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Action.11 カントの逆鱗

 そうして、一週間が過ぎた。


 あれ以降マリーが姿を現す事はなく、寂しくは思うもののカントもルーノもサイの的確な治療により順調に回復していった。

 傷跡は残っているものの、カントの腕もルーノの脇腹も、少し大胆に動いても悲鳴を上げる事はもうない。

 最後の確認としてサイが触診をするが、特に問題は無さそうに頷くだけであった。


 「……ウム。流石に、治りが早いの。若いのは良い事だ」

 「はぁ、そんな子供じゃあるまいし……」

 「いや、いや。二十やそこらの回復力は舐められん。……無論、吾輩の施療は正確だがの」


 そう言って、サイは笑う。確かに、普通の病院ではこうも簡単に復調しなかっただろう。それはサイの腕の良さと、あまり早く治らせない様にする等の商売っ気の無さが上手く相俟っている証拠とも言える。


 「……とはいえ、医者としては後数日は軽い運動程度に留めるべきだの。あまり激しい運動……仕事をして新しい傷と古い傷を一緒に治療するのは御免被る」

 「えぇ、了解です。……んじゃ、行こうかサリー」

 「えぇー!」

 「イや、良いかラ離れロおチビ。俺モ行くかラ。ッてカ着替えラれねェかラ」


 あれからずっと、サリーはルーノに甘え倒している。此処最近、毎朝病院に見舞いに来ては日暮れまで甘えているので、退院したら鍛錬にでも付き合わせようとカントは考えていた。

 どうやらルーノもカント達に助けられたことからか、マリー関連以外は受け入れる事にしたらしい。サリーのひっつき虫っぷりにも寛容に接し、カントとはお互いの武術に関しての意見交換を中心に交流していた。お互い見知らぬスタイルの技である為に理論を掴めず、危うく組手に発展する所だったのはご愛嬌である。


完治とは言えないまでも、充分に仕事が出来る程度に動ける様になった二人とサリーは、サイに礼と普通の病院よりもずっと割安な治療費や入院費を払い、施療院を立ち去った。


***

 そうして三人が向かった先は、最早馴染みとなりつつある酒場、DRAGONだ。僅かに聞こえたマリーの話から鑑みるに、“屠殺卿”の模倣犯達が大量に狩られた結果、本物エドガー・ゲインが動いた可能性が高い。それを知るために、早急に情報を集める必要があったのだ。


 だが、DORAGONに入ると様子が違った。いつもは騒がしくも明るい雰囲気が、今は何処と無く刺々しい空気がカント達を取り囲んでいたのだ。

 始め、いつも夜に出入りしているから雰囲気が違って見えるのだろうとカントは考えたが、ルーノやサリーの困惑した様子からそれは違うと改めた。

 見れば、いかつい顔をした男達が、此方を睨みつけている。まるで物語に出てくる様な応対に戸惑いと気まずさを感じながら、三人はカウンターに腰掛けた。


 「……面倒な時に来ちまったなぁ、お前ら」

 「ア? ドういう意味だヨ?」


 奥からやって来たドラゴが、苦々しげに話しかける。彼からはそういった敵愾心は感じず、一同はホッとするが、次の言葉で目を見開く事となる。


 「いや、お前らが“屠殺卿”……の、偽者だったか。とにかくそれを倒したのがベテラン共に知れてな。ちっぽけなプライド傷つけられてお冠な訳よ」

 「えっ? いや、アレはマリーさんが……むぐっ」

 「黙ッてロ。……そウいウ事に、なッたンだナ?」


 カントの口をサリーに塞がせたルーノ。彼の問いかけにドラゴは静かに頷いた。

 後からカントが事情を聞けば、キューティ・マリーは“屠殺卿”を狂信し、模倣する犯罪者達を軒並み打ち倒し、その痕跡を隠して警察へ突き出したらしい。それ故に、その功績は明るみに出ることは無かったものの、偶然にも彼女が施療院へカントとルーノを運んだのを目撃されており、そこから、ベテランがマリーの功績をカント達になすりつけ、鬱憤晴らしの対象にしたらしい。


 「……わかッタ。……デ、“屠殺卿”は何カ……」

 「おいおい、冗談だろルーノぉ?」


 その事情をルーノはいち早く察し、必要な情報だけを得て立ち去ろうとしたが、遅かった。

 目敏く隙を見つけたのだろう、奥で睨みを効かせていたクライムファイターの一人が奥からやって来る。その表情は笑ってはいるものの、その笑みは嘲りのそれだ。

 サリーが初めにそれに気付き、萎縮した様にルーノの後ろに隠れる。ルーノはそれを睨み返し、カントは朗らかだった表情をパワードスーツのヘルメットに隠した。

 全員が警戒態勢に入ったのを知ってか知らでか、男はヘラヘラと笑いながら続ける。


 「あァ? 何ノ用だカルロス」

 「ヘヘヘ。期待のルーキー三人組に先輩が声かけんのは当然だろぉ? ……で、どうなんだよ?」

 「……何がです?」

 「決まってんだろブリキ野郎!」


 そう言うなり、一気にカントへ詰め寄るカルロス。その剣幕にサリーは更に縮こまるが、カントはそれにまるで動じずに彼へ相対した。


 「テメェらが俺達の得物を分捕りやがったんじゃねぇか! それでどのくらい儲けたんだよ! あ!?」

 「……何の話かわかりかねます。人違いではないですか?」

 「ンな訳ねぇだろぉ!? テメェが“死の妖精”(バンシー)……売女のマリーにお熱だってことは知ってんだよ! アイツと一緒にうまい汁吸って楽しかったかァ!?」


 まくし立てるカルロスの勢いに合わさって、周囲にいるクライムファイター達の視線も鋭くなり、中にはそうだそうだと乗る者も出始める。正義の味方が正義の味方を責め立てる、そんな異常な光景にルーノは反吐を吐きたくなる様な顔を見せ、サリーは今にも泣きそうになっていた。ドラゴはそれを冷たく、まるで関心の外の様に見守っている。


