塔子の恋人
見合いから一週間後の日曜日。
成介は塔子の家の前に、車を横付けた。一旦車から降りて、マジマジとこの家を見つめる。
調べたとおりの、どこにでもある普通の家。これが由緒正しい鷹司家なのかと首をひねる。
祖父はこの家のどこに価値があると思うのか?
約束した時間ちょうどに、塔子が玄関から出てきた。
薄いベージュのトップスに、白いAラインのスカート。初対面の時より更に幼く見える。
「おはようございます。お待たせ致しました。本日は宜しくお願い致します」
礼儀正しく会釈をする様は優雅で、やはりお嬢様だと思う。
「…さ、行こうか」
助手席のドアを開けると、彼女は深くシートに座った。身体のラインがまっすぐキレイに見える。くねらせて少しでも体を美しくみせようとする麻耶とは大違いだ。
「まず、ショッピングでもしよう、なんでも好きな物を買うといい。」
成介はなじみのセレクトショップに向かった。店長が満面の笑顔であれやこれやと勧めるにもかかわらず、ガンとして首を縦に振らなかった。
「お気に召すものがないか?」と聞くと「私には、身分不相応です。」キッパリといわれてしまい、成介はなすすべがなかった。
店を出て直ぐ横にある、女なら誰もが欲しがるだろう高級ジュエリーショップに入ったが、そこでも彼女は何も強請らなかった。
挙句、ホテル最上階のフルコースより、こちらの方がいいと、路地の奥深くの小さなカフェに入り、こうしてランチを食べている。
全く調子が狂う。
ショッピングにフルコース、とどめは夜景。これで大抵の女は落ちてきたのに、せまいが日当たりの良い窓際でパスタを食べている。これではまるで中学生のようなザマだ。
しかも、なかなか・・・うまい。これでもかと高級食材が入っている豪華なシェフのおすすめより、こんなにもシンプルなナポリタンが、口に合うなんて。
食事が終わり、飲み物が運ばれてきた。
しばらく無言だったが、塔子の方から口を開いてきた。
「あの…驚いたでしょう?私の家が…余りに小さくて」
「そんな事はない、どうして?」
「お友達は皆、びっくりするんですよ、あんな家に住んでるの?って。それで翌日から急に
しゃべってくれなくなったり、なんてしょちゅうでした。」
「確かに…鷹司の家ならもっと大きいお屋敷というイメージがあるかもね」成介には正直に言った。
「父が…その、事業で失敗してしまって。今は借金こそないんですが、本当に慎ましい生活なんです。なのに、学校だけはいい所をって無理して卒業させてくれたんです。わたしにあるのは鷹司、という名前だけ…」
「父ったら、本当にもう見栄っ張りなんだから…」と首をすくめる。
生まれてこの方、経済的に困った事のない成介でも、塔子の苦しさが伝わってきた。
何をやってんだ、俺は。断って欲しいと言われたくらいで、ムキになって、連れまわして。
おちるどころか、彼女は楽しんでもいないだろう。
さっさと蹴りをつけよう。祖父には、彼女には既に婚約者がいる、と言ってやろう。ただでさえ仕事が忙しいのに、プライベートでわずらわしいのはたくさんだ。
「君の好きな人ってどんな人?」何気なく、聞いてみる。
すると、またもや彼女の頬が赤くなった。
「…友人の家のパーティーで…」と話し始めた。
大理石が敷き詰められた吹き抜けのエントランスに豪華なシャンデリアが輝く家で催されたパーティは、豪華絢爛だった。借家暮らしの塔子は見るもの全てが眩しく、強引に誘ってきた女友達は、どこかのイケメンと姿をくらましていた。
ポツンと1人まさに「壁の花」となっていると、話しかけてきてくれたのが彼だったという。
「へえ…その彼は、お見合いに反対しなかったのか?」
「藤堂さんは、お仕事がとても忙しいみたいで、こんな事で煩わせたくなくて…」
藤堂?
「藤堂さんっていうんだ…。もしかして下の名前は修二?」
「そ、そうです!緋川さん、ひょっとしてお知り合いなんですか??」