39『学内ダンジョン探索』
【小波 楓SIDE】
班員で最後の灯火が円陣を潜り終えると、鈍く光っていた入り口は何も無かったかのように跡形も無く消失。それが意味する事は、実習中の途中退室の不可である。非常口なんて物はなく、ダンジョン内の生徒達は制限時間まで迷宮最深部を目指さなくてはいけない。
「あら、随分凝った建造ですわね。まさか地下にこんな施設があるなんて……」
蒼炎が周囲の壁を叩き、材質を確かめている。反響する音が周囲の背景と相まってかなり不気味。
ダンジョン内の構造といえば、石造りの狭苦しい一本道の通路。横幅は人が三人同時に並ぶのが限界だと思われる。灯りは心許無く壁に立て掛けられた松明のみで、通路の奥は目を凝らしても暗闇しか見えない。敵がいる迷宮で、この薄暗い構造は何もせずとも探索者の精神をすり減らしていく。
何時何所からゴブリンやスライムが襲って来ても不思議じゃない雰囲気だ。
「相変わらずゲームみたいだよな、これ」
そう言う舞佳先輩の頭上を見ると、『匂坂 舞佳』と書かれた透明なプレートの下に赤と青の順で二本のゲージが鎮座している。立体映像なのか、舞佳先輩が手を伸ばしても宙を切るのみ。
「――大剣使いの頭上のそれは、一体何ですの?」
「そういえば、アルフォート先輩はダンジョン演習って始めてでしたね。簡単に言うと、赤い方のゲージが体力で、青いゲージが……えーと、なんて言えば良いのかな……。神葬具を使うと減って行く……魔力みたいな物でしょうか。赤の方が全部無くなると、闘技場に強制送還されますね」
ちなみに青の精神ゲージは徐々に回復していくが、体力は一度削られるとダンジョン内の数少ない宝箱から入手出来る小瓶の中の液体を飲まなければ、絶対に元には戻らない。加えて体力が半分以下になると疲労感まで現れる。
液体がどういう成分かは知らないけど、仲間の内の一人が回復可能な仕様は物凄く有り難い。あたしは灯火と仲良くなる前は単独で進んでいたから尚更。運が良ければ小瓶二つを見付け、死に掛けの体力を全回復、なんて事も出来る。
小瓶の中身の味は、意図は分からないがランダムであり、苺味があればシソ味なんて物もある。あたしは単独でダンジョン実習を受けていた最中に運悪くシソ味に当たり、小瓶を投げ捨てた事もあった。その後、吐き気を催しながら戦闘に持ち込まれ、見事に死んだのだけど。
「おい、エリーゼ……お前の青の方可笑しくないか?」
「自分では見えませんわね。どうなっていますの?」
舞佳先輩の言葉に、あたしと灯火の視線が蒼炎使いの頭上へ向かう。
人の体力の差なんて高が知れている。どんなに鍛えても人間同士では余り違いは出ないし、この仕様で体力ゲージが突き抜ける事があれば、それこそ人外くらいしか思い浮かばない。その理論は精神ゲージも同様である訳だが。
「あ、青の方が……表示し切れてなくて、伸び切ってますね。赤も、僕達の二倍くらいあるかな……?」
舞佳先輩も大剣使いの宿命として体を鍛えてはいるが、体力ゲージがその差を表している。一体、蒼炎使いの細い体の何所に化け物染みた体力の源があるのか。
しかし、突出した青いゲージを目の当たりにすると、その驚きも呆れに変わる。
体力も馬鹿げているが、精神はあたし達には到底届かない域だ。一体あたし達何人分に匹敵するのか、計算する気にもなれない。これが常時神葬具を使い、犬や猫を召喚し続けられる程の力量。
「お前が上位の天人だって言われても、全然違和感ないな……」
「あの子達がいれば視覚共有で見れるのですけど、置いて来てしまいましたし。残念ですわ」
「あいつ等そんな事も出来るのか。おい待て……視覚共有ってある意味隠しカメラと同じ機能じゃ――」
