43『鍔無しの日本刀』
【野々宮 灯火SIDE】
松明の明かりで赤く照らされた日本刀特有の、細身の刀身が翻る。無駄な動き一つ無く、的確に鎧の繋ぎ目を狙い敵を追い詰める様は、圧巻の一言。
相手は模倣とはいえ中位の天人で、尚且つ盾剣持ちと言う圧倒的不利な状況にも関わらず、犬神先輩は持ち前の身体能力と手数の多さで互角以上の戦いを繰り広げている。一撃でも貰えば致命傷となり得る筈の攻撃を紙一重で躱し、体勢を崩した天人へ反撃。そして再び、迫る剣を躱す。
「確かに、この層にいる筈の敵にしてはちと強いのぅ。じゃが、本物の殺気とは程遠いのじゃっ」
刀を腰へ据えた鞘へ収めつつ、敵の渾身の大振りを身を屈めて回避。反動で動物の尻尾のように、一本で束ねられた長い黒髪が宙を舞い、片膝着いた体勢も相まって雄々しい犬の威嚇状態にも見える。
渾身の剣を容易に避けられ、前のめり気味になった天人。だが疑似天人も、ただでは転ばない。悪足掻きで小型な盾を突き出し、崩れた体勢のまま突進。鎧の重量も乗った捨て身の攻撃は、当たれば剣と同等か、それ以上の威力が乗っているに違いない。
きっと僕なら剣を躱した事に安心して、次の盾での殴りを予想出来なかっただろう。だが犬神先輩は鞘に納めた刀の柄を握り、唯一点を見詰める。
「良い動きじゃが……足元が御留守じゃよ」
眼前へ迫る盾を恐れず、鞘から抜き放たれた鍔無しの刀が、がら空きの足元を掬い上げる。強固な脚鎧に防がれ直接損害を与えられる訳では無いが、敵の体勢を崩し絶好の隙を作るには十分。
弾かれた刀身を閃かせ、目にも留まらぬ一閃が無防備の天人の首元を駆ける。踏み込みを交え、敵の背後へ斬り抜けた犬神先輩は、刀を再び鞘に納め息を吐いた。
「吾の様な最弱に敗れるようでは、まだまだじゃな。出直すが良い」
首元を裂かれ、完全に息の根を断たれ動作を停止した疑似天人の姿が、徐々に薄れていく。中身の体が先に消え、装備していた鎧が床へ呆気なく落下し、落ちた途端に跡形も無く消失。こうして傍から見ていると、本来の天人と疑似天人が違う点とすれば、死体が残るか残らないかくらいだろうか。
「凄いな……。一発喰らえば直ぐ終わっちまう体力なのに、全然引いてないぞ。それどころか圧勝してるし。三期生って全員あんな感じなのか?」
「えっと、三期生の平均は知りませんけど、それでも軍隊所属の神葬具使いでも中位は強敵な筈ですよ。まさか、こんなに強いなんて……」
剣を振り抜いた後にも、剣先が全くぶれない熟練度。そして必要最小限の動作で敵の攻撃を躱し、尚且つ有効打を加え仕留め切る集中力。後衛担当の僕では、どちらも達人の域に感じてしまう。
神葬具使いで世界一位とされる白、次ぐアルフォート先輩は別格だとしても、犬神先輩の身のこなしは彼等に引けを取らない程磨き抜かれている。即死と隣り合わせな状況だからこそ、機敏な動きと瞬時な判断力が身に着くのだろうか。
「ふふ、連れて来て正解じゃろう?まぁ、今戦ったのは信用して貰う為じゃ。吾はそなた達に付いて行くのが目的じゃし、基本は戦わぬ。じゃが、本気で危なくなったら頼るが良い。可愛い後輩の為なら、援護くらいは許されるじゃろぅて」
鞘へ納めた刀を緋袴の腰帯へ提げ直すと、犬神先輩は足早に僕達の後方へ回る。後は任せた、という意味なのか、それとも一番危険な殿を買って出てくれたのか。ほんの数十分前に出会ったばかりでは、先輩の意図を汲む事すら叶わない。
