26『あたふただらけの深夜看護』
【小波 楓SIDE】
(落ち着くのよ、小波 楓!あたしは見舞いに行くだけ!そう、助けて貰った御礼も出来てないし!)
三日。あの事件から、レッヂが眠り続けている日数。
毎日、放課後になれば脚を運んでいるのに、病室へ続く渡り廊下で絶対に右往左往する。自分を納得させる為の言い訳探し、なんて思われるだろうけど、あたし自身は必死なのだ。
病室に入ったらレッヂが目を覚ましていて、あの顔で微笑んで来て、なんて事を考えると自分でも呆れる程落ち着きが無くなる。あの事件で助けて貰ってから、ずっとこんな調子で落ち着かない。
毎日通っているのが誰かに知られたりしたら恥ずかしい、なんて理由で真夜中に泥棒のように息を潜めているあたしは、我ながら何をしたいんだろう。潜入任務並みに辺りを警戒している自分に虚しさを覚えた。だからと言って真正面から堂々と入室なんて恥ずかしくて出来ないんだけど。
(眠い……なんか廊下で寝れそう)
夜中に病室に忍び込み、寝込んだままのレッヂを介抱して、そのまま病室で寝入ってしまう。早朝、寝惚けている頭を無理矢理覚醒させて、他の生徒に見付からないように寮へ帰宅、なんて生活が続いたせいか寝不足気味。
そのせいか今日の朝、寮で灯火に起こされた時にシャワー室にて、うつ伏せで熟睡していた。我ながら殺人事件と勘違いされそうな画よね。
灯火は全然驚いてなったようだけど、何でだろ。普通は相部屋の生徒がシャワー室で寝てたら驚愕するんじゃなかろうか。もう慣れました、と言わんばかりの顔をしていた気がする。
(でも、なんか寝ちゃうのよね……レッヂの寝顔見てると)
看病初日は張り切って徹夜付きっ切りまで予定していたが、レッヂの寝顔を眺めていたら唐突に睡魔に襲われた。自分でも驚くほど抗えずに寝入り、ふと目が覚めると、病人のレッヂの体を枕に座ったまま熟睡。
病人を枕にしておいて何だけど、椅子で座って眠ると体の節々が痛む。もういっその事寝袋でも持っていこうか。確か避難時用のが各部屋の洋服箪笥の中に入っていた筈だけど。
(レッヂの隣で眠ってると、安心するのよね……ずっと綺麗な花畑の夢ばっかり見れてるし)
この学園に入学して、灯火と相部屋になってから始めて自覚した事。あたしは、一人で眠るのが怖い。
傍に誰かがいる安心感が無ければ、また悪夢が襲って来る。忘れもしない両親が殺された日の事や、無力なあたしを責める自分の姿。どちらも、あたしの後悔から生まれた夢。5年以上経つ今でも、悪夢は鮮明に蘇ってしまう。
でも、灯火の傍だと夢は消え、レッヂの傍だと純白の花が咲き誇る野原の夢を見る。もしかしたら、自分で気付かない部分で、人に甘えたがっているのかも知れない。
「カレンじゃない。何やってるの?」
「ひっ!? ち、違うの!これは隠れてるとかじゃないし、レッヂの看病に来たとかじゃないのッ!」
こんな時間なら誰もいないだろう、そう高を括っていたせいか驚きが二割り増し。そして口が滑る。
言ってから気付いたけど、自分で自白してどうする。どんな犯罪者でも警察相手にはもっと粘ると思う。取調べ室に入って瞬間自供って何よ。喋りたがりか。
(……って、カレン?)
