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Action.10 サリーとルーノ

 目を覚ませば、見知らぬ天井であった。


 「……ィっ、痛ゥ……!?」


 デジャヴを感じながら、カントは身体を起こそうとする。その瞬間に、鈍い痛みが右肘付近を駆け抜けた。

 見れば右腕には包帯が巻かれており、簡単に動かない様にギブスで固定されていた。痛みの質から、骨折はしていないとカントは判断し、刺激しないように気をつけながら、周囲を見回す。


 そこは病室の様だった。清潔な白に埋め尽くされ、そこには一切の不浄を感じさせない空気が広がっていた。周囲には医療機器と思しき物が備え付けられていたりと、そう安い病院ではない事を物語っている。

 前回の様に、愛しのマリーがいる事を期待したカントだったが、残念ながらそこにはマリーの姿は無かった。が、代わりに一つの……いや、一人の、物陰があった。


 「……」

 「……えっ」


 その男は、巨大だった。全身のパーツが須く人並み外れて大きく、そしてその全てを白い衣服で包み込んでいる。手にはカルテと思しき紙があるが、男の手に収まったA4サイズのそれは、まるで小さなメモにしか見えなかった。

 男はカントが起きている事に気付くと、のっしのっしと音を立てながら近づいてくる。いや、実際には聞こえていないのだが、カントの混乱した頭には確かにそう聞こえたのだ。


 「起きたか。怪我は痛むか?」

 「……ぅえっ? あ、あぁ、いや、少し……?」

 「そうかそうか。鎮痛剤が切れた頃合いだからな。吾輩の医療技術でもそこは如何ともし難いから、コレを飲むといいぞ」


 そう言うと、男は錠剤と水の入った紙コップをカントに手渡す。言われるままに錠剤を水に流して飲み込むと、ぬるい水がカントの乾ききった喉を潤した。

 水が体内を駆け巡るのを確かに感じながら、カントは改めて男を観察する。全体的にパーツは大きいものの、その顔は意外と愛嬌があり、下卑さや粗野な印象を与えていない。

 カントが男の顔を眺めていたのに気付いたのか、男はむんずとギブスに巻かれたカントの腕を摘み上げた。痛みは先程よりも薄いものの、響く痛みに顔を歪める。


 「いっ!?」

 「ウム、あんまし人の顔をジロジロ見るもんじゃァ無いぞ。ついつい手が滑ってしまうからな」

 「あだだだ……わ、わかりました! ごめんなさい!」


 豪気に笑う男に対し、若干涙目になりながら為されるがままになるカント。すぐに手は離され、痛みも直に収まった。


 「ぬはは。ちと意地悪し過ぎたか。……吾輩はサイ・テン。この施療院の院長様よ」

 「施療院?」

 「然様。お前さんの様な連中を安値で治す生業よ。……勝手だが、治療はさせて貰った。勿論、連れの男もな」


 そう言うと、隣のベッドとの間を遮るカーテンを空けるサイ。隣のベッドには、静かに眠るルーノと、それを心配げに見つめるサリーの姿があった。サリーはカーテンが急に開かれたのに驚いたのか大きく身を弾ませ、サイはその小動物の様な反応に大きな笑い声を上げた。


 「サリーちゃんや。その兄ちゃんには腹の中を縫う為に魔法のお薬を飲ませたからな。……あぁ、キスでも起きんからな。だから今はそっとしておきなさい」

 「むぅ……」


 魔法の薬、と聞いた瞬間にルーノの元に顔を近づけるサリー。だが、サイの制止によりそれは阻止され、彼女は恨めしそうに呻いた。

 そうして、カントが起きたのに気付いたのか、サリーはとてとてと覚束ない足取りでカントの元へやって来た。目を擦っている事を鑑みるに、あれからずっと起きていたのだろう。


 「……カント、痛くない?」

 「あぁ、大丈夫だよ、サリー。……おいで」


 そう言うと、カントは身を乗り出して手を伸ばすサリーを抱き上げる。無造作にしがみつかれるが、薬が効いてきたのか右肘が鈍い痛みを上げても我慢できたのは、カントにとって幸いだった。

 そのままサリーの顔を埋める様に抱き寄せ、頭を撫でてやる。その堅い手の反面、優しい手つきに、次第にサリーはうとうととした表情を見せる。


 「良く頑張ったね。……俺もルーノさんも大丈夫。だから、おやすみ?」

 「……いなくならない?」

 「サリーを置いて何処かに行かないさ」

 「ん……」


 安心させる為だけでなく、本心からの言葉を伝えるカント。無論、サリーにそういった恋愛的感情がある訳ではないが、短い間ながら寝食を共にし、肩を並べて戦った事で、家族愛的感情は芽生え始めていたのである。

