24『蒼炎の援軍』
燃え盛る絶対零度の中から現れる人影。豊満な体の線を強調する蒼炎と同色のライダースーツに、髪や瞳で激しく燃え上がる猛火。その炎の勢いと反対に、彼女の周囲は徐々に凍り付いていく。
両手に灯された蒼い炎が揺れ、蛇を思わせる動きで彼女の腕に絡みつく。
「わたくしの愛しの方に手を出すなんて、哀れな天使ですわね」
攻撃目標を俺に絞っていた天人達が、一斉にエリーゼへ向き直る。
敵意を感じ取っているのか、本能がそうさせているのか、天人じゃない俺には検討も付かないが。
「自身の行いに悔みながら、もがき苦しんで御逝きなさい――――解放」
掲げられた右腕。伝うように蒼炎が登って行き、右手に到達すると火花が上がる。現れるのは、普段使用している刀の形状ではなく――通常の物よりも大分大柄な作りの弓と、左手には指の間に挟んだ3本の矢。そのどちらもが炎で形成されていて、主の手の中で業火を滾らせる。獲物を求めるように揺れる炎の様は、獰猛な狩人その物。
間違えて敵と一緒に町を焼き尽くしてしまいそうだ。見た目だけなら、どちらが悪者か判断付かないな。
「灯火!あんま先に行くなって!」
修羅の如き面持ちで真っ向から大量の天人と睨み合うエリーゼと、その背後から俺の方へ走って来る二人組。まさかエリーゼと一緒に応援が駆けつけるとは、嬉しい誤算だ。
武器無しで、こちらに駆け寄って来る灯火と、その後ろを護衛のように追う舞佳。
神葬具を出していないのは正しい判断。エリーゼが天人を派手に引き付けている今なら、下手に神葬具を出さないで突っ切った方が天人に察知され難い。その代わりに、無防備という欠点もあるが。
「ちっ、気付きやがったか!」
群れの中の数体が無防備な舞佳と灯火を視界に捉え、得物を構えるが、その大半がエリーゼの射る炎の矢で接近する事すら叶わない。天人も気を取られていたせいか矢が直撃し、鉄壁と言われる鎧に身を包んだ中位でさえも、躱す事に専念する始末。
しかし、その中に味方を盾にして2人に向かい滑空する1体の下位天人。
舞佳が焦りつつも神葬具を展開して応戦しようとした時、武器を手に突撃する天人の体が、あらぬ方向へ吹き飛ぶ。衝撃を受けて建物に減り込んでいる状態を見る限り、大砲玉をぶつけた、と言わんばかりの弾かれ方である。
『舞佳殿、大丈夫でござるか』
『この姿になるのも久し振りでしゅね。まだ眠いでしゅけど』
その大砲玉の2匹が舞佳の前へ現れ、普段とは違う姿を見せる。
蒼炎を全身に纏う猛々しい狼と、しなやかな小さい体に炎の灯された尻尾を持つ子猫。普段の餅形状の姿からは想像も付かないが、その実、戦闘用に変身したダイゴロウとケルビンである。2匹とも体が神葬具で構成されている生き物だし、概念に囚われてはいけない。
前にエリーゼが言ってた事だが、この2匹の変身は精神力、体力共に莫大に消費するらしい。その上、エリーゼ自身も解放しているのを加えると、普通の神葬具使いの消耗の比では表せない。
だからこそ、緊急時以外は休眠形態な訳だが。この形態の2匹を見るのは、飼い主にアメリカで常時同行されていたと言っても良い俺でさえ久方振りだ。
「白、大丈夫!?」
周りを気にせず大慌てで近寄って来た灯火。傍目から見たら戦場を水鉄砲片手に闊歩する程危なっかしいな。
無事に灯火が辿り着けたのを見届けて、舞佳が進路を反転。天人の群れに視線を向け、右手を真横に突き出す。何も無い宙を力強く掴む動作をすると、その手に現れる身の丈以上の大剣。遠くまで響く烈震が、呼び出された神葬具の重量を物語っている。灯火や楓の神葬具を前提に考えると、確実に女子が扱う系統の武器ではないな。
「よし、久し振りに暴れ回るか!こっちは寝不足で鬱憤溜まってるんだ!」