一瞬人違いかとも思ったが、記憶の中に一人だけ、自分をカレンと呼ぶ少女がいる事を思い出す。何度も楓だと言っているのに、直してくれないのは態となのだろうか。
「もしかして、白のお見舞いに来たの?」
振り返ると、舞佳先輩よりも幾分か身長の低い少女の姿。
特注で作ったと思われる小柄の制服を着込み、モミアゲが長い印象的な銀髪。幼い外見ながら見惚れるほどの端整な顔立ち。制服姿でなければ学園に迷い込んだ小学生と勘違いしそうである。
「黒羽……お願いだから会う度に背後を取るのはやめて」
「カレンの反応が面白いからよ。間を開けると油断してくれるから、驚いてくれて嬉しいわ」
喋り方や雰囲気から見て取れる外見不相応の立ち振る舞い。同じ女性としては手本にしたいくらいだ。だからと言って、あたしが実践したら絶対に粗が目立つ。実際、やってみたら灯火に引かれたし。あの時は流石に傷付いた。
口元を隠し小さく笑う黒羽に不満を言おうとするが、先程の失言を蒸し返されては堪らない。
この少女、黒羽という子は、あたしが灯火と仲良くなる前の、明星学園に入学して間もない頃に出来た友人。苗字も知らなければ、学年も分からない。本当に自分の事を語らない捻くれ者の黒羽だが、それでも時折姿を見せてくれると素直に嬉しい。天人と戦争をしている時代だ。今日明日で、友達の一人が死亡、なんて事があっても不思議じゃない。
「でも、黒羽は何でこんな所に?それに、レッヂを知ってるみたいだけど」
レッヂを白という名前で呼んでいた事。そして滅多に姿を見せない黒羽が、深夜にレッヂの寝ている緊急治療室付近で姿を現した。普通に考えれば、レッヂの知人なんだろうか。あの蒼炎使いの例もあるから、無いとは言い切れない。変に人脈広いんだから、あの男。
自信を持って言える事は家族ではないという事。だって当然でしょ。レッヂは苗字こそ外国の物だけど、名前から外見は東洋人の物。対する黒羽は、背の小ささと綺麗な銀髪が相まって精巧に作られた西洋人形のよう。家系で唯一金髪だったあたしも人の事は言えないけれど、これで家族ならばどんな家系だ。
「あら、カレンがわたしに質問なんて珍しいわね。白の事が気になる?」
「な、なんでそうなるのよ!ただその……そう!知り合いみたいな口振りだったから気になっただけッ!」
「カレンは昔から素直じゃないのよね。そこまで全力で否定すると、肯定している様にも見えるわよ」
黒羽とは学園に入ってからの付き合い、つまり出会ってから半年弱しか経過していない。なのに、まるで遠い先祖の代から友達だったような人心掌握され具合。いや、もしかしたら、あたしが分かり易過ぎるのだろうか。断じて認めたくないけど。
「ふふ、カレンを苛めるのは面白いけど、やり過ぎて嫌われるのも怖いから今日はここまでね」
あたしの横を通り抜けて、学園の校舎側へ向かって行く黒羽。
何時もの事だが、その自由奔放さに驚いて放心し掛けた。まるでレッヂを思わせる。今思えば、黒羽とレッヂは一つと言わずに、雰囲気なんかも結構似ているんじゃなかろうか。
「ってちょっと黒羽!あ、あたしは、レッヂの為に来たんじゃないんだから!」
「素直になった方が人間得よ、カレン。先人からの教えと思って試してみなさい。じゃぁ、また会いましょう」
急いで黒羽の勘違いを弁解しようとするが、既に黒羽の姿は見えない。
相も変わらず神出鬼没な友人だ。一度で良いから腰を据えて話したい物である。名前の間違いに、今の誤解や出会う度に脅かす件について煮詰めるくらいにじっくりと。
結局レッヂとの関係もはぐらかされたし、あたしのからかわれ損じゃない。なんかレッヂの看病する前に疲れてるんだけど。また病室で寝込みそうな気がする。
【小波 楓SIDE】
『一年学科 白=レッヂ』
病室の前の名簿欄に書かれた名前。病室の扉の前で再度周囲を念入りに警戒し、一息吐く。
先程の黒羽の件もあるから本当に気が抜けない。警戒を解いて油断した途端、あの蒼炎使いが突然出没、なんて事も有り得なくはないのだ。そうなれば黒羽との遭遇以上に面倒事に発展するのは必至。
(正直、これまでの三日間で蒼炎に会わなかったのが奇跡よね)
蒼炎のレッヂへの執着具合を考えると、あたしみたいな徹夜どころか授業無視して丸々一日付き添っているというのも考えられる。むしろ、この三日間で蒼炎と会わなかった方が不気味。
そう考えると病室前で思案しているよりかは、発見されない内に病室に入った方が安全かも知れない。
一度深呼吸をして腹を決めると、目の前の扉の取っ手に手を掛けて回す。
(もし起きてたら、どうしよ。まともにレッヂの顔を見る自信がないんだけど……って何怖がってるのよ小波 楓!御礼を言うんでしょ!そ、それと出来たら、最初に会った時の御礼も素直に言うの!格好良かったって……助けて貰って嬉しかったって!)
