02『穿つ銃口と少女の逆ギレ』
黒い小型の銃身を月光で瞬かせ、ベレッタM92FS拳銃の銃口が弾丸を撃ち出す。的から逸れぬよう、狙いを付けた弾丸が少女へ放たれた狂気の風鎌を相殺。生まれた衝撃波の中を躊躇無く走り抜け、助走を付けつつ斧槍を持っている西洋甲冑に飛び蹴りを浴びせる。
天人は渾身の蹴りを腕甲で覆われた片手で受けようとしたが、遅い。紙一重で蹴りが顔面を捕らえていた。
展開は気付く物じゃない、読む物だ。登場して片手で投げられるとか穴に籠るくらいの出来事だぞ。
天人との距離を引き離した事を確認し、未だに死を覚悟し続ける少女へ声を掛ける。
「なに情けなく諦めてんだよ。ゴーレム倒した時の威勢はどこ行った」
我が身の無事に驚愕したのか、目を見開いてこちらを凝視する彼女に微笑む。子供をあやす父親の心境とは、こんな感じなのだろうか。
長時間飛行機に縛り付けられていたお陰で体の反応が若干鈍いが、仕方ない。目の前の障害を突き崩すには十分。どう足掻こうとも相手は天人一人。
疑問なんだが、天人って一人の単位で良いのだろうか。
下らない考えを払拭し、蹴り飛ばした相手に再度視線を向けると、既に起き上がって体勢を立て直し済み。やはり巨人に乗っていた時よりも万倍今の方が戦い難そうだ。
「なら最初からゴーレムじゃなくて生身で来いよ……」
先程まで金髪の少女に向けられていた殺気が、全身に嫌と言う程浴びせられる。
笑いながら答え、空の右手に力を込める。創造するのは、拳銃と同時に発砲可能な小型の短機関銃。威力は低くても構わない。極力反動が小さい物を選び取れ。
想像に応えるかのように、何時の間にか空だった右手には重みを感じさせるFN P90の短機関銃が握られていた。
自分で言うのも何だが、片手で撃つには最適な選択だ。拳銃と両立可能で、尚且脇下で挟み固定する事が出来る。他の短機関銃より随分小型なそれは、重量も比較的軽量。
「さぁ、準備万端だ。始めようぜ」
こちらは確実に腰を抜かしているだろう少女が足枷になっている。彼女を狙われては、防戦一方になるのも必至。そうなれば戦闘の辛さは五割増になると述べても過言じゃない。
天人の攻撃対象を俺に絞らせ、且つ迅速に勝敗を決しなくては。
拳銃と短機関銃、両方の銃口を向け威嚇行動を取ると、天人が斧槍を地面と平行の構えにして突貫してくる。突く為の突撃だけでなく、意外性もあり相手の隙も突く事が出来そうだ。
しかし銃器構えた敵に真っ向勝負仕掛けるとは、正に凶戦士。意思が欠如しているから当然とも言えるが。
「なら、こっちも加減無しだ」
闘牛顔負けの突進に対して、脇下で挟み込んだ短機関銃を弾切れ上等の覚悟で撃ちまくり、威嚇を交えて拳銃も投下。引き金を弾く度に地面へ放り出され、散らばる空の薬莢の音が心地良い。威嚇射撃最高。安全第一の中距離万歳。
何十発もの短機関銃の弾を受け、通常の銃とは違うと悟ったのか、天人は空へ飛んで攻撃を躱す。銃弾は際限無く牙を剥き、逃げ惑う天人を狙い続ける。
悪役真っ青な戦い方をしていると、天人は痺れを切らしたのか銃弾に構わず攻撃を再開。
先ず空中から槍の突き刺し。それをバックステップで難無く躱すと、地上へ舞い戻った天人は刺さった斧槍を抜く動作はどこへやったのか素早く薙ぎを繰り出して来る。
「はい残念賞。鉛玉をプレゼントだ」
払いを跳んで避けると、背骨を痛めそうな体勢で短機関銃の銃弾をばら撒く。命中した弾は天人の鎧に銃痕を残し、所々が抉れていく。
普通の銃では豆鉄砲と同等の威力に落ちぶれるだろうが、俺の手に握られている二丁は違う。形こそ近代兵器だが、神葬具に変わりは無い。
(流石にこれくらいの豆鉄砲じゃ、鎧をひしゃげられても決定打にはならないか)
それならば、と拳銃と短機関銃を投げ捨てる。投げ捨てて二丁が地面に着いた瞬間、銃達は後片も無く消滅。一見隙だらけだが、新しい武器を練り出す為ならばそれも厭わない。
重量のあるロングコートを引っ剥がしながら、更に威力の高い銃器を想像。
(ショットガン……違う。グレネードランチャー……無理があるな。無難にあれだな)
考えを固め、創造し慣れた武器の構成を映し出す。
作り出すのはAK-47のアサルトライフル。短機関銃の低威力とは違い、アサルトライフルの威力ならば鎧くらい吹き飛ばすことが出来るだろう。
脱ぎ捨てたコートが宙を舞い、俺から離れた時、既に右手には創造したアサルトライフルが握られていた。今度は反動が強く、撃つ為に両手で構える必要があるが、威力を考慮して妥協点だ。
「その鎧、剥ぎ取らせて貰うぞ」