神葬具を携え、天人の群に特攻する舞佳を見て思うのだが、解放したエリーゼ1人で全部片付けてしまいそうな気もする。天人を蚊トンボと錯覚しそうなくらいに呆気なく射落としてるし。
『行くぞケルビン!助太刀するでござる!』
『ふぁぁぁ……いい加減その熱血性格どうにかした方がいいと思いましゅよ』
飼い主を助けずに舞佳の後を追う凸凹の2匹。
どちらかと言うと無双しているエリーゼよりも、危なっかしい舞佳を子守してくれていた方がこっちとしても助かるがな。
「まぁまぁってとこだな……結構助かったぜ」
「これ、骨折れてる……こっちの傷も酷いよ」
正直死ぬほど痛いが、感覚が麻痺してて堪えられている。気を失いたいのに痛みで意識が戻されるとは、拷問にも似た循環だな。
血だらけで折れた方の腕を診察していた灯火が、心配げにこちらを覗き込んで来る。
俺は溜め息を吐くと、展開していた剣の神葬具を手の中から消す。舞佳や灯火だけならば、まだ戦闘を続行しなければならないが、エリーゼがいる以上、それも必要ないだろう。腕を骨折して、尚且つ体を負傷している今の状態では、足手纏いになり兼ねない。
「白……ち、ちょっとごめんね」
少しの間迷う様な挙動をしていた灯火が、座り込んでいる俺に謝りながら、いきなり抱き付いて来る。不可抗力で当たる柔らかな感触に理由を考えずに反射で、役得だな、と思ってしまう男の性。
前にも嗅いだ桃に近い優しい香りが、ポニーテールで露わになっている綺麗なうなじから漂う。
「お、おい灯火!お前、血が着くぞ!」
頭や体中の傷から流れた血が、服にも染み付いているというのに、抱き付いたら正に赤インクの版画だ。
「関係ないよ!服なんかより、白の体の方が大事に決まってる……むぅ、うぅッ!……し、白、ちょっと立てる?僕だけだと流石に……」
少し体を密着させていただけで、灯火の制服が血色に彩られ掛けている。
なるほど、体に腕を回して力んでいるのは立たせようとした為か。確かに、エリーゼと舞佳が奮闘しているからといって、この場が安全だとは限らない。何時天人に捕捉されるか分からないのは危険だ。
休息を取り、痛みが徐々に湧き上がって来た体に鞭打ち、灯火の腰に片腕を回す。
「ひゃん!? ……ち、違うよ!? 今のはそのぉ……お、お尻触られて驚いちゃっただけで、い、嫌って事じゃないからね……?」
頬を紅くした灯火の様子はとても可愛らしい。
背景で小さな戦争が勃発していなければ、事故で触ってしまった感触と合わせて幸せになれそうだ。
【エリーゼ=ディ=アルフォートSIDE】
『お嬢様、旦那様は腕の骨一本持って行かれているでござる』
脳内に伝わる従者からの報告で、更に炎を滾らせる。火の矢は無限に補充され、敵の接近を許さない。
真紅の翼で浮遊する敵を焦点に捉え、引き絞った矢先。手の中のこれが本物の弓矢ならば、わたくしの怒りで燃え尽きている事でしょう。蒼炎で形作られた弓は青々と燃え盛り、矢は仇の対象を求め疼く。
「白様の腕の分……貴方達全て屠っても対価には足りませんわ」
武器を手に突進を仕掛けて来た天人達に対し、一斉に放たれた3本の矢。敵の数からしてみれば心細い事この上ない。襲い来る天人の内3体を落とせたとしても、残りの者が我先にと押し寄せる。
「仲間がやられた事から、少しは学んだ方が宜しくてよ」
無数の狂気が降り注ぐ中、腕を空高く突き上げて指を鳴らす。高らかに指の音が響いた次の瞬間、天人の群れの前で3本の蒼炎の矢が無数に分裂。散弾の如くばら撒かれた炎は、決して避けられない雨のように天人達へ降り注ぐ。
流石に中位の天人は身を翻して装備中の盾を用い全てを防ぎ切るが、攻撃態勢のままだった下位達は瞬く間に蒼い火花の餌食となる。強固な鎧と真紅の翼に蒼炎が絡み付き、絵の具のように色を侵食していく。
