20『付き添いだから、デートじゃない!』
【小波 楓SIDE】
「えッ!? 灯火は行けないの!?」
「う、うん。昨日先生に用事を頼まれちゃって、午後まで行けそうにないんだよ……」
折角の休日。ある種恒例行事になりつつある灯火とのお出掛けが、一瞬で白紙に戻された。
既に制服に着替え終えて、済まなそうにしている灯火の言い分だと、午後過ぎからなら出掛けられる様だが、それではあたしの本願が果たされなくなってしまう。
手に握っている二枚の映画のチケット。今日はこれが目的で外出する予定だったので、灯火が行かなければ千二百円分の損失。それ以前に、灯火がいなければ、あたしは都内に出掛ける事も出来ない。
「一人で行く――」
「だ、ダメだよ楓!道に迷っちゃうし、また男の人殴っちゃうかも知れないし!」
あたしの言葉を遮る、灯火の失礼な物言い。だが、それが全て本当なのだから言い返せない。
不本意だが、あたし、小波 楓は方向音痴だ。何回も行っている都内の映画館にすら灯火の案内が無ければ辿り着けない。以前、灯火の作ってくれた地図を頼りに単独で赴こうとしたが、何故か裏道まで進んでしまい、如何わしい店の並ぶ界隈に飛び出してしまった。無論、顔を隠しながらの全力逃走である。
次の男の人を殴るという言葉。あたしの髪は、突然変異なのか血筋にはない金髪で染まっており、見つけて下さいと言わんばかりに目立つ。軽い男がその目印を頼りに近付いて来て、目に余るしつこさに、こちらは嫌悪感最大出力の蹴りで応戦。危うく警察沙汰になりかけた事もある。
「でもどうしよう。これ午前の部で終わっちゃうし」
戦闘で疲れ果てた体を睡眠で癒し、娯楽にいざ行かんと思いきや中止の危機。何より前売り券なのが痛手。予約だったら電話を入れて取り下げるのだが、もう出費をしてしまっている。出来ればこの券を無駄にしたくない。
その実、前売り券だと三百円お得に釣られた結果がこれだったりする。
「だったら、白に頼んでみたらどうかな……?」
何かを思案していた灯火が、とち狂ったのか唐突に口にする。
灯火だって、あたしとレッヂの関係を知らない訳じゃない。言われた内容が内容なだけに、意味が分からず呆然としてしまった。宙を漂っていた意識を無理矢理引き戻すと、頭を振りつつ、手のチケットを握り締める。
「レッヂに!? 無理、絶対無理!あのレッヂよ!?」
「どの白かは知らないけど……楓を一人で行かせるより、僕は白を頼った方が良いと思うなぁ」
この子は言葉の節々に脅迫観念を織り交ぜでもしてるのだろうか。普通に諭されているだけなのに、強制されている気がする。そりゃ、確かに男が近くにいた方が安全だし、レッヂだったら道には迷わないだろうけど……なんか複雑。
というより、アイツがこんな頼みに乗って来るとは到底思えない。どうせ適当に理由をでっち上げて逃げる筈だ。そうなったら有無を言わさずに単独で都内に外出しよう。流石にそれなら灯火も引き下がるだろうし。
「とにかく、一度白に言ってみようよ」
【小波 楓SIDE】
「この信号を右か。しかし分かり易いな、灯火の地図」
高を括っていたあたしがバカでした。まさかこの男が誘いに乗って来るなんて、予想外過ぎて涙が出る。
あの後、丁度良く寮のリビングでくつろいでいたレッヂに灯火が声を掛け、要望の内容を説明。どうせ断るに決まってると、遠くで様子を窺いながら決め付けていたあたしは、灯火が出した大きな丸印の身振りに口を開けて呆然としてしまった。
(灯火に提案された時は気付かなかったけど……デート、よね。これって)
気付かれない様に隣を盗み見すると、灯火に書いて貰った地図片手に辺りを見回している、都内の町並みには不釣り合いな黒コートの男。その証拠に、通り過ぎる人々が必ずと言って良い程、振り返る。