あたしは出せる今の勇気を振り絞り、取っ手を掴んでいる手に力を込めて扉を開ける。
暗いままの室内で一番最初に見えたのは、眠っている所ではなく、ベッドに座りつつも上半身を起こしているレッヂの姿。月の光が窓辺から差し込んで、レッヂを照らす。
普通ならばレッヂの目が覚めている事に驚いている所だが、それよりも気になる事がある。
何故か振り返ったレッヂの体は寝巻きに包まれておらず、上半身が剥き出しの状態。タオルで体を拭いている、というのは分かるが、あたしの脳は理解する前に過熱。きっと傍から見たら顔が逆上せ上がっているに違いない。
「な、なななななんで裸なのよ!?」
「いや、人が体拭いてる時に入ってきたのはそっちだろうが」
【野々宮 灯火SIDE】
満月が暗黒の空に映える夜。普段ならば学園の生徒が行き来する道も、不気味なほど静まり返っている。街灯と月光だけが照らしている夜道は、女子一人で歩くには少々心細く感じた。
僕、野々宮 灯火は、薄い寝巻きに上着を羽織っただけの格好で、夜道にゆっくりと歩を進める。
「……そういえば、白とここを通ったっけ」
天人の襲撃を受けた日の夜。僕が、初めて誰かを夜の散歩に誘った日。
恥ずかしくて、でも嬉しかった。普段一人で何気なく歩いている道が、彼が隣にいるだけで違って見えた。きっと、自分でも制御出来ないくらい舞い上がってたんだと思う。男の人と一緒に出掛けるなんて、夢にも思わなかったから。
だからかな、こんなにも寂しいのは。物足りなく感じてしまうのは。白と散歩をした日から、夜の散歩が苦痛に思えてしまう。あの時、勇気を出して白を誘わなかったら、こんな気持ちにはならなかったのかな。
(あれ、なんか光ってる?)
目の前の道で薄く発光している小さな物体。見る限り、懐中電灯等の人工的な明るさでは無く、蛍の光のような淡く魅せられる様な光。何の光も当たっていない暗闇で輝いている処を見るに、反射ではないらしい。
まるで蜜に引き寄せられる虫。警戒心を持たず、無用心に近付いて行く。
光を頼りに、茂みの中へ足を踏み入れると、直ぐに目的の物を発見。普段なら絶対にそんな事しないんだろうけど、小さく発光し続ける物に恐れを持たず手を伸ばす。
「これ……カラスの羽根?でも、光ってるし……何より、大きい」
こんな羽根を持つ鳥は、正に人間と同等の大きさなのだろう。冷静になってみると、驚く程木目細かく綺麗な羽根だ。このまま装飾に使っても問題なく機能するに違いない。
でも、僕はこの羽根に見覚えがある。そう、これの赤黒い物ならば、何度も目視しているのだ。
「天人の……羽根っ?」
加筆版です。伏線が追加されていますね、はい。
この次々回では、新章に突入予定です。では、また次回。