04『木枝に揺れるマカ』
「そ、その……誰にも言ってないわよね!? あの事!」
お母様に挨拶を済ませ、いざ目的地へと思いきや、いきなり金髪の少女に御縄を頂戴され、喫茶店内まで連れ込まれた挙句に尋問紛いの問い掛け。昨日、目の前の金髪に頬を張られたばかりだというのに、この仕打ちとは。今日は厄日だな、そうに違いない。
しかもテーブル越しの彼女は、怒気で狂っている。相当な美少女なのに、表情のせいで台無しだ。こんな状況でなければ、美少女と一緒に喫茶店で御茶出来た事に少なからず喜んでいたのに。
加えて只今の眠気が波のように押し寄せ続けている頭で、怒り狂う彼女を冷静に対処するのは、些か辛い物があった。気を抜けば、場所を問わず今直ぐにでも熟睡出来そうだ。
「あの事って、どの事だよ。つか朝っぱらから元気一杯だな」
「だ、だから……アンタの前で……し、しちゃった事に決まってるじゃない!いい!? もし誰かに喋ってたら、この場で殺すわ……!」
濃い目に淹れて貰った珈琲を一気に胃へ流し込むと、口内に心地良い苦みを感じながら溜め息を吐く。まさか昨日と立て続いて言い掛かりを付けられるとは、俺は難癖付け易いのだろうか。軍隊に在籍中は、近寄って来る相手の方が貴重だったのだが。
「しちゃったって言うと、あれか。俺の前で小便漏らした事――」
「いやぁあああ!何で言った途端に思いっ切り口に出してんのよ!わざと!? わざとよね!? もう絶対に口にしないでよ!誰かに聞かれたら、あたしの一生終わるじゃない!」
昨日の出来事を思い起こすと、助けに入った筈なのに、半日痕が残る程の強さで引っ叩かれた逆恩返しが印象的過ぎて、彼女が失禁した事実が完璧に頭から抜けていた。彼女に遠回しで言われて、初めて気が付いた程である。
だが天人と戦闘して失禁なんて、軍隊で最前線張っていた身としては日常茶飯事。それこそ同じ量の血液が出なかっただけ上々。むしろ助けられてでも生還出来た事を誇るべきだ。
「そういやお前、授業とかは良いのか?もう授業とか始まってる時間だろ」
長々と問い詰められたお陰で、時間は九時過ぎ。今から全力疾走で校舎に駆け込んだとしても、遅刻確定。行かないよりかは、教師の怒りを買わずに済む気休め程度。
しかし店内の時計を指しての問い掛けに、金髪は強くテーブルを叩く。彼女が注文した抹茶オレが若干宙へ浮き、中身を零しながら再び受け皿へ。荒っぽい性格の割りに、力の加減具合は中々器用だ。
「あ、アンタに言い触らされたらと思って全然寝れなかったのよ!しかも男の癖に何か学園にいるし!気が気じゃないわよ授業なんか集中出来る訳ないじゃない!」
先程から良く口が回るな。理不尽な事を言われているにも関わらず、感心してしまった。
それと一応言及しておくが、俺は誰かの失禁を言い触らす程、暇でも陰湿でもない。彼女と再会しなければ、記憶を忘れ墓まで持って行った所だ。そういや黒羽と彼女が着ている制服は同じだったし、何故その時点で金髪が明星学園の生徒だったと気付かないんだ、俺は。
「あのな、俺は昨日お前と別れてから警察の聴取受けてて、この学園に着いたの朝方だったんだぞ。言い触らす暇なんて無いし、勿論そんなつもりは毛頭無い。第一、女子だけの場所で俺がそんな事言い触らしてみろ。捕まって恥掻くは確実に俺の方だろ」
「わ、分かんないわよ!他言されたくなかったら、あ、あんな事やこんな事しろ、とかそんな事言われるかも知れないじゃない!い、いやぁ獣!」
頬を真っ赤に染めている様子は可愛いが、他人の人柄を勝手に決定した上に、獣扱いの言い草。どうしても俺を鬼畜人でなしに仕立て上げたい様だな。少しばかり、この金髪を助けた事を後悔しそうになった。
「バナナを咥えてる写真を撮らせろ、とか……卑猥な事させる気に違いないわ!絶対に許さない!」
今の妄想の中で、俺は金髪の中の殺害表一覧に加えられたらしい。もし神葬具装備して襲い掛かって来たら全力で返り打ちにしよう。助けた恩人を引っ叩く恩知らずにまで情けを掛ける程、俺は出来た人間じゃない。
丁度良く金髪が深い妄想に浸っているようなので、この場から去るなら今の内だ。
思い立ったら即実行。金髪に気付かれぬ為に、物音を極力抑えつつ席を立つ。端に置かれた伝票を手に取ると、値段を確認。頼んだ珈琲と、金髪の抹茶オレを合わせて格安の四百円。普通の喫茶店で飲む事に比べたら倍近い差があるな。
「仕方ない……こいつの分も一緒に払っておくか」
妄想垂れ流し続ける金髪を背にして、足早に会計へ。
はい、サブタイトルのまんまな内容です。
今回から本格的な新キャラ登場です。金髪もちょこちょこ出てきます。
ヒトイン出番少ないってなんだ、ワロス。
出来る限り二日に一回ペースで投稿したいと考えています。