きっと、その振り返る要因にはあたしの金髪も含まれてるんだろうけど。
学園内とは違う、大多数の人が行き交う都内の雰囲気。人によりけりだけど、あたしはこの空気はあまり好きじゃない。元々人混みという物が苦手だし、生まれ持った金色の髪のせいで、変に注目を浴びてしまう。用事が無ければ、赴く事すら考えない。
「ここ辺りみたいだな。もうちょっとだぞ、金髪」
「な、何度も来てるからわかってるわよ……それと、金髪って言うな」
普段ならもっと文句を言ってるんだろうけど、今日は止めにしておく。映画が楽しみなのもあるけど、実はこの男、ここに辿り着くまでに色々気を使ってくれたのだ。混み合う電車内で空間を作ってくれたり、度々休憩を挟もうとしたり。
いっその事、いつも通りに軽口叩く態度でいてくれれば、こんな気持ちにならないのに。変に気を回されたら、意識しちゃうじゃない、ばか。
(いや待てあたし!こいつは、あたしを引ん剥いて、あまつさえ見てはならぬ現場を見た張本人なのよ!これは違うの!むず痒いこの感じは恥ずかしいんじゃなくてッ!そう、敵対心よ敵対心!)
赤くなっているであろう顔を他人に見られるのが嫌で、俯いて歩いていると、軽く柔らかい壁にぶつかる。驚きつつ顔を上げると、ぶつかった対象であろう、立ち止まった黒コートの後姿。歩みが遅くなり過ぎたのか、何時の間にかレッヂの後ろに回っていた様だ。
「ちょっと、何で立ち止まってるのよ」
女とは全然作りが違う広い背中に向かって文句を言うと、黒コートが文句に引き寄せられるように、こちらへ振り向く。何だか、鬼気迫った雰囲気を纏っているような気がするんだけど、気のせいなんだろうか。
「おい金髪。ちょっと今日観る映画のチケットを見せてくれ」
「な、何よ、いきなり……。はい、これだけど」
唐突な申し出に戸惑いながら、財布に入れてある前売り券二枚を取り出す。鞄とか面倒な物は持ち歩かない主義なので、財布なんかもポケット行きになるのだ。自分で言うのも何だけど、女としてどうかと思う。
差し出された券を受け取ると、それを凝視するレッヂ。気になる事でもあったのか。
「あぁ……俺の見間違いじゃなかったんだな」
頭を抱えかねない表情でそう言うレッヂの背後には、見慣れた目的地の映画館。そこ大きく張り出された、目的の映画の広告には、全身スーツに身を包んだ印象的な人物が、爆発を背景に飛び蹴りの体勢を取っている。
確かレッヂには観る映画の内容を教えてなかったっけ。でも、正義の味方は万国共通。しかもレッヂは男なんだから、この映画に心惹かれない筈が無い。
無意識に感情が高ぶって来る。ここ最近、災難やら戦闘やらでストレスが蓄積していたし、一気に発散出来るのは良い事だ。先に映画館の入り口へ入って行くチビッ子達を見て、負けじと後に続く。
「まさか特撮ヒーロー物とはねぇ……。悪くても恋愛物とか考えてた俺の負けか」
「何ぶつぶつ言ってるのよ!ほら、さっさと行くわよ!」
先程とは打って変わって、あたしの後で何かを呟いていたレッヂの腕を引っ張る。もう上映まで時間が無いみたいだし、席は指定だけど早めに座って置きたい。
「引っ張るなって。行くから、自分で行けるから。伸びる、袖が伸びる」
◆ ◆
灯火に頼まれ事をされて、映画を観に行きたいなんて言う物だから、てっきり依頼主と行くのかと思いきや、
「楓を連れて行ってあげて欲しいの!」
だもんな。友達思いというか、何というか。
まぁそれでも金髪のエスコートを引き受けた理由としては、生の映画館という物を見たかったからだ。記憶喪失になる前はどうか知らないが、今の俺が生まれてから、映画館なんて所には一度も行った事がない。本の方が性に合っているし、趣味に合う映画は大抵テレビで放映されるくらい昔の物。映画館に出向く必要性もなかった。