 妹がいたらこういったやり取りをするのだろうか、等とカントが思っていると、サリーは穏やかな寝息を立て始めた。その光景を見て、サイは興味深げに顎を撫でた。


 「ほう。吾輩がどんなにあやしても寝ようとしなかったのだが……お前さんは、この子の兄貴かい?」

 「えぇ、まぁ。そんな物です」

 「おぉ、可愛い寝顔だ。……ウム、やはり家族との触れ合いは一番の薬よな」


 大きな掌で、優しくサリーの頭を撫でるサイ。その瞳には慈しみの心が満ち満ちており、その強面に似合わず子供好きなのが見て取れた。

 それにカントは安心を覚え、ふと、一番大事な人の安否を気にかける。


 「……あの、マリーさんは何処に?」

 「あぁ、仔猫(シャオマオ)なら……何だったか? 屠殺官? だったかを狩りにな」

 「シャオマオ? “屠殺卿”を?」

 「あぁ、仔猫(シャオマオ)は吾輩がアレにつけたアダ名よ。そう、その“屠殺卿”だかふざけた名前の男を……おぉ、帰ってきたか」


 そう言うと、窓を開くサイ。僅かに開いたその隙間から、一つの影が転がり込む。

 それは、綺麗な白金の髪を血で真っ赤に染めた、キューティ・マリーだった。全身が紅い血液で染ま、まるでその姿は一本の紅い薔薇の様に残酷な美しさを秘めていた。

 呼吸が整っている事を鑑みるに、怪我の類はしていないのだろう。悠然と立ち上がると、その長く血の張り付いた髪を鬱陶しそうに掻き上げた。


 「……あぁ、うざい。サイ、シャワー室空いてる?」

 「今は深夜だから静かに使えよ。他の患者の迷惑になるからな」

 「わかってるわよ。……あ、カント君。起きてたのね?」

 「えっ、あ、はい! 大丈夫です!」


 そう言うと、マリーはカントに手を振る。見たことのないマリーの姿にドギマギしつつも、何か怪我をしていないか不安に駆られていたカントは、曖昧な返事しかできなかった。

 しかしその反応が面白かったのか、マリーはくすくすと笑っていた。それに気恥ずかしさを感じながら、カントは少し拗ねた様にむくれてみせる。今度は腹を抱えて笑われてしまったが。


 「あっはは! ゴメンゴメン。でも、怪我は大丈夫そうね。流石天才だわ」

 「ぬはは、もっと褒めて良いぞ。……それで、狩りはどうだったい?」

 「本物は捕まらなかったわ。その代わり、模倣犯は見つけた奴を手当たり次第。きっとご本人は怒り狂うでしょうね」


 悪びれた風もなく言い放つマリーは、そのままフラフラと外へと出て行こうとして、ふとカントへ向き直る。その少女らしいあどけない仕草が、深紅に染まった妖艶で残酷な姿とのギャップを引き起こし、カントの心を混乱させた。


 「……ルーノを助けてくれて、ありがとね。彼、無理しがちだから」

 「あ、いや……ルーノさんとは、知り合いなんですか?」

 「どちらかと言うと、友達の弟子……かな? ま、今はとにかく寝ておきなよ。クライムファイターが倒れたら、誰が市民を助けるのかしら?」

 「薬が効く頃合いだから、医者としても寝ることを勧めておくぞ。無理して起きても治りが遅いだけだからな」


 そうおどけた様に言うマリーは、再び覚束ない足取りで歩き出した。その様子に僅かながら心配を覚えるカントだが、サイの一言で渋々目を閉じた。サリーが起きない様に気をつけながら彼女を掛け布団の中に入れ、まだ幼い身体の暖かさを感じながら眠りについた。


***


 カントが目が覚めたのは、日が昇り空が白み始め頃だった。

 いつもその頃に起き出して朝の鍛錬をする為か、日頃の習慣通りに道着を着ようとした辺りで自室では無い事に気付き、一人苦笑する。

 サリーを起こさない様にそっとベッドを抜け出すと、病室の中で広めの場所を探る。どんな状況であっても、傷が開かない程度には稽古をしておきたかったからだ。

 だが、そこには先客がいた。いつの間に起きたのやら、くすんだ銀髪を弾汗に濡らしながら、一心不乱に鍛錬に励むルーノの姿があった。

 その身体は、まるでもう一つの鎧の様に堅く、躍動する筋肉は重い鎧を軽々と着こなすには申し分ない程の量を有している。その体躯はカントよりも頭一つ分抜きん出ており、シャンと背筋を伸ばしているせいでカントには余計に大きく見えた。


