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神葬具 †AVENGE WEAPON†  作者: 神楽友一@今日も遅執筆
5章【ダンション実習~Dungeon lesson~】
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41『巫女装束の三期生』

【灯火SIDE】

 怪しい色をした小瓶の中身を少量口に含むと、味を確かめながら喉へ流す。口内を苺の甘い味が充満し、仮想だけでなく現実の体力も回復したように感じた。

 今回は運良く飲料にも近い液体だったけど、毎回この毒味作業が地味に辛く思えるのは、僕が臆病だからかな。

 予め用意していた手鏡で自分の頭上を映すと、赤い体力ゲージが半分以上。休憩したお陰で青の精神ゲージは殆ど全快まで復活。青の方は、僕の神葬具が前線向きで無く、あまり消費しない所為でもあるのだけど。


「はい、舞佳先輩。苺味でしたよ……後味が若干歯磨き粉寄りの」

「心配性だねぇ、灯火は。別に味なんて、飲んじまえば全部同じだろ」


 壁に背を預け休息を取る舞佳先輩に、自分が半分飲んだ後の小瓶を手渡す。一期生は全員と言って良い程、激不味飲料に恐怖を抱いているので、味を伝える事も忘れずに。

 前回の実習時に飲んだ回復薬の味が苦瓜で無ければ、僕もここまで慎重にならなかったと思う。一口飲めば恐怖観念(とらうま)を植え付け、逆に体力が削られそうな味は勘弁願いたいものだ。


「おぉ、久し振りにまともな味――……歯磨き粉だな、間違いなく。何か期待した分だけ落胆も半端ない」

「一口目は普通の苺味なんですけどね……。そうだ先輩、ちょっと動かないで下さいね」


 近場の水道で濡らしたハンカチを舞佳先輩の首筋に当て、大量に流れた汗を丁寧に拭き取る。制服に染み込んだ分は洗えば良いとして、汗を拭き取らずにいると知らぬ間に体が冷えて風邪を引いてしまう。首辺りを拭き終えると、次は額へ。


「何か老人介護受けてる気分だぞ……。何時もは水飲んで休憩したら、直ぐ下層に行くし」

「あ、あはは……でも拭かないと服が張り付いて気持ち悪いですし、我慢してて下さいね?」


 汗が溜まり易い目立つ箇所を全て拭うと、自分も休憩する為に舞佳先輩の隣へ移る。

 座り込もうとした直前に気付いた事だけど、濡らして使用したので敷く物は無し。泣く泣く決意を固め体育座りで地面に座ると、お尻が冷えた石畳に接し、予想以上の冷え具合に「ひゃんっ!?」と小さな悲鳴が口から漏れた。

 手で口元を覆うが、時既に遅し。気付くと数人の生徒がこちらへ振り向いており、僕は頬が熱くなるのを感じながら何事も無いように手を振り返す。余計な事せずに立っていれば良かったと激しく後悔中。


「はは、流石に冷たかったか。わたしも一期生の頃に、そんな反応したっけ。懐かしいなぁ」

「せ、先輩は平気なんですか?物凄く冷えてますけど……」

「ふふんっ、こんな時の為にスパッツ穿いてるんだ。結構暖かいし、何より動き易いっ。灯火も運動する時に穿いてみたらどうだ?」

「今度試してみます……。うぅ、冷たい……っ」


 今度は時間を掛け、冷たさに体を染み込ませて行く。最初から慎重に座っていれば良かった。

 慣れて来ると石材で組まれた壁は冷たく、歩き続けて火照った体には心地良い。度重なった疲労感も手伝い、一度眠れば実習終了時まで熟睡してしまいそうだ。


「そうだ、灯火。わたしの体力って、どれくらい残ってる?」

「丁度半分くらい……ですね。青の方は、殆ど空っぽ……です」


 隣の舞佳先輩の頭上へ目を向けると、僕の物よりも大幅に摩耗した二つのゲージ。精神の方は時間を置けば徐々に回復するが、体力はそうもいかない。

 先程飲んだ小瓶は、天人から逃げる最中で奇跡的に発見出来た唯一の回復薬。舞佳先輩の体力を更に持ち直す為には下層へ降りて、尚且つ数少ない宝箱を発見しなければならない。無論、今回急遽強化された疑似天人が徘徊する中で。


「まさかエリーゼ達と逸れちまうなんてなぁ。十層にもいないし、先に行っちまった事も有り得るか」


 現在、僕達がいるのはダンジョン内で唯一の休憩地点である中継地点、第十層。この層には敵も罠も無く、只ダンジョン内と同じ素材で築かれた、飾り気とは縁遠い空間が広がっている。存在するのは水道や手洗い、最低限必要な物を販売する購買部のみ。元々長居する場所ではないので、当然と言えば当然だよね。

