28『頭にがぶりっ』
【匂坂 舞佳SIDE】
「ったく。まさか必須課題忘れるなんて思わなかったぜ」
薄暗い深夜の学園校舎内。そこの二年の教室で、普段自分が座っている席の引き出しを探る。見回りの職員がいるのも考慮しなければならないので、当然明かりは無し。絶賛手探り中。
匂坂 舞佳、一生の不覚。まさか提出しなければ居残りの課題を、提出日前日になるまで忘れているとは。受け取った直後に引き出しに入れて頭から消失していた。
「ん~と……これか?」
数枚出現した紙を月明かりが照らす窓際まで持って行き、月の光りを頼りに目当ての物を探す。
「うわ、先月の課題だ。こんな所に入ってたのか」
むしろ熟成されていたと言い回した方が言い訳になるかも知れない。予習を怠っていたせいで、数学の課題に関しては引き千切りたくなる衝動が芽生える。元々苦手科目なのに輪を掛けて苦手になっているな。自分で言うのも何だが、進級出来るだろうか。
「白と同級生になった上に、またバカとか言われる未来……」
無事に進級出来た未来よりも安易に想像可能な点が泣ける。登校拒否に陥るかも知れない。
深い溜め息を吐きつつ、人生に絶望を抱いていた時に、三枚目辺りでやっと目的の物を発見。課題の題名の横に赤字で記されている日付の締め切りが、どう足掻いても明日だ。
「英文の翻訳……か」
やばい、超捨てたい。英語が大名行列の如く、大量に並んでいる図に涙が出そうだ。
明日の三時限目までにこれを全部翻訳とか無理に決まっているだろう。わたしの勉強の出来なさを舐めるなよ。クラスメイトに勉強を教えて貰ったら苦笑された程だぞ。端から端まで満遍無く分からなかったんだからな。
正直、同室生の外国人に頼めば一発なんだろうけども、エリーゼが教えてくれるとは到底思えないんだよな。明日が白の退院日だというのもあって、滅茶苦茶早く就寝してたし。朝の何時から迎えに行く気だお前は。
「ま、いっか。明日にでも誰かに見せて貰えば――――ん?」
必須課題を発掘した事に満足していると、背後から突然腹の虫が鳴ったような音が響く。わたしもよく訓練してて昼食を食べ損ねる事が多いし、自分からしてみれば聞き慣れた音。
だがしかし、思い出して欲しい。
ここは深夜の学園教室。わたしは身軽になる為に単独で潜入中。つまり連れ立った仲間無し。なのに背後で、わたし以外の腹が鳴る。何だこれ、下手な怪談話よりも万倍怖い。
――――がぶりっ。
◆ ◆
あの天人の都心襲撃事件から緊急治療室に入院して一週間後。体の鈍りを感じながら、やっと全回復。問題の傷は黒羽の神葬具の力のお陰で三日で治り、残りの四日間の風邪は全面的に楓とエリーゼの騒動のせいなのだが。見舞いに毎日訪れてくれたし、元々恨むつもりは更々無いけどな。
それから一日様子見の期間を経て、やっと学園の授業へ復帰。病室の白一色を見慣れたせいで、学園全体が色鮮やかに思える。
今まで何気なく食べていた学食のからあげ定食も、病院食に比べれば万倍良い。学内食堂の騒がしさも後押しして少しばかり感動を覚えた。
「やっぱり病院食って味気ないよな。こう、健康してますって感じで」
「お前人の話全然聞いてないだろ!? この包帯の事、聞いて来たの白からだよな!?」
「白様白様、わたくしの作ったサンドイッチも食べてみませんこと?白様の好きな卵サンドもありますわよ」
「テメェも人の話を聞け!っていうか今気付いたけど相談する相手悉く間違えたよ!」
先日まで病人だった後輩に怒鳴り散らす先輩と熱烈に好意をぶつけて来る先輩とは、これ如何に。
