03『対天人育成用教育学科女子学園』【挿し絵】
助けた女に張り倒された、あの事件から半日後。
後始末に来た自衛隊員に事情を説明し、目的地まで辿り着いた時にはお天道様が上り切ってしまっていた。当初の予定では深夜前に到着する筈だったんだが、何と驚きの六時間遅刻。
「だから大遅刻を為した挙句に、頬が赤くなってたのね」
「助けに入ってビンタで恩返しされるとは思わないだろ、普通」
値を知らずとも、明らかに高価値だと分かる木製の机。そこに頬杖を付きながら、目を細める美少女。
学生と同じ制服を着込んでおり、一見小学校高学年生を思わせる発育具合。余裕を感じさせる雰囲気を纏い、相手に表情を窺わせない半目の幼い顔付き。ここの学校の生徒です、と証言しても虚偽に取られそうな外見の少女は、黒ストッキングに包まれた脚を組んで、こちらに生暖かい視線を送ってくる。
「まぁ、わたしの学園の生徒が粗相な事をしたのは、わたしが詫びるわ」
「別に良いさ、叩かれただけだし。それと、そんな外見で学校長とか言われても納得出来ないぞ」
そう、この目の前にいる小学生と勘違いしそうな幼子。名を″黒羽=レッヂ″と言う彼女は、何を隠そうこの学校、日本初の対天人育成用教育学科女子学園『明星学園』の学園長なのだ。再会した黒羽の姿を目視すると、我ながら述べている事に自信を持てない。
黒羽の外見は別として、この明星学園が建設された理由としては、「共学が大多数で男子学園もあるのに、何故女子学園は既存していないのか」という案が通ったからであり、国の予算の行く末が気になる。
加えて黒羽の外見で、どう学園長に選出されたかも謎だ。
「黒羽、今年で何歳だっけ?」
「はぁ……外国に渡っても無神経さは治らないみたいね。女性に年齢を訊くのは無作法よ。まぁ……永遠の十二歳とでも言っておくわ」
「その年は洒落にならないから止めとけ。絶対に初対面だと信じるから」
持ち前のモミアゲ長し肩までの銀髪を得意気にすくい上げている所作を見ると、如何にも子供料金発生しそうな発育劣化。お可哀そうな事で。伊達に永遠の十二歳ではない。ランドセル背負っても違和感無さそうなのが更に涙を誘う。
久々の再会で話が逸れたな。こちらも黒羽の発育具合を確かめる為だけに遥々海渡って帰省した訳じゃない。
上着の内ポケットから一つの茶封筒を取り出し、黒羽の前に差し出す。
「それよりも黒羽、この手紙本気なのか?」
一昨日の事だ。海外の軍で最前線を張っていた部隊に所属していた俺に、突然日本から招集が掛かった。届いた一枚の手紙に添えられた封筒。簡潔に手紙の内容を纏めると、日本の学園に編入席を設けたから早急に帰還してくれ、との事。封筒の中身を確認すると、間違いなく日本語で自分の名と入学した学園の名前が記されていた。
黒羽の緊急事態かと焦って駆け付けて損したな。本当に只の編入なのか。もしくは日本に連れ戻す為の口実か。
「あら、女子学園に考査過程の特別推薦で男一人。男の夢じゃない?」
黄色い視線自体は嫌いじゃない。何あの男の人格好良い、の言葉を耳にした時は柄にも無く喜んでしまって、言った女子に手を振ってしまった。女子学園様々。
引き換えに、凄まじい場違い感もある訳だが、補って余りある。学園の校門潜ってからの清潔感溢れる雰囲気は、軍隊の男臭さに比べれば万倍マシだ。
まぁある女性のお陰で、軍の作戦中でも男臭さより薔薇の香りを嗅ぐ事の方が多かったが。
「そこは素直にありがとう。でも良く案が通ったな。国は堅物だし『勝手に守れ、けど指示は出す』みたいな亭主関白の馬鹿で固められてんのに」
「こらこら、政治家を悪く言わないの。国からたっぷり金銭入れて貰って、こっちも運営出来てるんだから」
紅茶を上品に飲みつつ、先程の雰囲気を払拭するように落ち着きを取り戻す学園長。
子供を見るような、母性に満ちた視線に思わず顔を反らす。久々に受けるとむず痒い視線だ。黒羽以外で俺に、この類の視線を向ける奴なんていないし。
「貴方を呼べたのは貴方の肩書を国に言ったから。その子を呼べますよ、って伝えたら二言返事で了承貰ったわ。最初は反対してた癖に、お偉い方も現金よね」
呼ぶも何も、俺は元々日本国籍だしな。外国に間借りされていた、の方が適切だ。
我ながら達観した考えだが、俺の二年もの借り賃って総額幾らなんだろうか。最前線で暴れ回っていて、敵拠点を潰した数は何十に上る。相当の額請求しても許されると思うが。
「ちなみに俺の肩書きって何なんだ?」
「知らずは本人のみね。最強の神葬具使いさん。それとも白の防人の方が良かったかしら?」
前者は知っていたが、改めて耳にすると両者とも心を抉られる程痛々しい通り名だな。自分で名乗ってると思われたら甚だ遺憾である。他人に通り名付けられた本人は苦笑しか浮かばんぞ。
「どっちも止めてくれ。似合わん」
「なら、歩く爆薬庫なんてどう?それで歩く火薬庫さん、貴方かなり軍隊で嫌われてたみたいだけど、ご存知?」
勝手に人の通り名を物騒な物に変えた学園長は、溜め息を吐きながら受理した推薦証を摘まんで振り子のように振る。その様は、牛乳を拭いた後の雑巾の持ち方を彷彿とさせた。
