23『ただ1人の為に』
【匂坂 舞佳SIDE】
「白様が何所にも見当たりませんの……」
『お嬢様、気を落とさず!旦那様は絶対に見付かるでござるよ!』
わたし、匂坂 舞佳は大変後悔している。
学年が二年に上がり、相部屋の生徒が天人の襲撃で命を散らした。一人になってから相部屋生がいる心地の良さが分かり、転入生が同じ部屋になると聞いた時は少しばかり心が踊った物だが。その時の自分に今の状況を提示してやりたい。
隈が浮かび、半ば強制的に寝床から引き摺り出されたのが昼過ぎ。夜が明けるまで続けられた惚気話と、休日の気だるさが相まって、今直ぐに布団へ逆戻りしたい気分。
それに加えて、わたしの前では、自分の神葬具の蒼炎を意識しているのだろう青いドレスを着込んだ女子生徒が、場違いに女子寮を闊歩している。頭には饅頭と見紛う猫を乗せ、腕には毛色が青い犬を抱いて。
「落ち着きなさい、エリーゼ。優雅な白様の事です。もしやカフェで珈琲を嗜まれているなんて事も――」
仕舞いには自分に助言をし始める英国のお嬢様。何かを間違っても、こうは成りたくないな。注目の的になっている事に気付け。
周りから同一視されるのを避ける為、悪足掻きの視線逸らし。
ダメだ、どんな行為で誤魔化そうとも、このお嬢様に引き連れられている構図は間違いなく同じ人種と勘違いされる。違うぞ、わたしは一般人だ。少しばかり背が小さいだけで只の一般生徒なんだ。
「大剣使い、この学園にカフェは御座います?」
「舞佳って言ってんだろうが!いい加減名前覚えろよ、白もお前も!何だ、名前呼ばないのが流行ってるのか!?」
「白様以外の方の名前を覚えるのは苦手ですの」
「自信持って言う事じゃねぇよ!?」
神葬具使いの強い奴等って、もしや性格捻じ曲がった奴ばかりなのだろうか。そして、この考えが的中していたら変人が世界を守る要。絶望的過ぎて涙すら出ない。出るとしたら乾き切った笑いのみ。
自分の運命に苦笑しようとした時、寮の出口から、こちらに走り寄って来る人影。エリーゼはそれに気付かずに、まだ独り言を続けている。こうはなるまい。
「あれは……灯火か」
白経由で知り合った控えめな後輩。何でだか知らないが、休日に学園服を身に着けている。
正直、灯火のような大人しい子が全速力で疾走するとは思えないんだが。ほら、下着とか少しだけ見えたし。わたしには無い物が豪快に揺れてるし。エリーゼといい、お前といい、わたしに対する当て付けか。
「せん、ぱい……た、助けて下さい!白と、白と楓が……!」
「――――白様がどうかなさいました?」
お前は白の名前に反応して突然雰囲気を引き締めるの止めろ。普通に驚くから。
灯火が息切れと焦りで上手く説明出来ていない時に、校内に流れる放送の鐘。休日に、しかもこの音色の鐘は、何所かに天人が出現したって事に違いない。随分頻度が短いな。学園襲撃から3日経ってないぞ。
『現在、都内の駅最寄で天人の襲撃が起きています。3年部、及び出撃可能な教員は速やかに戦闘地へ急行して下さい』
◆ ◆
神葬具を出せたは良いが、結構厄介だな、これは。
背後には、中位天人の相手は到底任せられない金髪を庇い、相手は中位2体と下位1体の天人。
俺は右腕が使い物にならず、それに加えて体中が現在進行形で悲鳴を上げ続けている。本音を漏らすと、友軍到着まで何所かに引き篭っていたい程の逆境。痛みで直ぐにでも気が遠退きそうだが、それを上回る激痛がそれを許してくれない。
ここまで追い詰められたのは久々だな。アメリカで大統領が訪れていた基地を背に、最終防衛線引いた時以来かも知れん。今は大統領でも基地でもなく、好き好んで1人の小生意気な女子を守っているのだから、自分の酔狂さに呆れ果てる。