子犬や猫ならば白も過剰には警戒しないだろうし、蒼炎が言わないだけで嗅覚や聴覚も共有可能なのかも知れない。神葬具自体は体の中に溶けてると言っても過言じゃないし、白本人でなくても身の毛がよだつ。無意識ストーカーには決して与えてはいけない代物だ。
「そ、その、楓。えっと……頑張ろうね」
上級生二人が話している間に、灯火が遠慮しがちに話し掛けて来る。
あたしだって、灯火と険悪な仲でいたい訳じゃない。ただ、認められないだけ。あの上位の天人と、白と灯火が、仲良くしてるのを認められないだけ。面倒見が良いだけで、灯火に罪は無い。
「変に力んだら失敗するわよ。何時も通りに行くだけじゃない、灯火」
「あ……うん、うんっ。ありがとう、楓」
灯火が涙ぐみながら微笑む姿で、胸が痛む。あぁ、あたし嫌な女だ。灯火にこんな顔させてまで、不機嫌でいて。灯火にも、天人を匿っているあいつにも、理由はある筈なのに。
灯火の肩を軽く叩くと、歩を進める。
きっと白の性格なら、何も言わずとも普段通りに接してくれるに違いない。だけど、真正面から話さなきゃ上位天人を匿う理由を、あたしは納得出来ない。
「帰ったら、あいつとも……話さないと」
連携どころか四人班を組める事自体が初めてな二人だ。とは言えど、この班構成なら最上級生でも数人しか辿り着けない最下層まで到達可能かも知れない。
「この鎧の音は――……身に覚えがあり過ぎますわね。ですが、普通の天人と違って殺気がありませんわ」
「ダンジョン内で使用される疑似天人ですね……。だけど、この数は……異常です」
気持ちを切り替え、いざ出発という時に通路の奥から響く、耳障りな金属音。重々しい音は確実に二桁に上る敵の数を明白にする。
最終回層までは、噂を聞く限りだと二十層以上。長丁場は必至なのに、一層目から下級とはいえこの数。推測の域を出ないけど、神葬具使いの力量に合わせて襲って来る敵の数が決定されているとすれば――、
「優良企業と見せ掛けたブラックじゃねぇか!攻略までに何体倒す事になるんだよ!?」
「落ち着きなさい大剣使い。足音からして――……たった二十程ですわ」
「お前まだ日本語に慣れてないだろ!日本で二十体に、たったは付かないんだよ!こうなったら退却――って後ろは壁だし!一階から総力戦とか勘弁してくれ!」
下手したら階層に存在する全ての天人が、蒼炎の神葬具に惹き付けられている可能性もある。でなければ神葬具使いになって間もない生徒の訓練所になる階層で、虐殺紛いの数が押し寄せる訳がない。
「袋小路ですし、ここは押し通るしかないみたいですね。まだ下級ですし、正面突破出来るかと」
「逃げ回りながら進むしかないか。律義に戦ってたら五層くらいで実習が終わりそうだしな」
灯火が円月輪を呼び出すと、敵から戦意を感じ取ったのか、天人集団の接近速度が上がった。
舞佳先輩が大剣を召喚し、蒼炎と一緒に最前線へ。
場数が圧倒的に不足しているあたし達よりも、先輩二人に前線を支えて貰う方が安全策だ。灯火は後方から撹乱や攻撃。あたしは先輩達が気を引いている隙に回り込んで影打ち。あまり好きな戦法では無いけど、真正面から当たって砕けるより万倍安全よね。
「来なさい、神葬!分け隔てなく包み込む風をここに!」
【黒羽=レッヂSIDE】
「予告も無しで実習は――……流石に不自然だったかしら」
闘技場の観戦席で生徒達の行方を見送った後で、無意識の内に溜め息が漏れた。
近頃、学長室で籠り切りの仕事が続き、目の回る慌ただしさに体が悲鳴を上げている。何度も目眩や頭痛で倒れ掛け、その度に神葬具を呼び出し無理に体調を整えているが、未発達の我が身では限界が近い。
だが今は辛い体調に鞭を打ち、歯を食い縛ってでも動かなくては。