 正直、神葬具に触れて間もない一年生は今回のように強化されたダンジョンで無くても、誰一人十層まで辿り着けないだろう。僕自身、十層まで辿り着けたのは明星学園に入学して以来初めてで、足を踏み入れた際には感動で溜め息が漏れた物だ。

 そして先程まで隈なく探し回っていたのだが、ここ十層には、ダンジョン入場時に班を組んでいた楓と、アルフォート先輩の姿はない。舞佳先輩の言う通りで先に下層へ進んでいるか、まだ上層で身を潜めているのか。


「舞佳先輩、楓達が慎重に進んでる姿って……想像出来ます?」

「自分が試験で満点取ってる姿を思い浮かべるのと同じくらい難しいぞ。自分で言うのも何だがな……」


 舞佳先輩の成績を知らないので判断し難いが、陰った表情から鑑みるに、勉学方面は崖っぷちに近い様子。触れてはいけない部分を、土足で踏み抜いてしまったみたい。これ以上は舞佳先輩の精神ゲージに悪影響が出る可能性もあるので、止めておこう。


「楓、大丈夫かな。アルフォート先輩と喧嘩してないと良いけど……」

「あの二人組で言い争い無い方が不気味だぞ。むしろ、あの二人なら喧嘩しながら突破してる気がするけどな」


 思えば班を分断された時も妙だった。後少しで八層を抜けると思った矢先、想像以上の数の疑似天人が、僕と舞佳先輩、楓とアルフォート先輩の間に転送されて来たのだ。突然出現した大勢の天人達に太刀打ち出来る筈もなく、逸れたまま僕達は進んでいた通路の反対側へ。

 その後は疑似天人と数回遭遇しつつも、命辛々逃げ延びる事が出来た。

 アルフォート先輩の神葬具が異常なだけで、僕と舞佳先輩の神葬具ならば疑似天人を引き寄せる事はあまりない。加えて、僕の神葬具には探索機能の能力がある。冷静な状態であれば通路の先の光景を拾う事も容易いのだ。

 後は安全な道筋を選択し、最低限の被害で駆け抜ければ、手負いの二人班でも問題無し。戦闘向きでない神葬具の本領発揮が隠密行動というのも悲しいけど。


「どうしましょう、先輩……このまま進みます?それとも――」


 退却か。十層より下層は疑似天人の数自体は大幅に減少するが、強さは全て中位天人級。僕の元々火力に乏しい円月輪では、喩え敵を撹乱出来ても、鎧を貫通し体力を微量奪う事すら叶わない。

 もし僕等の体力が全快で、連携攻撃をし掛けても命辛々一体倒すのが精々。複数に囲まれれば袋叩きに合う事請け合い。正直、一層分超えられるかすら怪しい。疲労具合を考慮して、この場で辞退という言葉が真っ先に浮かぶ。


「先へ進めば良かろう。何を臆し、迷っておるのじゃ」


 舞佳先輩に辞退する方針を提案しようとした時、前方から声が掛かる。それも随分と古風な口調で。先輩は一足先に人物を目視し、胡散臭そうな視線を向けていた。


「服装からして、一期生と二期生じゃな。二人組の混合班……その上、一期生の方は半年足らずで十層まで到達するとは、中々出来る事ではあるまい。何事も経験じゃし、何より諦めようとする姿を、吾は好かぬ」


 舞佳先輩に遅れて顔を正面へ向けると、座っている僕の視界に真っ先に飛び込んだのは、危険な場所に不似合いの鮮やかな夕日色をした緋袴。上には白衣を着込み、その特殊な装飾から一目で巫女装束だと判断出来る。だが神社とは縁遠い場所で、あまりにも異質な恰好の人物に声を掛けられ、言葉が出ない。

 唖然として身動きが取れずにいると、彼女は僕等の頭上を眺め、納得と言わんばかりに頷く。巫女服の袂へ手を差し込むと、何かを取り出し更に僕らへ近付いて来た。


「体力が心許無いのなら、これを飲むと良い。途中で拾った落し物じゃから、遠慮するでないぞ」

「これって……回復薬?」


 舞佳先輩が口にした通り、巫女装束に身を包んだ女子生徒は僕達の眼前に二本の小瓶を差し出す。どちらも紛う事無く、僕達が先程飲み終えた回復薬入りの小瓶と同じ物。それも容器内が液体で満ちていて、新品同然。

 階層毎に存在する宝箱の配置は、数少ない上に無作為。中には何も入っていない外れの宝箱も存在する。天人から逃げ回り、時には戦闘を切り抜けながら回復薬を発見するのは、決して容易ではない。

