07『編入先は女子だらけ』
教室、といっても雛壇式なのでそう言っていいのかわからないが。
朝のホームルームで転校生紹介。どこもかしこも、通過礼儀は同じらしい。
着慣れない白と青が基調の制服――即興で作られた物らしく本当に女子制服とデザインが似ている――を嫌々着た俺にもその通過礼儀の洗礼が待っていた。
転校は慣れないな。今回は見渡す限り女子しかいないからもっと落ち着かないんだけども。背後の黒板に思いっ切り頭突きしてこの場を凌ぎたい気持ちに駆られる。
「えー、今回『男子神葬具使い特別推薦枠』ということで転入して来た白=レッヂくんだ。皆、仲良くするように」
うわ、やべぇ場が無音だ。胃がキリキリする。
さっさと挨拶をしよう。無難なヤツにギャグを織り交ぜながら挨拶をしよう。それならこの場をやり過ごせる筈だ。
「白=レッヂです。男子は俺1人みたいだけど、畏まらなくても良いし、好きな呼び方で良いんで。とりあえずこの学園にいる間よろしく」
おい、どういうこった。ギャグも何も無い上に場が静まり返ってるぞ。
先生ー、保健室に居座ろうと思うんだが推薦で入ったら登校免除とかあるんだろうか。本気でそんなことを聞こうとした時、一人の声が聞こえた。
「思ってた感じと違うね」「もっと筋骨隆々かと思ってたんだけど」「わたしは結構タイプかな~。彼女とかいないなら早い者順だよね」「かなりカッコイイんじゃない!?春が来たわよ女子学園に!」「席が後ろの方にも情報か写真ぷりーず!」
わらわらと姦しい騒ぎ声が広い教室を満たす。
担任だと思われるスーツ姿+メガネの先生に(これは良いんでしょうか)と目で訴えると首を横に振って諦めるように溜め息を吐いた。
質問タイムの到来である。根掘り葉掘りとはこのことだ。
Q「彼女はいるのー!? いなかったら好みのタイプはー!?」A「別に性格が清楚なら良いんじゃないか?」
Q「世界最強ってほんと!?」A「なんか喧嘩っ早い奴がいてそれをフルボッコにしたらいつの間にか――」
Q「学園長がお母さんなの!?」A「いや、義母だけど……」
計50問くらいこんな質問がずっと続きました。
25問辺りからテキトウに答えてたよ。今日の夕飯何にしようとか考えながらな。
◆ ◆
自由に座っていいと言われたので、何故だか5人掛けの席に1人で座っている女子生徒の隣を選んだ。
好奇の視線が一瞬でハイエナの目へ様変わりしたので出来る限り静かな場所にしたかった。他意はない。
「え……ここで良いの?」
何で1人で座っているのかと聞きたくなるくらい可愛い子だった。
ポニーテールにまとめている髪に気遣い上手そうな大和撫子の雰囲気。吊り上がってはいないが意思の強そうな瞳。制服の下から自己主張している適度な胸。うん、金髪にこの子を見本にしろと等身大ポスター送りたいほどだ。
「いや、ダメなら移るが……ちと視線が怖くてな」
「ち、違うよ!? ダメな訳じゃなくて……その、もう1人の子が問題なんだけど。後悔しないなら……どうぞ?」
なるほど。1人じゃなくて普段は2人で座ってるのか。
それで他の奴が座らないのはもう1人のせいと見た。なんだろう、不思議ちゃんなのかな。それとも問題児なのかな。
不良系でも仲良くする自信があるぜ。アメリカで培った喧嘩腰を披露しよう。先ずは拳での語り合いからなんだが、これは相手によって省略もありだ。
「では、1限目の天人学はこのまま開始する。レッヂくん、野々宮に教科書を見せて貰うといい」
日本には天人学なんて物が導入されてたのか。初めて知った。律儀な日本が作りそうな教科だな。アメリカじゃ軍隊仕込みの大雑把な知識しかないから有難い。
それより野々宮って…隣の子だよな、やっぱり。
「すまんののみや、で良いのか?教科書見せてくれ」
「良いよ、頼まなくても!も、もうちょっと近くに寄るね……?」
長椅子で少し距離が離れていたが、教科書を見せる為に恥ずかしがりつつ野々宮から歩み寄ってくれる。
気遣いの出来る良い子だ。この席を選んで良かった。こんな良い子がいるのに、他の生徒が寄り付かなくなるほど問題児な同席者。日本刀を常備してたりサングラスを愛用している不良レベルじゃないと、この子の良さは相殺出来んぞ。
