の組織を打ち倒す様は、それまで「警官の代わり」程度に見られていたクライムファイターの評価を一気に引き上げた。快刀乱麻を断つ様は連日TV局が報道し、クライムファイターを称える程に。こうして妖精を筆頭とするその集団はアメリカに知れ渡り、彼らも益々勢いづいた。
だが、その激しさは身を滅ぼす類の代物だった。抗争は激しさを増し、次々と勇士達は倒れ逝く。
ある者は凶弾に。ある者は捕まりバラされ、ある者は外食時に爆死。ある者は“事故”で、ある者は家に帰った途端に殺される。恋人や家族を人質に取られ、その愛する人共々惨殺されて帰ってきたこともあった。
それでも、志半ばで倒れた者達の為に、己の正義の為に妖精は戦い続ける。次第に彼女の周りには人がいなくなり、何時しか“妖精”は関わったら命に関わる“死の妖精”と呼ばれる様になった。まるで、彼女が彼らを殺したかの様に。
今日も夜の街に妖精が駆ける。泣き声も出さず、静かに、美しく。
***
「……まぁ、そういう事情な訳よ。自業自得たぁ言わねぇが、奴さんが全部悪くない訳じゃないのさ」
沈黙が流れる。ここで先のカルロスの様な連中が調子づいてもおかしくは無かったが、ホワイトの隣に未だ佇む少女がそれを抑えている。彼女も手練なのだろうか、等と混濁した頭でカントは考えた。
「……事実ダ。ソれデ俺の師匠……シグマリオンも死ンでル。奴が殺ッたとハ言わナいガ、ソれデも奴にオマエが関わルのハ賛成出来なイ」
「……」
ルーノはカントが困惑していると思い、念のためとばかりに新たな真実を突きつける。
確かに、カントは困惑していた。しかしそれはマリーの事情の正否に対してではなく、今までにない感情が芽生えた事から来る物だった。
彼が追い求めた理想のキューティ・マリーよりも、彼女は高潔な人だった、とカントは考えた。そうして同時に、自分が彼女の事を何も知らなかった事に恥ずかしさを覚えたのである。
そう思った途端、カントはマリーの事をもっと知りたくなった。だが、それはホワイト達の口からではなく、マリーが見てきた物を見て得たいと思ったのである。
「……ホワイトさん」
「応さ。何か質問があるかい?」
「はい、あります」
急に姿勢が変わった事をサリーが察知し、身構える。こういう時のカントはいつも自分の予想より斜め上の事を言い、そして止まらない事をサリーはコンビを組むことになった頃から知っていたからである。
そしてサリーの予想に反さず、カントは勢い良く頭を下げる。急な行動に少女が刀に手を付けるが、ニヤけ面を崩さずにホワイトが制止した。
「……俺を、マリーさんに会わせてもらえないでしょうか」
「……そりゃ、お門違いじゃないかね。第一、お前さん連絡先の一つや二つ……」
「マリーさんは携帯は持ってないそうです。……そうでなく、出来る限り早く、彼女の隣で立ちたい。だから、もっと強くなれて、もっとマリーさんの視点に立てる様な方法を教えて欲しいんです」
カントの言葉を受け、ほう、とホワイトが息を吐く。その纏まりのなく、勢いに任せたような言葉は、しかし若さと彼のマリーへの気持ちに溢れていた。
それだけでもホワイトにとっては興味深い対象だが、更に自分にもっとマリーへと近づける方法を聞いてきた事に興味を強めた。
だからこそ、彼は肯定の言葉を吐く。その興味深い青年を、自らの元へ引き込む為に。
「……強くなれるかはお前さん次第だが、少なくとも“妖精”の立場に立てる方法は知ってるぜ?」
「教えてください!」
「まぁ待てよ。これ以上は好意じゃなくてビジネスだ。いいな?」
そう言ってホワイトがパチリとウィンクを見せる。それを見てルーノと少女があからさまに嫌そうな顔をするが、カントは全くそれを気にせず話を促した。
ちょっとしたネタを尽く潰され、つまらなさそうにホワイトは酒を呷り、話を続けた。
「……まぁ、方法教えたって同じことなんだがよ。……お前ら、俺達と組まねぇか?」
彼は彼の目的に、カントはカントの目的に向けて。ゴールの見えた商談が始まった。
NAN☆ZAN
遅れて申し訳ありませんでしたァー!
次回「ホワイトのお仕事」
待てよ次回