というか、エリーゼって俺の一つ上なんだよな。日頃の態度と敬語のお陰で同級生かそれ以下にしか見えない。俺が記憶喪失で実年齢不明というのもあるので、実際の年齢は分からない訳だが。
頭に包帯を巻き、手の箸を握り締めて怒り狂う舞佳。普段のカチューシャが包帯になっている点は、少し新鮮味がある。もっと大人しくしていれば大分絵になっただろうに、残念過ぎる美少女。
「襲われて噛まれたんだったな。犬か何かか」
「知るかよ……でも結構ばっくり行かれたぞ。血は出てないけど」
まだ少々傷口が傷むのか、後頭部辺りを擦り渋い顔をする舞佳。背後から襲われたのは間違いないみたいだが、舞佳曰く、殴られたという訳ではなく絶対に噛み付かれたとの事。
無論、この学園の敷地内に野良の動物は生息していない。飼い主がいる場合も同様。
『はぐはぐ……今日もご飯が美味でござるな!』
『犬と呼ばれるのは嫌なのにドックフードは食べるんでしゅね』
俺の隣に腰掛けているエリーゼの足元で、戯れている二匹の無機物生命体。こいつ等は動物とは違う系統だから無視しよう。事実、息してないからな、二匹とも。食べた物も全てエリーゼの体力や精神力の回復に回されるらしい。味覚があるのかは凄く疑問だ。
「大剣使いは噛んだ犯人を見ていませんの?」
「そんな余裕があったら捕まえてるだろ。走って振り解こうとしても全然離れないし、いざ離れたって思ったら誰もいないし」
舞佳の証言だけを採用すると幽霊の仕業になり兼ねないな。聞いていても意味不明だ。
纏めると、深夜に課題の用紙を取りに校内へ。教室で机を漁り、何とか物を発見。安心して帰ろうとした時に背後から腹の虫が鳴るような音。そして振り返ろうとしたら背面から一噛み。
なんか見事にホラー映画とかで一番最初に死ぬ奴の行動だな。咄嗟にそう思ってしまった。
「もしかして犬、お前じゃないだろうな……?」
『ま、舞佳殿酷いでござる!拙者達は夜にはお嬢様と一緒に寝ていたでござるよ!それと拙者は誇り高き狼でござる!』
「ダイゴロウではありませんわね。先ず大剣使いの頭に届きませんし、ご飯はちゃんと食べさせていますわ。むしろ、そんな意地汚い真似をしたら犬小屋に首輪で繋ぎますから」
『しくしくしく……』
舞佳からは疑われた上に犬呼ばわりされて、主からは犬小屋に住ますぞ宣言。滂沱の涙を流すのも頷ける。床中水浸しになるのは頂けないが。
「何か手がかりは無かったのか?犯人が落としたような」
神葬具でも大剣使いの舞佳ならば、日頃から体力は有り余っているだろう。だとしたら、振り解こうと激しく動き回っている間に犯人の身に着けていた品が転がっていても不思議じゃない。あわよくば犯人を特定する証拠が上がるかも知れん。
俺の問いに少しばかり唸り、突然思い出したと言わんばかりに鞄を漁り出す舞佳。忙しないな。
「相手が落としたのかどうかは知らないけど、何かの羽根っぽいのが落ちてたんだよ」
鞄に突っ込まれていた舞佳の手が再び現れると、その手に握られている大きな羽根。
漆黒の色といい、一見カラスの物にも見えるが、大きさが目に見えて違う。これ程の大きさの鳥類だと海外に行ってもお目に掛かれるかどうか疑問だ。先ず日本には生息していないだろう。
舞佳から羽根を受け取り、様々な角度から観察。羽根を見た瞬間から嫌な予感はしていたが、まさか大当たりだとは。予想が当たっていても全く嬉しくないな、これは。
「お前……これが手がかりじゃねぇか」
「だってこれ鳥の羽根だろ。確かにちょっと大きい気がするけど」
人類の敵だし、戦っていたら気付きそうな物だけどな。戦闘中は空中に何枚も舞ってるし。色違いだから気付き難いというのもあるんだろうか。いや、きっと舞佳は天人学という授業の成績も悪いに違いない。でなければ重要な羽根の色の違いには気付く。
