08『猛る野獣と怒れる金色』【挿し絵】
授業の合間合間で女子たちの質問責め。
途中から疲れて「あぁ、そうだね」の一点張り。それでも質問し続ける女子達は俺よりメンタルが強いんじゃないかと心の底から感心する。見習いたくはない。
そんな訳で放課後、俺は慣れない校舎内の地形で苦労しつつ、女子陣を振り切った。
どうやら俺こと白=レッヂは遭遇頻度が限りなく低いモンスター扱いになっている模様。見付けられるごとに捕まえに来るトレーナー。ポケットなモンスター達の気持がわかる。
「よ、良かったよ……白がここを通りかかって…」
扉から部屋の外を覗いて、安堵の息を吐く灯火。潜入操作並みの慎重さで扉を音も無く閉めると、しっかりと内側から鍵を掛ける。決して厳重ではないが、それでも無いよりはマシ。
しかし、3階に灯火がいてくれて助かった。沢山の資料を抱えていた事から察するに、教員からの頼まれ事の最中だったと思うが――後で助けてくれた御礼に手伝おう。
見付からない為に電気は消し、窓から太陽の光だけが照り付ける空き教室。
これで厄介事が無ければ、隣で座っている灯火と仲良く友達会話を楽しめるのに。廊下で騒いでいる女子陣が恨めしい。娯楽が無いからといってここまで男1人で騒ぐ神葬具使いって何なんだ。緊張感無さ過ぎだろ。
「A班だ!そっちにはいない!?血眼になっても探し出せ!」
「Δ班!現在仲間割れを引き起こしたB班と戦闘中!」
「神葬具出してきただと!? 学園での展開は校則違反だろう!えぇい向こうも厳重注意覚悟と言うならこちらもひよってられない!神葬具を出せ貴様等!E班を皆殺しだ!」
女子って怖いんだな。アメリカでの天人全面防衛線を思い出せた。
きっと暴れているのは殆ど1年生だな。緊張感の無さでわかる。意味の無い場面で神葬具を展開する所とか特に、神葬具を玩具と勘違いしている様にも感じる。
窓ガラスが吹き飛ぶ音とか悲鳴とか神葬具特有の威圧感とか攻撃した時の轟音とか……きっとこのドア一枚隔てた先に地獄があるに違いない。
「白は見ない方が良いと思うよ……女の子達の殺気が伝わるから」
先程、引き戸の隙間から廊下を覗いた灯火は、覗かなきゃ良かったと心底後悔しているようである。そこまでこの抗争は凄いのか。女の欲は天人とタイマンするより恐ろしいな。
顔色を悪くしながら「僕がここに匿ってるって知られたら、僕は吊し上げられたりするのかな……?」と怯える灯火の肩を叩く。
「安心しろ。俺は食われるから」
安心させる為に親指を立てると、灯火は体育座りのまま壁に寄り掛かった。慰め方がダメだったのか、灯火の表情が前よりも青白く見える。
人を慰める行為は俺の苦手な事の上位に入るからな。外国で男を慰めたら「バカにしてるのか!」と怒鳴られたし。灯火の精神的回復を期待する方が無茶か。
「…どっちにしろ見付かったら2人とも終わりなんだね。あはは、今日は楓が起きてた時からおかしいな…?とはちょっと感じてたんだぁ。でも嫌な予感がするからで学校は休めないし、仕方ないよね…巻き込まれることには楓とルームメイトになって慣れたもん…」
なんか灯火がちょくちょく出してる楓って名前、どこかで聞いたことある気がするんだが、気のせいか。この歳で忘れっぽくなってるとか洒落にならんな。
ブルー入った灯火が、窓から差し込む太陽光を見つめながらぶつぶつ独り言を語り出ている。
「男の子と名前で呼び合うこともダメだったのかな……。だ、だって僕、男の子と話したことないし……。初めて会って名前で呼べなんて……こ、恋人みたいで憧れて……え、えへへ――」
