成介の申し出
成介は、妻となった塔子をちらりとのぞきみた。
とても今日結婚した花嫁とは思えないほどの暗い表情だ。
塔子は、盛大に行われた結婚式にも、優美な白無垢にも、美しいドレスにも、光輝くダイヤの指輪にも、愛想笑いを浮かべるだけで、まるで義務のように淡々とこなしていたようだった。
披露宴が終わり、二人は緋川の自宅へ向かうために迎えの車の後部座席に乗り込んだが、塔子はただうつむいて静かに成介の横にすわっている。
祖父に話を進めろ、と言われ成介はしぶしぶながらも、あらゆる策を練って塔子を手にしたのだ。
まず、塔子の恋人の藤堂修二を身辺調査をした所、いともあっさりと数多くの女性とのデート写真を撮ることができた。
それを呼び出した塔子に全て見せると、彼女は泣き出しながらも別れを決意した。そこでさりげなく結婚を前提にとの交際を申し込んだが、「今は何も考えられない」と断られる始末だった。
思いがけない拒絶に憮然とした成介であったが、すぐさま次の行動にでた。
塔子の家を調べてみると、まだ塔子の父にはまだ作った借金が残っていた。ひどく古典的な行為だが、ここからせめるしかない。
けれど成介はすぐに行動にうつさなかった。そもそも塔子との結婚自体に気が進まないのだ。
すると塔子の身辺調査を頼んでいた興信所から、一本の連絡が入った。塔子の父が肝臓ガンと診断されたのだという。
その報告を聞き、成介は観念したように重い腰をあげた。
その頃、塔子はただ1人父が入院している病院の廊下で途方に暮れていた。
生活をささえる大黒柱の父が倒れ、治療費と生活費でさらに切迫した鷹司家の生活は塔子の力では、どうにもならなかった。
そして、突然家に債権者となのる男がきて、父にまだ借金があることがわかった。
しかも突然のガンの宣告に、すっかり塔子の父はすっかり弱気になり、花嫁姿を見なければ死んでも死に切れないとまで言い出した。
とどめはまさかの就職内定取り消しの通知。突然会社から電話がきて、一方的に「今回の話は無かったことにしてほしい」と言われてしまったのだ。
母親は、父の側について病院から離れようとしない。母親は父の意向もあって一度も社会にでた事がなく、精神的に弱く、打ちのめされていた。たまに家に戻るとベソベソと泣くだけであった。
塔子は家族が、自分が、絶望的な状況に陥っている事にようやく気がついた。
そこにふらりと成介が登場した。塔子の父の病気を聞きつけ、お見舞いにきたのだという。
成介の気遣いに、塔子はつい全てを正直に話したのだった。
すると、彼から経済的援助の提案をされた。
ただし、条件として緋川家との婚姻関係を結ぶこと。彼は正直に話してくれた。鷹司の高貴な血筋がどうしても欲しいのだと。
塔子は、申し出を断ることが出来なかった。
結局、出会いからたった一年にも満たないうちに、二人は結婚した。