だけど、先程の戦いを見た後にこの配列を取ると、まるで剣道の勝ち抜き戦のようだ。言うまでも無く、僕が先鋒で早々に完敗する前提で。それ以前に後衛担当だし、竹刀すら持ってないんだけどね。
「神葬具、展開っと。そうだ、灯火。敵と会った時にさ、わたしが前線張るから、天人の隙を作ってくれるか?楓の時にやったみたいに」
舞佳先輩が何も無い筈の空を両手で掴むと姿を現す、刃の腹と背へ双剣を無理に嵌め込んだ不格好な大剣。
神葬具の能力、怪力のお陰で舞佳先輩は何不自由なく大剣を振り回せるが、外見だけでも重量が安易に判断出来る。加えて舞佳先輩の大剣は展開し続ける維持費だけでも莫大で、常時展開には不向き。
だけど何時強敵と遭遇するか分からないダンジョンの構造上、精神ゲージの減りを気にしていては生き残る事も出来ない。神葬具を展開していない状態で中位級の天人と遭遇すれば、それこそ文字通り一貫の終わり。
「えっと、僕で力になれるなら……が、頑張りますっ」
両手を宙へ突き出し、目蓋を閉じて神経を体中に張り巡らす。頭中に思い浮かべるは、金と銀の輪。
神葬具がその願いを聞き届けるように、突き出された両手首を包み込む暖かな光。手の平で輪を優しく掴むと、円月輪は纏った光を弾き、金と銀の色を取り戻した。
最初の頃は神葬具を展開する事にすら違和感を抱き戸惑っていたが、慣れ親しんだ今となっては心強い味方となっている。この子がいなければ、非力な僕は援護すら出来ないのだから。
「あ~こほん。折角張り切っておる所で御節介じゃろうが、一つ先輩からの助言じゃ。消耗してまで無理に敵を倒す必要はない。厳しい時は退く事も肝心じゃし、それが恰好悪い事にはならん。確実に勝てる試合だけをするのが、長生きするコツじゃよ」
【犬神 弥千SIDE】
ふむ、今年の新期生は豊作じゃのぅ。一期生と二期生の混合で、中継地点まで辿り着いた上に、更に下層を目指す意気込みを見せるとは。まぁ躊躇していた背中を押した事は認めるが、最終的に進む決断を下したのは勇気ある後輩達じゃよ。
「ソナタは匂坂 舞佳という名前じゃったな。戦法は……まぁ大剣の扱いはあまり心得ておらぬが、如何せん勇み足過ぎじゃ。後衛の事も考え、打って退いてを繰り返す手段も、頭に入れて置くと良い。そして野々宮 灯火、ソナタは逆に引き過ぎじゃのぅ。たとえ前に出辛い武器だとしても、直ぐに前衛の不意を補える位置にはいた方が良いぞ」
そして現在、中継地点より四階下った層。先程撃破した敵で、中位天人五体目を倒した後輩達に忠告している最中である。
戦いとは面白い物で、自分が戦闘中だと気にならぬ事でも、傍から見れば粗が幾らでも出て来るもの。下級生達により高みを目指して貰う為にも、幾分か多く経験を積んだ者が問題点を指摘しなければ。それを元に戦場で長生きして貰えれば、先人としてこれ以上嬉しい事はないしのぅ。
「なるほど……所謂ヒットアンドアウェーって事ですか。いつも一撃浴びせる事に精一杯で、全然考えてなかったなぁ。ちっと練習に追加してみるか」
「えっと、もっと味方の近くに、ですね。意識してみよう……でも、楓と一緒に戦うと、逆に邪魔になっちゃってたよね……」
あとは後輩達のやる気が空回りしない事を祈るばかりじゃな。
遅れてしまいましたが最新話です
弥千さんの使い勝手の良さが以上すぎて、字文が弥千さんばかりになってしまう…
本当に~じゃ口調は使い易いですね…最後の弥千さんパートは馬鹿みたいに早く執筆出来ました。
次もこれくらい早くあげられたらいいなぁ…。