「ちなみに僕は"野々宮 灯火"だよ。宜しくね」
「おう、白……って紹介されてるか。こちらこそ宜しく、灯火」
友達作りに全然困らなくて良かったと安堵しながら言うと、それに灯火が反応して席を立つ。おっとり気味の性格とは裏腹に、驚くほど見事な起立。何か変なことを言ったか。今の発言の中にそれらしい言葉は無かった気がする。
「えぇッ!?」
「……いきなり奇声を上げるんじゃないぞ野々宮」
突然の綺麗な起立に担任も驚いたのか、少し躊躇いながら注意する。
その注意をされた灯火本人はと言うと顔を赤くして「は、はい…」と返事をすると力無く席へ舞い戻った。起立と着席の落差が激しいな。
しかし何に反応したのか全然わからないんだが。
不自然な行動をする灯火に、
「どうかしたのか?」
耳打ちすると「ひゃぅ……ッ」と言いながら距離を広げられる。最近の日本の女子は恥ずかしがりなのだろうか。俺の鋼の心がちょっぴり傷ついた。
少し遠ざかった距離のまま無理矢理作りましたと言っているような笑顔。
「な、何でもないよ……?よ、よろしくレッヂくん」
レッヂくん……って俺のことか。呼ばれ慣れないから全然気付かなかった。
「白って呼んでくれ。ファミリーネームは慣れないんだ」と諭すと、
「な、名前で呼び合うの!?」
【野々宮 灯火SIDE】
また注意された……結構堅実でいたつもりなのに……。
担任の注意を受けて項垂れながら着席する。散々だ。1限の授業中で二度も注意されるなんて明星学園へ入学する前も後も無かったのになぁ。
隣に座っている男子生徒へ視線を向けた。まさか初対面で灯火と……名前を呼ばれるなんて予想外。こちらとしてはレッヂくんと呼ぶ気満々だったのに。
(アメリカとかは……やっぱり男女の仲がオープンなのかな。いきなり名前で呼び合うなんて……し、白くん?それとも白ちゃん……?白さん……?お、男の人と話したことなんてお父さん以外全然なかったのにッ)
朝から奇妙なことばっかり起こる。
灯火こと僕が、朝6時に起床すると隣で爆睡している筈の相部屋生徒が備え付けのシャワールームで仰向けに倒れて爆睡していた。これは日常的に起こることなのでそこまで驚かない。彼女は寝相が悪魔に乗っ取られたのかと問いたくなるほど悪いのである。
良い天気だなぁーと窓辺を見ると、カラスが一羽留まってこちらを凝視していた。
パジャマを半分脱いでいたので、慌てて動物相手に体を隠す。
カラスが怒声を上げる。ルームメイト起きてキレる。窓を――寝起きとは思えない速度で――開けてカラスの首根っこを掴むと地面へ投げ捨てた。ここ三階なんだけど……。痛々しい効果音の代わりに悲鳴が聞こえて、投げた本人はそのままの格好でまた爆睡していた。
朝食は個人制なので、制服に着替えて階別に設置されているキッチン部屋へ。
多くの生徒が自分達の朝食や弁当を作っている中、明らかに異質な物体を形成している生徒がいた。化学実験部だったらしく、無断でキッチンを使用し、惚れ薬を作っていたそうな。
完成した暁には強烈な匂いだけで惚れ薬効果が発生。目にした生徒を追い回す。
僕はその光景に戦慄し、キッチンから出て行こうとして――――背中が壁にぶつかる。視線が集まった時にはもう遅く……被害は下着一式でした……。
ボロボロになりながら部屋へ戻るとルームメイトが運動着に着替えてストレッチをしていた。いつもはそのままのロングの金髪をポニーテールで縛ってる。
「自分で起きたのッ!?」
日頃の彼女からは考えられないような行動に目を丸くしていると、
「今日ね!ちょっと命を賭けた戦いして来るから!準備運動とッ授業サボってトレーニングしてくる!教師には上手く言っといて!」
心から感動していた僕を心から冷ます絶対零度だった。
屈伸していた彼女は、戦場へ向かうと思えない笑顔を浮かべて部屋を出て行く。唖然としていた僕はちょっと待っての言葉の「ちょッ!」しか言えなかった。
伸ばした手は宙を浮き……止めようとした相手は既に居なく―――僕は彼女のことを報告した教師に怒られた。理不尽過ぎて高校生活の中、初めて泣きかけた日でした。
転入編開始です