早速銃口を天人に向ける。この距離ならばスコープを覗かなくても百発百中の自信がある。
天人からの斧の振り下ろしを難無く避けると、上半身に狙いを定めて、撃ち抜く。銃口から放たれた銃弾が重々しく天人の鎧に突き刺さった。頑丈な鎧に穴が空き、天人の体をも貫通。
流石だAK-47。反動は大きいが見返りも大きい。
痛みを表現するように斧槍で乱雑に繰り出される乱舞。視線で追い、避ける。避けて避けて、隙が出来たところに着実に銃痕を重ねていく。
「退けよッ!」
大振りで繰り出された斧槍の足元への薙ぎ払いを後ろに跳んで避けた後、間髪入れず接近し顔面へ向けて鋭い蹴りを放つ。耳を突く金属音を響かせ、怯んだ天人が後退。その隙を逃さずにアサルトライフルの追撃。着実に追い込みを掛けて行く。
ベルトの背中にぶら下がった重々しい果実を乱暴にもぎ取り、ピン型の安全装置を口で引き抜く。
「おい、目を瞑ってろよ!」
顔面への攻撃が後を引いているのか、ふらついている天人に球状のそれを投げ付け、眺めている彼女に向って叫び、自分も目を瞑る。フラッシュバンの閃光が辺りを真っ白になるまで照らし尽くし、目を開いている者の視界を奪う。
天人にも視覚はある。加えて、天人達は光りが満ち溢れてた世界にいたのだろう、視力が悪い。耳鳴りがする音刺激で聴覚も無効になれば完璧に標的を見失う。人間よりも立ち直りは素早いが、奪えないと奪えるでは万倍違う。
俺は天人が声を出さずに頭を振っている間に、アサルトライフルを捨てて左腕を右手で握り力を込める。
「解放」
左手が白く輝く。まるで冷気を蓄えているかのように、神秘的な淡い光。
天人が斧槍を構え直そうとする動作を見た俺は、左手を引き摺るように地を駆ける。ここを逃したら機会を作るのは難しい。必ず、仕留める。
手を引き摺った場所は傷跡のように抉れ、しかし脚の速度は増す。
広げられている手。天人の目の前でそれを強く握り締め、拳は敵を射抜くかの如く雷鳴を響かせる。さながらエンジンを最大限まで掛け続けたバイクのモーターのようだ。
拳は引き込まれるように天人の心臓へ―――ぶち当る。
「――……Io lo lascio」
殴った天人の鎧が砕け、心臓を拳から出た波動が穿つ。
威力は天人の体を抜けてその後ろのビルに巨大なクレーターを形作った。
パリンッ――と不自然な、ガラスが割れたような効果音がすると天人の体が光り――その光りが消失した。これは天人達の絶命の合図。この音が聞こえると、ようやく息を整えられる時間が訪れる。1体では少し物足りない感じもするが、贅沢は言わない。
◆ ◆
一息吐き、事切れた天人の死体を放り捨てると、俺は未だに座り込んでいる彼女へ歩み寄る。
戦っている時も安全を配慮して本気を出せなかったのだが、天人が彼女の方に意識を向けないでくれて心の底から安堵している。この子を守りながら戦う、これが加わっただけで戦闘の難易度が爆発的に上昇するのは言うまでもない。
「大丈夫か?」
腰が抜けているのか、全く立つ動作を見せない彼女へ手を差し出すと、応じるように握られる。
掛け声を掛け、彼女を立たせようとするが足元がおぼつか無いようで、こちらに倒れ込んで来た。彼女が付けている香水の香りかは知らないが、ブドウ独特の甘酸っぱい匂いが、少女と俺の間に漂う。
「―――……あ、ありがと……」
天人から助けた事か、転ぶのを防ぐ為に抱き締めた事か、どれに感謝を述べたのかは分からないが、取り合えず受け取って置こう。美人からの御礼程嬉しい物はない。
確実に腰が抜けているであろう金髪の少女。
抱き締める格好になってしまったのは悪いが、彼女には少しこのままでいて貰おう。
本当なら安全な場所まで運んでやりたいが、この後は用事があるし、出来れば少女には、早めに立てるまで回復して貰いたい物だ。
「……ん?なんか腰の辺りが生暖か……ッ!」
驚いた、心底。天人の攻撃なんて目じゃ無いくらいに。
暖かくなっている衝撃的な理由は、少女の為に比喩的に表すと、濡れていたのだ。彼女が今まで座っていた場所が生温かい液体で。
ついでに伝染するかのように、液体は俺の腰辺りに染み込んで行く。俺には特殊な趣味はないのでクリーニングだな、これ。
しょん……うん、そうか。天人と戦って驚いたらこうなるわなと思いつつ下を見ていた俺は次の瞬間―――――、
「い、いやぁぁあああああああああああああッ!!!」
バシンッと夜空に気持ち良いくらい鋭い音が木霊した。なんだよ、全然動けるんじゃねぇか。
戦闘パートはここで終わりです。
ここからはヒロイン達との出会いとなっていますので、お楽しみに。