灯火が独り言から恋人の惚気を語る彼女のような表情になった時、料理部の扉がガタガタと震えた。音から察するに、こじ開けようとしているのか。灯火が鍵を掛けていてくれたお陰で、準備出来る余裕がある。
俺は灯火と顔を見合わせる。
「こじ開けようとしてるな」
「きっと部屋を片っ端から開けてるんだよ。鍵を掛けてるのはここだけだろうし……不味いね」
素早く対話を済ませると頷き合って窓に近寄る。ここからだったら闘技場っていう、あの円形の建物が一番近いだろう。
素直に正面から出れば終了。脱出口は3階からの窓しかないが、やっぱり高いな。俺はこれくらいの高さなら行けるが、灯火は億劫になってしまうだろうし。仕方ないが、あれをするしかあるまい。
「僕が神葬具を呼ぼうか!?」
手を窓辺に掛けて外を覗いていたポニーテールの彼女の肩を掴んで引き寄せる。
有無を言わさぬように腰へ手を回すと、女子特有の柔らかさ。そして桃の様な優しく甘い香りが鼻をくすぐる。楓の葡萄みたいな香りも良いが、灯火のほんわかした匂いも好きだ。
手に少し当たったマシュマロは……気にしないでおこう。灯火のスタイルの良さを再認識させてくれて大変役得だが、そんな事考えている余裕もないし。
「必要ない!」
お姫様抱っこで抱いた灯火の「――――…え?」という間の抜けた声。それから狼狽する彼女を黙らせるように三階の窓から一気に跳び出す。
背後で爆発の効果音。B級映画も驚きの展開で、考え通り踏み込んで来たみたいだ。
追い付かれても嫌だし、このまま闘技場まで走り抜けよう。あの金髪みたいに神葬具から供給される脚強化能力系がない限り追い付かれることは無い。
純白の光で脚を守り、屈伸の要領で、地に着いた瞬間に屈み着地。筋肉への負担と衝撃を可能な限り無くす。
「お、お姫様……だっこぉ」
俺は灯火の惚けた声を聞かずに走り出す。
全ては俺の貞操の為と、編入初日で仲良くしてくれた可愛いクラスメイトの為。そういや闘技場に来いとか誰かに言われた気もするし、忘れかけてたから丁度良かったな。
【小波 楓SIDE】
―――……遅い。放課後の鐘が鳴ってから1時間。
そう、きっとデートとかだったら待たせる方になるだろう、あたしが待っているのだ。
私闘で無断の闘技場使用だけど、神葬具では相手を傷付けられないフィールドだし。何より暴れ回っても闘技場にはそのフィールドのお陰で傷がつかなくなっている。見付かると厄介だが便利だ。
ただ……その、神葬具が身を傷付けない代わりに色んな意味で心を傷付けることになるのだが……うん、そこは伏せておこう。言ったらあの変態はそれを狙いそうだ。
「うーん。下駄箱にもちゃんと小波 楓って名前書いた果たし状、入れて来たのに」
気付いてないのか、あの黒コート。これは粛清しなければなるまい。
神葬具を出して準備万端だったのに、待っていたら神葬具の現界だけで疲れてしまった。何もせずになら神葬具を1時間くらい現界させられるんだなと冷静に感想を述べるほどである。
もし奴が来ても中止にしよう。万全じゃないと意味がないのよ。
そう、万全を期して倒すからこそ意味があるの!アイツも今のあたしに本気なんて出さないだろうし……。
「へ、変なところで紳士なんだから…」
「誰が紳士だって?」
問いが帰って来たのであたしは反射的に口を開く。
「あ、あああああ、あの黒いロングコートのバカが――にゃぁぁぁぁああああッ!?」
◆ ◆
ダメだ、こいつ声は良いのに声量がでかいから高音が耳を塞ぎたくなるほど凄い。実際に耳を塞いでいた俺は目に不満を交えながら金髪を見る。
「お前、人を告白みたいに呼び出しといて悲鳴あげるなよ…」