 「……い“っ!?」

 「ちょっ、だ、大丈夫ですか!」


 ルーノは暫く腕立て伏せをしていたが、傷に障ったのか苦悶の声を上げる。慌ててカントが抱き起こし、側に置かれた鎮痛剤を飲ませると若干落ち着いた調子で起き上がった。

 バツの悪そうな顔をしつつ、ルーノはカントを睨みつける。カントはそれに対し腹を立てるする事もなく、穏やかな調子で応対した。


「お腹、大丈夫です? 刺されてるんですから、無理しない方が良いんじゃないですか?」

「こンなの無理ノ内に入るカ。……お前こソ、何でこンな時間に起きてンだヨ?」

 「えーっと……稽古?」

 「同じ理由じャねーカ!」


 若干天然気味の返答に、鋭いツッコミを返すルーノ。へらへらと笑うしかないカントに、ルーノは若干疲れた様にその睨みを緩めた。

 それを見過ごさずに、カントはすかさず頭を下げる。ルーノはギョッとした顔を見せ、直ぐ様居住まいを正した。


 「……お役に立てず、申し訳ありませんでした」

 「……別ニ、頼ンだ訳じャなイ。お前が気ニする事じャないだロ」

 「いいえ。大見得切って、一矢報いる事もできなかったのは、俺の未熟が招いた事です。……それに」


 そう言うと、未だ夢見の中にあるサリーを見やるカント。釣られてルーノも、その方向へと目を向ける。


 「……あの子に危険な目に合わせてしまった。幾らあの子の為と大義名分を立てても、結局自己満足の為に突っ走った事に変わりはありません」

 「…………あのチビ、お前ノ妹カ?」

 「えっ」

 「ゑっ?」


 途端、カントの思考が停止する。いや、隠れながらとは確かに言っていたが、まさか、そんな。そういった纏まらない思考をかき集め、どうにか次の質問を用意する。


 「……えっ、お、憶えてないん、ですか……?」

 「ゑ、俺ノ知り合いだッたカ? あンなオチビと話した憶えはないンだガ……」

 「…………サリィーッ!」


 大慌てでサリーを揺り起こすカント。どうやら情報を改める必用がありそうだった。


***


 「……アーっ、ナルホド。オ前、あの時スラムでイジメられてたチビカ。いヤ、小奇麗ニなッたから気付かンかッたワ」

 「……ふんすっ」

 「いや、悪ィ。本当ニ分からなかッたンだヨ」


 あの後、たどたどしいサリーの説明で漸く三人の情報が共有された。サリーの言っている事は嘘偽りない物で、先程ルーノが初見の様に振る舞ったのは、単純にサリーの外見が大きく変わった事が原因の様だった。

 ルーノが思い出すまでは不安で泣きそうな顔をしていたが、彼が思い出すと一転、サリーは拗ねた様に頬を膨らませた。


 「……しかシ、俺ヲ追イかけて、ねェ……」

 「ん。……ルーノさん、すき!」

 「オウ。だがオチビはノーセンキューだゼ」


 サリーの告白を、全く意に介さず退けるルーノ。一回り以上歳の離れた子供なので、無理からぬ話ではあったが、サリーにはとてもショッキングな返答だったらしい。


 「う……ぅ……!」

 「お、オイぃ!? そンな泣く事ねェだロ!?」


 途端、サリーの瞳から涙がポロポロと零れる。今彼女からすれば、望みが絶たれた状態なのだろう。あからさまに落ち込んでいるのが見て取れた。


 「ま、まぁ、初対面でそういう告白をされても困っちゃいますから! と、取り敢えず、お互いを知るというのはどうでしょう、えぇ!」

 「る、ルーノさんの、うぇっ、こと、しってるもん……!」

 「それでもっ! 新しい視点から分かることもあるでしょ! ね、ルーノさん! いいですよねっ!? ねっ!?」

 「オ、オウ……お前達にハ恩もあるシ、別ニ良いけド……」


 すかさずカントがフォローに入る。彼としても、少なくともルーノとサリーに、お付き合いとは言わないまでも、知り合いから友人までに発展する為の切っ掛けくらいは設けたかったのだ。

 そしてその勢いに流されるルーノ。彼は知らない。それこそが己を茨に落とす罠だと言う事に。


 「……まぁ、聞きたいこととか色々ありますけど、取り敢えず今は、お互い療養しましょう。サリーも、待てるよね?」

 「……んー……」

 「マぁ、オチビもまだオネムだロ? ほら、こッち来てモ良いから寝ロ寝ロ」

 「……! うんっ!」


 そう言って、ぽんぽんとベッドを叩くルーノ。サリーは矢も盾もたまらぬ勢いでそれに飛びついた。


 ……こうして、一人の男が茨の道、その始まりへと叩き落とされた。


※筆者の医学知識は高校生レベルです。描写には期待しないでください。


次回「死の妖精キューティ・マリー」


待てよ次回。


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