ウソだけど
『この春限定、たっぷりナッツとこってりチョコのチョコクラッシュバー ストロベリー味』
私の眼の前の棚には、そんなPOPが立てられたチョコのお菓子が売られていた。近所のコンビニのぎっしりと商品のつまっている棚なのに、そのスペースだけはほぼ空っぽになっていて、くだんのチョコのお菓子が一個だけポツンとある。
人気なのかしら? そして、これが最後の一個?
この春限定みたいだし、一個買ってみようかな?
散々、その商品を見つめて悩んでいたのだけど、
ええい!
思い切って手に取ろうと腕を伸ばすと、一瞬遅れて、横から別の手が伸びてきた。
私の方が先にゲット。
「あ、すいません」
「いえいえ。気にしてませんから」
そう言って、その人を見上げると、知った顔。
「あ、庄司!」
「服部くん!」
春休み前まで同じクラスで、隣の席だった服部。服部、私にチョコバーをとられたものだから、悔しさが増したみたいで、
「チッ、折角、狙ってたのに、先にとられたか!」
「へへへ、私の方が早かったもんねぇ~ べぇ~だ」
「ったく!」
「ふふふん」
「く、くそー!」
顔を歪めて残念がっている。その様子が、ちょっと滑稽で、私の優越感をさらに刺激しちゃう。ふふふ。
「なぁ、それ寄越せよ」
服部、私から、実力で取り上げようと、手を伸ばしてくる。
「やーよ。あんたなんかには、あげないもん!」
服部の手から逃れようと、ニ三歩、後退する。そんなちょっとした行動が、すこしだけ楽しくなってきた。
「いいじゃん、そんなの食ってると、ぶくぶく太るぞ!」
「う、うるさいわね。余計なお世話よ! あんただって、虫歯になっちゃうわよ」
「なんだよそれ、オレ、子供か?」
「十分子供じゃない。私のを無理やりとろうとしてるんだし」
「いいだろ。それ、限定なんだろ」
「ダーメ。これは、私のものなんだから」
「けち!」
ぷっと頬を膨らます仕草がますます子供っぽい。
「なによ、それ。ふふふ」
「なあ? ちょっと、いいか?」
「ん? これ渡せっていうのだったら、あげないからね」
「違うよ」
「なに?」
服部、さっきまでと違って、ちょっとマジ顔。なんだろう?
「オレ、庄司のこと、好きだぜ」
「・・・・・・えっ?」
ビックリした。動きが止まってしまう。生まれて初めて男性に告白された。相手が服部だっていうのは、ちょっと、なんだけど・・・・・・
「隙あり!」
そんな風に私が固まっている隙に、服部、私の手からチョコバーを奪っていった。
でも、今の私には、そんなことどうでもよくて、どう返事をすればいいかわからなくて。
「って、言っても、ウソだけどな。今日は4月1日だし」
すこし赤い顔で服部がそう言っていた。
「な、な、な、なによ、それ! ちょっと、どういうつもりよ!」
「あ、ひっかかったな! 本気にしたな。へへーん。でも、もう、このチョコは、オレのもんだぜ。庄司になんかわたさないぜ」
むかーー!
なんなのよ、一体! まったく、もう!
「ちょっと、返しなさいよ!」
「ダーメ。もう、これはオレのものなの!」
「私が先にとったんじゃない!」
「でも、今は、オレの手元にある。だから、オレの」
「もう、なんなの! 返しなさいよ!」
「ダーメ」
服部め、すごく楽しそうな足取りで、私の前を歩いていく。
もう、服部のバカ!
「もう、服部くんなんか、大っ嫌い! 顔も見たくない!」
地団太を踏むようにしてから、憤然と突っかかっていく。
「へへーん べぇ~だ」
「ほんとに、ほんとに大っ嫌いなんだから! 二度と口なんかきいてあげないんだから!」
「ふふふーん」
「・・・・・・」
「ふふふーん・・・・・・?」
急に黙り込んだ私を伺うように見つめてくる。なので、
「フンッ!」
そっぽをむいてやった。途端に、気まずげな表情を浮かべている。
「服部くんなんか、大っ嫌い!」
「うっ・・・・・・」
それ以上、何も言葉が出てこないみたいで、呆然と突っ立っている。手元への注意がおろそかになっている。
その隙に私は優雅な仕草で、チョコバーを取り返すのだった。一言添えて。
「ウソだけど」
店の中で、チョコバーを取り合って騒いでいた高校生ぐらいの男女が店を出て行った。
ガラス越しに見ていると、店の前で二人仲良く買ったチョコバーを分け合って食べている。
「店長、商品補充しますか?」
アルバイトの大村さんが確認をとってくるので、さっそく商品の補充をお願いする。
「店長、このPOP、結構、効き目ありましたね」
「ああ、そうだな」
「でも、いいんですか? これって別に限定商品じゃないですし、店の奥にいっぱい在庫があるのに、わざわざ一個だけ並べるなんてことして?」
「ああ、いいさ。なんたって、今日は4月1日だからな」
もともとブログ(『恋とか、愛とか、その他もろもろ・・・・・・』http://loveetc.seesaa.net/)の方で掲載している作品だけど、気に入っているので、こちらにも転載します