「天人の羽根ですわね。それも……色違い」
下位、中位の天人から察せられるように、天人の翼は血色で統一されている。故に俺が今まで見て来た天人の翼は全部が赤色。
だがしかし、上位の例外を忘れてはいけない。実際、人間駆逐宣言をした二位の翼は灰色。写真でしか目視してないから本当かどうかは分からないが、諸説では上位の天人の羽根の色は違うと言われている。
生命の樹の色で考えると、何故五位の色の筈の赤が歩兵に使われているのか疑問に上がるが、こちらは天人の情報なんて一切無いも同然。肝心要の神葬具の事すら全然解明出来ていないんだから当然だ。
「もしかしたら、上位が学内に侵入してるのか」
それならば黒羽お手製の警報が鳴ると思うんだが、引っ掛かってないとしたら、上位は姿を消す能力でもあるのか。普通に生活していて背中から強襲されたとか洒落にならんぞ。
これが天人の物だと早合点するのもいけないが、このまま放置するのも不味いな。噂として広まる前に、黒羽にでも相談して置いた方が妥当か。
「よし、決めた!」
「食事中に席を立つのは無作法ですわよ、大剣使い」
舞佳が何を思ったかいきなり席を立ち、俺の持っていた羽根を指差す。というかそこまで元気なら包帯要らなくないか。
「仇討ちだ。夜の学校に出て来るなら、こっちから出向いて真っ向から叩き潰せばいい!」
相手が本当に上位天人ならば舞佳の攻撃に怒って学園全体が叩き潰されそうだ。事を起こしたのが一人なのに集団で巻き込まれる理不尽さ。人、それを巻き添えという。巻き込まれた身としては堪ったもんじゃない。
本格的に、この舞佳をどうしようか思考を回転させようとした時――、
「し、白!その羽根どうしたの!?」
満員の食堂で、こちらに近付いて来る足音と、俺の名を呼ぶ癒し系な声。残念な子と面倒な子を一手に引き受けていた身としては、この声が清涼剤にも感じた。性格って声にも影響を及ぼしたりするのか、新発見。
焦りが混じった表情を浮かべている灯火。その後を追って食堂に現れた金髪のクラスメイト。
「あ……うわぁ」
おい金髪、俺の顔を見てのその反応は何だ。四日前の深夜の自分の行動を思い出しているんだろうか。顔が尋常じゃない程赤味を帯びている。あの日以来ずっとこんな態度が続いていて、俺としては有難い限り。八重歯を見せて怒鳴る姿も良いが、照れて黙ってしまう姿も中々評価高いぞ。
「――――……げっ」
「あら、御機嫌よう。今日も犬の様な歯が素敵ですわね」
「うっさい!なんでアンタがこんなとこにいるのよ!」
「白様がおられる場所にわたくしありですわ。それ以前に、今はランチの時間ですわよ?食堂にいるのは当たり前。そんなことも分からないんですの?」
「相変わらずむかつく――ッ!」
そしてエリーゼを見てからの楓の態度の変わりよう。
病室で看病していた時もそうだが、どうしてそこまでと訊きたくなるくらい不仲だよな、お前等。髪色とか結構似てるのに。いや、似ているからこそ磁石みたいに反発し合ってるのか。
楓とエリーゼが学内食堂で交戦しないか危ぶんで余所見をしていると、何時の間にか羽根を握っている方の手を、灯火が凝視している。
「間違いない……これ、僕が持ってる羽根と一緒だ」
加筆版……今日中に出す事が出来ました…
ふふ、力尽きたぜ…
そしていざ書き直すと1000文字以上書き足している…どういうことだ
結局4000文字オーバーの癖に更新速度は何時もより早いです
一日空いてない更新って何日振りだ…
今回も楽しめて頂けたなら幸いです
新章だから無意識に力入ってたのかな…謎である