(まぁ、思った通りに何体か釣れてるし……犠牲者は減るか)
紅い翼を持つ西洋鎧達が、獲物の臭いを嗅ぎ付けたように、続々と目標を変更。一般人に向けられていた無数の殺意が、肌に突き刺さる。
視界に映る限り、中位は目の前のを合わせて5体。早急に出現陣を破壊しなければ、数が増える事は火を見るよりも明らか。中位の倍はいるであろう下位も野放しとはいかない。中位の方がビルを倒壊させたりと派手に動くが、殺しを行っている大半は下位。血塗られた武器がそれを証明している。
結論を下すと、求められるのは自衛隊が到着するまでの最低限の防衛。被害を最小限に食い止める事。
「れ、レッヂ!アンタの腕!」
「動けるなら自分の心配しておけ」
俺の腕を破損させた張本人であろう槍持ちの下位が、大振りで薙ぎを繰り出す。中位の1体もそれに合わせ、獲物の大斧を片手で軽々と振り抜く。一応とは言え、鎧に包まれた体は女性の体格の天人だが、華奢な体付きから放たれる攻撃は鉄の豪腕に等しい。
連携攻撃、予想の範疇ではあるが、そう易々と受け切れる物ではない。現存する神葬具の中で最強の盾と称される世界3位でさえ、中位2体の攻撃を何とか防ぎ切れる程度。
人間を救う武器と呼ばれても、結局は他者から奪った物。況してや、それは元々天上の代物。扱い切れないのも無理は無い。
「レッヂ、避けて!避けなさいよ!あたしなんかを庇うなぁ!」
手に握った剣を構えると、背後に庇っている楓が悲鳴にも似た声を上げる。
今から俺が避けた所で、中位と下位の攻撃が、楓と後方の人間に当たってしまう。もし万一、楓が避けられたとしても、中位の攻撃の衝撃波は、ここで防ぎ切らなければならない。
「目ぇ開けてしっかり見てろよ、楓」
石色の刀身に淡い光が絡み付く。剣に施された装飾が、咆哮するかのように鈍く輝く。
確かに俺の神葬具の外見は盾系じゃない。それ処か、石で造形された色の刀身は、一見心許ない。光で覆われて、やっと一人前の武器って感じだ。
だが、この剣は俺に光を与えてくれる。世界最強なんて称されてるのも、大半がこいつの御陰だ。
「これが、世界最強って言われた奴の力だ」
襲い来る攻撃に真正面から剣を振るう。
見せなければいけない。楓に、一般人に。飾りの無い世界最強の力を。天人に対抗する希望を消させない為に。
【小波 楓SIDE】
唖然とした。
逃げて行く大勢の人々と、あたしを庇う為に前に立ったレッヂが、中位と下位の天人の攻撃を一辺に受け止めている。
「う、うそ……」
驚きで腰が抜け掛ける。神葬具の強化が無ければ、完璧に座り込んでいた事だろう。
何所からどう見ても、レッヂの武器は攻撃特化の剣。天人の、それも中位の攻撃なんて普通に考えれば受け切れる訳が無い。その上、レッヂは片腕を負傷していて、持っている剣の外見は、どんなに言い繕っても頼りがいのある物とは言えない。
しかし、現実はこうだ。あたしの服を吹き飛ばしたり、天人の鎧を素手で殴っていた際に手を覆っていた純白の光が、中位と下位の攻撃を塞き止めている。剣の外見と反した力は、まるで岩で出来た要塞を思わせた。
「楓、人を避難させろ!」
呆然としていた時、あたしに活を入れるレッヂの声が響く。
驚きで体を少しばかり竦ませたが、直ぐに踏ん張って立ち上がり、後方の一般人の群集と、天人の武器を1人で防ぐレッヂに視線が行き来する。まるで、流れ込む大洪水を前に決壊し掛けのダムを思わせる、その姿に迷いが止まらない。
「あ、アンタは……」
「守るって約束したろ。後ろは考えるな」