兎に角、白様を無事に安全な場所まで運んで頂かなくては。その為なら、この全ての敵すら退けよう。
「見ていて下さい白様。これが貴方の為に咲かせる、蒼の火花ですわ」
蒼炎が纏わり付いた自慢のプラチナブロンドを掬い、蒼く染まった視界で撃ち漏らしを見据える。
正直、ダイゴロウとケルビンの2匹を覚醒させて、自分も解放しては、かなりの負担。白様の為ならば四肢を失おうと構わないが、白様が傷付いては意味が無い。
(これは、本当に口付けくらい要求しなくては割りに合いませんわね)
対価の見返りは白様が同意したらが基本ですけど。この戦闘を押し切ったら、或いは白様に許可して頂けるかも知れないですわ。ふふ、戦闘欲も満たせて、正に一石二魚……鳥だったかしら。
【匂坂 舞佳SIDE】
攻撃は最大の防御、よく考えられた言葉だ。同室生の戦い方を見ていて、改めてそう思う。
攻め込まれない程、激しい猛攻を掛ければ相手も退いて行くだろう。防戦一方になるより勢力戦と割り切る方が妥協も憂いもない。
2個目の発光する不気味な円陣を叩き割り、出現陣は残り2つ。
大剣を一振りする負担から、疲れの息を吐こうとした時、ビルのガラスに映り込む天人の姿。
「あぶなッ!影打ちなんて使うな!」
背後からの斧の振り下ろしを間一髪で躱すと、振り向き際に大剣を大振りで薙ぐ。下位の天人が受け止めた斧ごと吹き飛ぶ。
学園を襲撃された時のように数で押されているなら別だが、下位と一対一ならば負ける気がしない。他の天人をエリーゼが引き付けてくれているのもあって、負傷も最小限に留められている。
「でも被害はでかいな……何人死んだよ、これ」
付近にある建物には、亀裂が入っている物もあれば、豆腐のように斜めに斬られた物もある。
倒壊した破片の下敷きになり、ほぼ即死の死体達。腕を切り落とされ、泣き叫びながら死んだ男。形が残らぬほど滅多刺しにされ死んだ赤子の手を握る、首無しの死体。池が生成されそうなくらい、夥しい量の血。
もう少し早く到着していれば、助かる命もあったのに。
『舞佳殿、それでも助かった命はあるでござるよ。今は、悪の元凶を全て屠るのが先決でござる』
子犬形態時の容姿とは別物に変貌したダイゴロウが、わたしの脚を前足で叩く。まさかこの肉球で励ましと激を飛ばしているのだろうか。
『姫しゃま~、戦車がきましゅたよ~。軍の部隊みたいでしゅ~』
「まるで亀ですわね。役立たずですこと。もう半分は片付けましたわよ」
細身になったケルビンを頭に乗せたエリーゼが、何時の間にやら隣に来ていた。気配を消すな、口から心臓が飛び出そうになるくらい驚いたぞ。
敵の出現陣の大半は壊したし、戦闘は終了間際。
只、軍に呆れながら溜め息を吐いているエリーゼに心から言いたい事があるんだ。きっとこの状況を見たら軍の奴等も同じ事を言うに違いない。
「お前が強過ぎるんだよ……」
執筆速度目に見えて落ちたなぁ……確実に浸る事じゃないですね、これ。
戦闘話の描写がなんとも不器用で、自分でも気をつけているんですが、何度も使ってしまう言葉が多いです。
プロの人って凄いですよね、なんであんな文が出来るのか…マジリスペクトっす。
後書きは前作までアホみたいに長いの書いてたんで神葬具では自重している面があります。
嘘です、最新話書き終わって疲れ果てているだけです。
最近メールで更新の遅さで心配と応援を頂き、
嬉しい半分申し訳なさ半分……戦闘話はこれで終わりなので、更新速度は上がると思います。
コメディの執筆の速さは伊達じゃない。
というわけで、今日はここまでで。次回でお会い出来る事を願っています。