おい、重要書類で遊ぶんじゃない。第一、その書類は俺が女子学園に転入する事を認める許可証も同義じゃないか。紛失したが最後、女子生徒に通報されたら警察に連行されてしまう。何事にも証拠と言う物は不可欠なんだ。
「アメリカからの緊急要請で君を送った、大統領大喜び……そこまでは順風満帆だったのよね。だけど、独断専行なんのその。戦場で暴れ回るし命令には従わないし、挙句の果てには敵のど真ん中で一騎当千……さて、君の名前、覚えてる?」
推薦書類の名前欄を指差しながら呆れた視線を放つ学園長。正直、昨日相対した天人よりも恐怖を覚える。世界の救世主なんて称される世界最強も、実際はこんな物だ。頭の上がらない相手には滅法弱い。
しかし訂正させて欲しい部分もある。確かに全て俺が引き起こした事ではあるが、歴とした理由があっての事で、結果的に全部成功させたのだから不祥事は帳消しにならないのか。
「……白=レッヂ……だけど」
名付けた黒羽には失礼なんだが、白という名を名乗るのは少し躊躇われる。一見女性と勘違いされそうな名前で、俺が名付け時に意見出来ていたら、確実に反対していただろう。
「はい良く出来ました。君が向こうに行ってからの二年、わたしは記憶喪失の君を拾った時以上に胃をキリキリさせた。わかる?二日ごとに苦情が舞い込んでくる、あの状況」
確かに戦場で使えない隊長の意見無視等はしたが、毎日苦情が出るほど問題起こしていた覚えはないぞ。
まぁ"白=レッヂ"という名前で大体が勘違いするんだが、事あるごとに処女である事を主張するこの黒羽という女性は、俺の実母では無い。
五年前、血だらけの天人の前で佇んでいる俺を発見し、保護したのが黒羽。名前から記憶、全てを無くしていた俺に白=レッヂという名前をくれたのも彼女で、立場的には養母に当たる。
育ててくれた恩義は感じているし、仕事で多忙な合間を縫って、母親として愛情も注いでくれた。
「でも、元気でいるって分かるから、嬉しかったけどね」
「迷惑だって思ってたんじゃないのか?」
「バカね。二年しか離れてなかったのに、生言うんじゃないの。今でも白はわたしの可愛い子供なんだから、母からの愛だと思って受け取っておきなさい」
容姿とは正反対の優しい視線を向けられ、居心地が悪くなり視線を逸らす。二年経っても、黒羽の視線には慣れないな。むしろ外国に行く前より苦手意識が強くなっている気もする。
「寮室はこっちで振り当ててあるし、制服はその部屋にあるからね。着替えとかは、今度都市部に出て買って来なさい。お金とかならちゃんと出してあげるから」
学生証と表面に印刷された手帳。手渡されたそれを広げると、自分の名前と所属学科、そして学年が記されていた。どうやら俺は入学したての一年部に編入されるらしい。正確な年齢が判明しないので、記入されている十六歳は、適当に当て嵌められた数字だ。
「それと……お帰りなさい、白。ふふ、やっと言えたわね」
「あぁ、ただいま。母さん」
◆ ◆
校舎に辿り着くまでに、改めてこの明星学園の広さを思い知った。
中世ヨーロッパ建築を模倣して建てられた巨大な校舎に、教室は広い雛段式。席の多さに、目を丸くしてしまった。女子学園なので、生徒数は少ないだろうと先入観を持っていたが、結構集まる物だな。
食堂があり室内プールがあり、緊急治療室なんて物も配備されている。溜め息が出るほどの豪華仕様だ。明星学園一つ建てるのに国の金がどれだけ飛んだのか。
そんな校舎はレンガ造りで計五階まであり、どんな用途に使用されているのか疑問を抱く場所が幾つか存在する。
国が苦情を出さないのは黒羽が裏工作をしているお陰ではなかろうか。
他にも生徒訓練用の闘技場があり、その奥が地下迷宮に繋がっていたりと。実習授業では黒羽の神葬具から出現させた、弱体化された擬似天人を敵として使用し、ダンジョン探索なんて物もあるらしい。俺はダンジョンのボスに配置される事もあるのだろうか。
広大な中央庭園に見事な噴水。校門を抜けてもまだ学園の敷地内であり、様々な店が立ち並んでいる。学園都市と言っても差し支えない。学園の敷地内から出ずとも、何不自由無いほど施設は充実していた。
石畳の通学路を歩くと言うのは新鮮な物だ。
加えて出会うのは女子ばかり。女子学園だから当たり前とはいえ、男には嬉しい限り。
「ちょっと……ねぇ、アンタよアンタ!」
校門を抜けて、地図と道順を照らし合わせながら寮を目指す途中、突然後ろから声を掛けられる。人違いかと無視して進もうとすると、今度はロングコートの裾を引っ張られた。
何故コートの伸び易い部分を引っ張るのだろう。相手を振り向かせるだけなら肩を叩くのが常識ではないのか。
聞き覚えのある声と、服を台無しにする行為に不満そうな視線を向けると――、
「アンタって、もしかして……昨日の夜のッ?」
俺の目の前で失禁した――いや、昨晩天人から助けた金髪の女子が、不安そうに俺のコートの裾を握っていた。
学生編の始まりです。
主人公達の名前やヒロインの名前もここから出し始めます。
プロローグ2だと思っていただければ丁度良いかと思われます。