 “DRAGON”はクライムファイターの中でもベテランの多い酒場だ。それ故に、新人は彼らが率先して必要なことを教える“サポート”を受け入れられる。そうした“サポート”により、彼らは一人前になるまで庇護されるのだ。

 だが、そんなベテラン達にも悪癖がある。それは、互いを支えあうが故に、突出した者を認めない者が多いという事だ。足並みが揃っている分、有事の際には頼りになる。しかし、彼らの元で成功する事はまずあり得ない。彼らは新米達を優しく包み込むが、同時に出ることを許さずに足を引き続ける底なし沼なのだ。


 そして今、そのシステムと化した風習に倣って、彼らは責め続けていた。故に彼らは気付かない。自らが眠る龍の逆鱗を踏んだ事に。

 その変化に一番早く気付いたのは、サリーだった。元々他人の八つ当りから逃げる為に、感情の機微に敏感な子である。それ故に、一際大きな感情の変化を見逃すことはなかった。彼女は気付くと、急いでルーノの元へ逃げ込んだ。

 次いで気付いたのはルーノ。彼の人となり、そして立ち回りを見てきたが故に気付いた。だが、それを諌めようとはしなかった。黙ってサリーを膝上へ抱き上げ、彼女の耳をそっと塞いだ。

 その段階で、やっと周囲の者が気付く。良識のある者は周りの者を静かに諌め、要領の良い者はそっと輪の外へ逃げ込む。そうして最後にまくし立てていた連中がそれに気付いたが、既に遅かった。


 「……今、何と言いましたか?」


 静かに、それが口を開く。

 漆黒の鎧に身を包み、一切の動きも意志も表さない挙動は、普段のそれとは全くかけ離れていた。淡々とした口調は何処までも機械的で、聞いた者の思考を凍りつかせる。


 「え、あ……」

 「……カルロスさん。もう一度、聞きます。……今、何と、言いましたか?」


 一歩踏み出す。瞬く間に、周囲が一歩下がり、カルロスもそれに倣って一歩下がる。彼の頭は混乱し、更に自らを危険へと投げ出した。


 「な、何度でも言ってやらぁ! 売女のマリー! 仲間を売った、“死の妖精”……ぎゃぁっ!?」


 その瞬間、カルロスの左手が捻り上げられた。痛々しい悲鳴が上がり、周囲は驚愕に目を見開く。

 見れば、漆黒の小手鎧……カントの手によって、彼の左手は大きく捻じ曲がっていた。それだけやってもカルロスが泣き叫んでいない事から、折れてはいないのだろう。ただ、悲痛な叫びは周囲の耳にこびり付いた。

 そしてその当人は、ヘルメットの奥で冷たい視線をカルロスに浴びせながら、サリー達ですら聞いたことのない、ドスの効いた声で一言言い放った。


 「……マリーさんを、お前みたいな男が馬鹿にするな。あの人はお前が触れていい程、価値の無い人じゃない」


 そう言った瞬間、腰を少し落とす。痛みに悶えながら、カルロスは床に転げ落ちた。


 彼の怒りの種は、自分が馬鹿にされた事ではなかった。勿論、サリーやルーノが虚仮にされたのにも怒りを覚えている。その為に技を振るう事に躊躇いも持たない程度には。

 しかし、一番彼を怒らせたのは、キューティ・マリーを馬鹿にされたことだった。それは、彼の学生時代の知り合い達が、ダッドリーすらも触れなかった逆鱗であり、カントが普段眠らせている感情を引き起こす鍵であったのだ。


 と、そこで仲間が新米に痛めつけられた事をようやく思い出し、自らのプライドを守るために、一時的にカントの態度を無視し、闘志と敵意を漲らせる。

 それに気付いたカントが、全く躊躇のない動きで構えを取る。一触即発の空気が店内に張り詰めた、その時。


 ぱぁん、と軽い銃声が上がる。後方から聞こえたそれに、誰もが視線を向けた。

 その視線の先から、陽気な笑い声が鳴り響いた。


 「ははははは。威勢がいいなミッドナイト! おぉ、オジサンは気に入ったぞ!」


 そう言うと、人波を割りながら、二人の人影がカント達に近づいてくる。

 それは、小洒落た白のタキシードに身を包んだ、ニヤけ面を隠そうともしない中年の黒人と、そんな彼の後ろにつく、年若い日系人の少女だった。笑い声の主は、男の方であろう。


 「……おい、お前ら! 今日は特別にこの俺、ホワイトさんが一杯奢ってやろうじゃないの! だから騒げ! こいつらを放って酒を飲んじまえ!」


 男の快活な声に毒気を抜かれたのか、ある者は渋々と、またある者はホッとした顔で酒を頼んでいく。瞬く間にカント達を取り囲んでいた視線は鳴りを潜め、サリーがホッと息をついた。


 「ははは。お嬢ちゃん、怖がらせちまったな。……それで、“屠殺卿”……いや、エドガー・ゲインか。このクールでダンディなホワイトのオジサンで良けりゃ、教えてやるよ?」

 「は、はぁ……?」

 「オ、オウ……」

 「……んぅ?」


 そう言うと、ホワイトは綺麗なウインクをしてみせる。それに対して、三人は呆気に取られるばかりであった。


待望のあの人登場の巻


次回「ホワイト」


待てよ次回。

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