「無茶よ!いっぱいいるじゃない!その2体だけじゃないのよ!?」
レッヂが防いでるのは何十の内の二体に過ぎない。確かに中位の攻撃も混ざっているが、それを除いても中位は何体いるのか想像が付かない。もし中位が二体一辺に攻撃して来たら、幾ら世界最強って言われてるレッヂだって――、
「解放」
あたしの考えを読み取ったように、レッヂの口から放たれる言葉。あたしが使おうとして、彼の横入りで遮られた、それをレッヂが唱える。
天人の暴風を彷彿とさせる攻撃を受け止めている剣の刀身が、突然霧の如く掻き消える。握りと鍔のみを残した剣。諸刃の剣。片腕を力無く垂らし、強大な力に向かって行くレッヂの姿は、これ以上ない程、その表現が合致した。
起きた事実のみを語ると自害覚悟にも思えるが、次の瞬間、また周囲を唖然とさせる光景。
「Io lo lascio!」
消えた刀身を光が再構成。それを上段から一気に振り下ろし、折角創り上げた光の壁を、創った本人が自ら手に掛けた。それも、中位や下位の天人を巻き込みつつ。今の攻撃だけでも二体は沈んだに違いない。
壁を構成していた光の粒子が飛び散り、幻想的な空間をかもし出す。
一見、レッヂは何体もの天人に囲まれて絶望的な状況なのに、それを全く感じさせない。むしろ、取り巻いている天人の方が危険な気さえする。
圧倒的だ。普段の雰囲気からは想像出来ないほどの気迫が、レッヂを覆い尽くしている。
世界最強……実力の次元が違う。あたし達だと中位1体相手にするのが精一杯。なのに、あの男は何十の数の天人に臆する事無く、正面を見据えている。神葬具の力だけじゃない。アイツは、恐怖に真っ向から対抗し続けている。
「絶対に、絶対に戻って来るから!し、死んだら許さないわよ!」
悔しいけど、今のあたしじゃ手助けにすら成れない。だったら、今あたしに出来る事をする。
唇を噛み締めると、神葬具に力を込めて、全速力で後方へ走り出す。そこには、目の前の出来事に呆然として、バカみたいに突っ立っている一般市民達。焦る気持ちを抑え、大勢の人に向かって声を上げる。
「今直ぐ遠くに逃げなさい!駅沿いに向かえば軍が来てるから!早く!」
◆ ◆
「……行ったか」
既に周りは天人で囲まれ、逃亡は許されない。洒落にならない状況だが、何故か安堵の息が漏れる。渋っていた楓が諦めて戦線離脱してくれた事に、これ程の安心があるとは。何時の間にか、アイツを仲間と認識していたんだろうか。
手にある確かな重みを握り締め、周囲を見渡す。
(敵だらけ……か。まぁ、上手くいったといえば、そうに違いないが)
このままの状況じゃ、軽くあの世行き確定だな。軍の到着は当てにしない方がマシだろう。
一人で約二十体を相手にしながら、生き残れ、か。随分と無茶を言ってくれる。激痛を忘れ、思わず苦笑が漏れた。直ぐ後に打撲したであろう脇腹の骨が痛む。笑う事も許されないのか。
剣を構える。解放している以上、長引かせたらこちらが不利だ。全力で暴れて、全力で敵に損害を与えてやろう。
取り囲んでいた敵が一斉に獲物を構えて、翼を羽ばたかせる。
「良いぜ、来いよ。全部纏めて相手してや――――」
俺の言葉を待たず、突如として数体の天人の体が蒼く炎上。遂に俺も焼きが回ったか。有り得ない幻覚がこうも鮮明に映るとは。よもや走馬灯が見えるとは、記憶喪失でも長生きする物だ。
「白様、わたくしを置いて死地に旅立つなんて、あんまりですわ。行く時は是非わたくしも御連れになって下さい」
遅くなって申し訳ない!忙しい事が多く、こんな事になってしまいました。
次回はもっと早めに挙げられると思います。