文句を漏らすと「人の背後をあっさり取るからよ!」と逆ギレ。
どう考えても今のは俺が被害者だろ。夢見がちだった金髪へ普通に声掛けただけだぞ。待ち合わせしていて『だぁ~れだ』とか言いつつ目隠ししたら裏拳でも繰り出しそうだなこいつ。後ろ蹴りでも可。ちなみに俺はドMでも何でもないので嬉しくないんだ。
「っていうか何が告白よ!ぜ、絶対に違うんだから!」
八重歯を鋭く光らせながら唸る金髪。動物的に噛まれたりするんじゃなかろうか。甘噛みでも絶対痛いぞ、その歯。どうやったら犬の牙並みの犬歯が誕生するのか、性格にでも影響されたか。
頭を掻きながら顔を真っ赤にしている金髪をなだめる。
「わかってるっつうの。決闘だろ決闘」
「そうよそれ!ここここ告白とかふざけたこと抜かすんじゃないわよ!」
噛み噛みだな。気が動転でもしてるのか、この女子は。
ちなみに腕に抱えている女子の方は間違い無く動転していて会話が成立しそうにない。だってずっとうわ言で独り言呟いてるんだよ。しかも一喜一憂したり地獄の門番に出会ったように暗くなったり。面白いは面白いんだけども。
「あれ?アンタ、なんで灯火を……そのまま持ち帰る気!?」
「待て待て待て金髪。状況を見ただけで男を送り狼にするのは偏見だぞ」
傍目から見たら灯火を誘拐して来たように見えるのだろうか。何か事件が起こったら真っ先に女性が被害者の見方だぞ、それ。
女性の勢力がどこの国でも大きくなっている昨今、未だに女性の方がか弱いと言われる現状に疑問を抱かざる終えない。神葬具使いも女性の割合が徐々に増えている訳だし、そろそろか弱い男子が許されても良いんじゃなかろうか。
「灯火を離しなさい!」
「え、えぇ!? い、いつの間に闘技場!? それに楓まで!? こ、これは違う――」
この金髪は人を親の仇のように好き勝手言う。
疲れているみたいだから手を出す気は無かったが、本格的に人権問題になりそうな物言いは抗議しても構わんだろう。
「人を誘拐犯みたいに言うのはやめた方が良いぞ、おもらし娘」
これくらいの返しなら対等だろうと選らんだ言葉だが、次の瞬間、楓という金髪からブチリッと――ゴム状の何かが綺麗に切れる音。どうやら俺の選んだ言葉は金髪の勘に触れた様だ。
目の前で無言のまま楓が屈み込む。手を脚に当ててる姿勢を見る限り、きっと神葬具の召喚。
やはり男女の関係は理不尽だ。女子が犯罪者呼ばわり。方や少しの仕返し。理不尽としか表せない沸点の違い。
「殺す……あのことを漏らしたからには許さで置くべきか…ッ」
「お漏らしと秘密を漏らすを掛けてるのかねぇ……」
やばい口が滑って本音が漏れた。考えた事をそのまま口に出すのは止めろとあれ程自分に言い聞かせたのに。
急いで闘技場の端に灯火を運んで行くと、優しく下ろして「え、えぇっと…が、頑張ってね?」――元の位置にそそくさと戻ると何事も無かったように楓の前に仁王立ち。
「来なさい、神葬。分け隔てなく包み込む風をここに」
爆風が楓を包み込み、俺の前で吹き荒れる。
こいつ天人とやり合った時よりマジになってないか。俺人間ですよ、貴女の味方ですよ。ちょこちょこ口を滑らせたりしたけど、ご愛嬌って言葉が存在するのを思い出せ。
風が凪ぐと、目の前には一昨日見たばかりの脚鎧を身に着けた楓の姿。
逆鱗に触れたらしい。ふーふーと犬の威嚇顔負けな息遣いをしている。鋭い八重歯を見せながらだと、本気で狂犬を彷彿とさせる。
「行くわ。手加減したら許さない……というか殺す」
書き直し修正が大き過ぎた為、上げ直しバージョン。
前よりは大人っぽい書き方になったかな?