 だが目の前の女性は、その貴重な回復薬を二本共、見ず知らずの人物に与えようとしている。普通なら回復薬は温存し、危機的状況になった際に使用するのが基本なのに。


「あの、でも回復薬は貴重で……っ」

「先人からの節介は、下手に遠慮せず受け取るのが、長生きするコツじゃぞ?それに吾は回復薬なぞ要らぬ。どうせ一太刀浴びれば即終了の身じゃからのぅ」


 見ると彼女の頭上の体力は風前の灯火。僕の体力の半分以下であり、加えて体力ゲージは全く削れていない。つまり実習開始時から、彼女の体力は疑似天人から一撃貰えば無くなってしまう程、心細い物。体力の方だけではなく、青の精神は体力以下。

 今まで見た中で、ここまで低い能力値の生徒は初めてだ。ダンジョン実習を受けてる事から一、もしくは二期生。でも服装や言動、立ち振舞いからして、そうは思えない。


「……じゃぁ、遠慮なく頂きます」

「うむ。ほらソチも、遠慮せずに飲むと良い。これより下層は一層一層の造りが長いのじゃからな」

「で、でも僕達は……中位一体相手するのが精一杯で。回復しても、これ以上の下層なんて……」


 自分でも矯正すべき悪い癖だと思う。直ぐに駄目だと決め付けて、弱音を吐いて。

 隣の舞佳先輩は小瓶を受け取り、味を臆せず一気に呷っているというのに。まだ負けず嫌いな先輩は、先に進む事を諦めていないのだろう。


「げほっ!うぇ……何だ、これ!? まさかチーズ味!?」

「おぉ随分と珍しい味じゃのぅ……うわ、凄い臭いじゃな。鼻がひん曲がりそうじゃ」


 一気に飲み干そうとした舞佳先輩が咳き込み、途端にチーズ特有の臭いが充満。実際に飲んでいない僕ですら吐き気を覚えるのだから、直接口を付けた舞佳先輩は相当込み上げる物があるだろう。巫女服の先輩に至っては身を引いて鼻を袖で覆っている。

 それでも涙を堪えながら回復薬を飲む舞佳先輩を見て、早々に諦め掛けた自分が情けなく思えた。

 受け取った小瓶の蓋を外すと、普段の楓のように一気に口内へ流し込む。味なんか飲めば気にならない、そう自分に言い聞かせて。


「あ……葡萄味だ」

「ぶほっ!ちょっと待って!何で灯火は葡萄で、わたしはチーズなんだ!? 納得いかな……おぇぇ」


 チーズの刺激臭が眠気覚まし代わりを果たしたのか、舞佳先輩は元気を取り戻して――再び地面へ向かいえずき出す。この実習が終わったら回復薬の味の振り分けを穏便な物に変更して貰うよう、担任に直訴しよう。このままでは戦闘に関係ない場所で死人すら出そうだ。

 冗談抜きで嘔吐しそうな先輩の背中を擦り、自分の飲んでいた小瓶を差し出す。


「平気ですか!? まだちょっと残ってるから、これ飲んで下さい!」


 一刻も早く地獄から抜け出したいのか、舞佳先輩は砂漠で水を求める浮浪者のように小瓶を掴むと、大袈裟に喉を鳴らしながら一気に飲み干す。チーズの悪臭は消えないけど、気分の悪さは若干改善される筈。


「そなた等は実に面白いのぅ。見ていて退屈しないのじゃ」

「見られてる本人は全然楽しくないんだよ……っ!でも体力やばかったし、回復薬は助かったな。ありがとう」


 チーズ味の液体入りの小瓶を、残りを気にせず投げ捨てた後、舞佳先輩は青白い顔で礼を述べる。だが先輩は、持ち直したとはいえ微妙に体が震えていて、哀愁を誘う姿だ。チーズが恐怖観念にならなければ良いが。


「僕も、ありがとう御座います。でも、本当に良かったんですか?回復薬って、本当に貴重で――」

「拾った吾が使わぬのじゃ。そのまま捨てるよりも、必要とする者に渡す方が有意義じゃろ。それに、吾もそなた達に用があったのじゃ。十層で待っていてくれて助かったし、その礼と思ってくれれば良い」


 そう言うと巫女服姿の彼女は、僕達へ手を差し出す。

 僕達に用事というと、アルフォート先輩の事だろうか。当の本人とは逸れてしまって行方知れずな訳だけども。


「吾の名は犬神(いぬかみ) 弥千(やち)。三期生で、ダンジョンの見回りを担当している者じゃ。とある方に言われて、そなた達を追っておったのじゃよ」

一から書き直しました……。不自然な個所を直したり、会話文を多めに入れたりと……。

一番大きかったのは逸れた班の組み合わせを、楓&エリーゼ、灯火&舞佳にした事でしょうか。楓の時より書き難かったのは言うまでもなく、時間も掛かってしまいました……申し訳ない。

次回では弥千の外見を事細かに説明したいと思います。

また自分の悪い癖である自分の多さが出るのか……我ながら怖いです。会話文多目にしよう……。

ではまた次回に。

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