それに、今の俺が知らない物を見れば、もう5年以上も思い出せないままでいる昔の記憶が蘇るかも知れない、なんて淡い期待も混じっていたりする。
(しつこいエリーゼを何とか撒いて、名作の映画でも観るのかと思ったら特撮って……)
と思って上映まで気を落としていたんだが、観始めたら中々面白いな、これ。
内容としては、悪の秘密結社と戦う改造されたサラリーマン主人公って感じなのだが、結構奥が深い。敵役も良い味出してるし、食わず嫌いはダメだなと実感する。戦いと家庭と仕事で三つ巴になってる場面なんて見物だ。楓が熱狂するのも分かるな。
おぉ、キックか。今の必殺技の蹴りって、楓が多用する飛び蹴りに酷似してるんだが、まさかこれ観て練習したのか、お隣の金髪。
「ちょ、ちょっと……あんまり寄らないでよ」
「カップルシートなんかにするからだろ。300円返金に釣られたお前が悪い、諦めろ」
二つの席が連結して、真ん中のサイドバーが取り外されたカップルシート。普通に座っていると、体が密着して映画どころの騒ぎじゃない。無理に距離を取っている今でも、楓の葡萄っぽい香りが漂って来る近さ。
受付で応対中に、受付嬢からの「カップルシートが空いていて、そちらならお二人様で三百円引きになりますけど、如何ですか?」の言葉に楓が釣られて、普通の席から2人にしては狭苦しい相席へ。確かに特撮映画を恋人同士で観に来るはないだろうな。他の席も結構空いているし。
そして金髪は文句言うなら三百円高くても普通席にすれば良かったじゃないか。抹茶オレの代金の時も思ったが、変に節約家なんだよな、こいつ。
「い、いいいい今アンタ、あたしの脚触ったでしょ……!」
細くて綺麗な脚だが、恋人でもない奴にそんな事したら犯罪だろ。誰がするか。
ニーソックスに包まれた脚を俺から離しつつ、警戒状態を保ったまま画面に集中し始める楓。器用だな、お前。だが警戒に視線を割いていると大事な場面を見逃すぞ。
『喰らえ、必殺!ライダー○ィィィィィィクッ!』
必殺技となると派手だな。怪人が木っ端微塵。しかし館内の子供達は喜んでいる。隣の金髪も警戒を解いて吊り目の瞳を輝かせている。世も末だ。怪人とはいえ生き物が内部から爆発して喜ぶとは。
自分の夢の無さに苦笑していると、ふと小さな光が楓の方向から漏れているのに気付く。
不思議に思い視線を向けると、映画に見入っている楓の露出した両腕に、奇妙な文字が浮かんでいた。何所の国かも検討が付かないほど、歪な複数の文字。それが、鈍く発光している。
「な、なに見てるのよ……」
俺の視線に気付いたのか、楓が胸元を隠しながらこちらを睨んで来る。
着痩せするかどうかはさて置き、灯火より少し小振りだな。――――ではなく。
楓に、お前の腕が光っていると伝えようとした時、楓の両腕に浮かんでいた不思議な文字列が、まるで幻の如く掻き消える。光どころか、焼き入れられた烙印のようだった文字までも、跡形も無く綺麗サッパリと。
「ばか、えっち……見られてると、映画に集中出来ないじゃない……」
なんか親切で教えてやろうとしたのに更に評価が下がってるんだが。証拠が消えた今となっては弁解しようとしても無駄なので、諦めて放っておこう。映画に集中して、全てを忘れて貰うのが一番都合が良い。
しかし、何だったんだ、さっきの文字は。気になって映画の内容が頭に入らないぞ、どうしてくれる。
大幅修正入れました……疲れた
けっこう変わっているので、楓の出し方も変わっています。
前より良くなってると思うんですけど…