「不確定ではあるけど……神の駒の上位が動き出した、か。神が再起するまで静かにしてると思ってたのに……頭が痛いわね。それと……何位までが動いているかも調べないと。沖縄を襲撃した上位の階級も判明してないし――」
現在の十神階の情報も、サンダルフォンから聞き出さなければならない。中身がまだ完全に発達していないサンダルフォンが何所まで情報を所持しているか、疑問ではあるけど。
我ながら厄介事尽くしよね、と達観してしまう。
普段はつい癖で組んでしまう脚も、湧き上がる吐き気の前では礼儀正しく揃っていた。少しでも体に負担が掛かる体勢は控えないと、後々後悔しそうだ。
「天人を召喚するのに、指輪の力を使い過ぎたわね……。ふふ、張り切り過ぎたしら」
正直、今回の高く設定した擬似天人の力量だと、現在の一年生には一層すら厳しい難易度だと思われる。だからこそ、若干場慣れした二年の生徒とも組める合同授業を採用したのだ。
班を組んだ時の連携の大切さ。そして実際に天人との戦闘に直面した際の恐怖感に慣れて欲しい。
まだ学生だから、それが理由で天人との戦いから逃れられるのはとうの昔の話。戦える人員の人数が激減している今、生徒が何時戦場に出されるか分からない。
「でも最初から訓練って言ってたら、緊張も何も無いわね」
幾ら擬似天人を強くしても、死んでも安全という前提なら緊張感は無いに等しい。攻撃を受けても、減るのは架空の体力だけなのだから。
「……もう脱落者が出たのね。それも三人」
全ての班がダンジョン内に突入し終え、五分と経たない内に闘技場の中心へ三人の生徒が排出される。体力のゲージを全て削られ、脱落した生徒達だ。
瞳を閉じてから深呼吸をし、指輪を要にすると、ダンジョン内へ張り巡らした情報網と精神を繋ぐ。すると何もない暗闇の中に、無数のテレビ画面状の物が現れ、そこに膨大な情報が表示される。
どうやら擬似天人の力量を上げる案は功を奏しているようだ。内部の生徒達は、一層目からの擬似天人の強さに動揺を隠し切れていない。神葬具の展開すら出来ず脱落した生徒さえいる始末。
『あら、カレンは脱落してないのね。何時も大人しそうな子と二人だけだから、直ぐ落ちるかと思ったのだけど。いるとしたら、どの辺りかしらね……生徒、小波 楓の位置を表示しなさい』
瞳を閉じたまま、意識の中で画面に向かい命令を下す。まるで意思でもあるかのように、手前の画面が『小波 楓……検索中』の字を映した。やはり無意識化でも自分の脳は疲れているのか、普段以上に検索に時間を喰う。
検索完了の字が浮かぶと、一旦画面が閉じらた。再び同じ場所に開くと、映し出された画面には必死の形相で逃げ回る小波 楓と、優等生と名高い生徒野々宮 灯火の姿。そこまでは普段通りだが、一歩手前には同様に逃げ回る二年生二人組みの姿。
『ふふ、楽しそうね。でも……意外ね。蒼炎使いはソロで挑むと思ってたのに』
擬似天人には本来の天人と同様に、強力な神葬具の気配に引き寄せられる習性を付与済み。無論、ダンジョンに挑む世界二位を歓迎しての事だが、当てが外れてしまった。少しだけ子供と言われた仕返しも兼ねていたのは内緒だ。
相当な数の敵に追われていて一見絶望的だが、もしかしたらこの班が唯一の最下層通過班になるかも知れない。今は何故か班全員で逃げ回っているけれど、蒼炎使いが本気を出せば、層全体を丸ごと凍らせる事も可能だろうし。
『でも……他の班の生徒を巻き込みながら進むのは止めて欲しいわね。まるで流される枯葉じゃない。あぁ、また二班が巻き込まれた。……一応、忍ばせてる三年生に連絡取ろうかしら』
やっと完成版です…
次話は…遅くても来週には出せると思います