19『金髪VS金髪』
「あたしはそこの男に用があんの!アンタは引っ込んでて!」
「あらあら、怒鳴り散らすしか能が無いお犬さんは怖いですわね。もっと上品に振舞えませんの?」
案の定喧嘩になった。楓が食って掛かって、エリーゼがそれを往なしながらも的確に毒を吐く。最悪のサイクルが完成している。さっさと片方を諌めないと学内食堂が崩壊しそうだ。ここ一帯だけ世紀末の背景になるのも有り得る。
こんな騒がしい状況でも、エリーゼの頭上で幸せそうに寝ているケルビンの肝っ玉はどんな形をしてるんだ。溜め息を吐きつつ、怒り狂う金髪の後ろにいる灯火に視線を向ける。
俺も灯火も、特定の奴の往なし方なら熟知済み。灯火に金髪を任せ、俺はエリーゼを担当。出来れば担当する相手を代えて頂きたいが、金髪でも苦労しそうなので、どっちにしろ同じか。
灯火と目配せで合図を取ると、同時に頷く。向こうも俺の考えを察知してくれたようだ。感が良くて助かる。
「誰が犬ですって!?」
「分からない程おバカですのね。白様に無礼な振る舞いをする貴女で――」
エリーゼが言い終わる前に、エリーゼの背後へ回り込む。モデル顔負けの長身の腰付近へ腕を回すと、抱き締めて楓からエリーゼを遠ざけた。抱き締めたエリーゼの髪や体から香る、上品な薔薇の匂い。本当に、変な事をしなけりゃ絶世の美女なのに、お粗末。
見ると、灯火は強盗犯を取り押さえるかのように必死で楓の腰に抱きついている。その取り押さえている金髪は猛獣か何かか。
猛獣に振り回されている所を見る限り、灯火は長くは持たないだろう。灯火が押さえ切れなくなる前に応援を要請だ。
「舞佳、楓を押さえてくれ!」
「体が痛くて力が出ない……」
どこぞのアンパンヒーローか己は。そして戦闘の後遺症がそこまで長引くのか。
流石、じゃじゃ馬双剣と大飯喰らい大剣の神葬具使い。他の神葬具とは威力が桁違いだが、その燃費の悪さも桁違い。普通に戦闘しただけで楓の解放と同じくらいの体力、精神力を持って行かれているのだろう。双剣の方が言う事利かないから尚更だ。
テーブルに伏せて生霊を出さんばかりに意気消沈している舞佳を見限り、それならばとエリーゼの説得に移る。エリーゼを素早く説き伏せて、そこから楓を黙らせればこの場は納められる。
「し、白様からわたくしを抱き締めて下るなんて……あぁ、白様の匂いと暖かさ、それと程好い力強さで痛気持ち良くて、わたくし、感激の余り……ふぅ」
やべぇ凄く離れたい。猛烈に腕の中のこいつを放り捨てたい。
『旦那様……心中察するでござる』
何時の間にかエリーゼの腕の中から抜け、俺の脚をぽんぽんと叩くダイゴロウ。
犬にまで同情される俺って一体。いや、どっちかというと従者に哀れまれてる主人って一体。主従関係以前の問題だろ。
恍惚とした表情でぐったりしたエリーゼを椅子に座らせると、灯火の加勢に回る。既に楓、灯火、共に息切れを引き起こしている状態だが、金髪の猛獣が相手。油断は許されない。
「まぁ落ち着け楓。そんなに怒ってると金髪が逆立つぞ」
「誰のせいよ誰の!あの戦いの時も突然いなくなるし、人の裸は見るし、は、恥ずかしいとこも見るし!アンタが来てからのあたしって損ばかりじゃない!」
小便の所は流石に羞恥が勝つか。無理もない、周りには続々と授業を終えて学内食堂にやって来た女子生徒達。この好奇の視線視線。女性の野次馬根性は恐ろしいな。
ただ如何せん数が少ない。戦闘が堪えている生徒も大勢いるだろうし、死者も出たんだ。元気が出せるのも目の前の金髪くらいか。その金髪も現在進行形で青白い顔をし出している。
「大体アンタは……うぷ」
金髪が現在進行形で黒歴史を増やそうとしている。体調悪いのに騒ぐから大変な物が込み上げて来たようだ。幾ら外見が良くてもそれは不味い。
腰に抱き付いていた灯火もその緊急事態に気付いたようで、
「うわッ楓ごめんね!お腹の所押さえてた!平気!?」
「かなり平気じゃない……主に、お昼に食べた物が……おぇ」
「き、筋肉痛で死線がぁ……わたしの、匂坂 舞佳の一生はこんなところで終わるのか……!?」
「あぁ白様……そんな、今度は前から抱き締めて頂けるなんて……一生付いて行きますぅ……ふふふ」
阿鼻叫喚。
◆ ◆
今日も散々だった。疲れたどころの騒ぎじゃない。戦って徹夜後にエリーゼの騒ぎだから尚一層疲れた。晩飯を食べる気力さえ失われている。
制服の上着をベットへ乱暴に投げ捨てると、ワイシャツを脱ぎながらシャワー室に向かう。トイレと別々で、シャワー室が各部屋に設置されている辺り、流石女子学園と言った所か。バストイレ共同じゃない部分は黒羽の要望だと思う。あいつ、バストイレ共同が死ぬ程嫌いって漏らしてたし。
まぁ、女子が入ってるとか気を使わなくていいのは男として気楽で有難いな。
「あぁ白様……女性の目の前で躊躇無く肌を晒すなんて、殿様らしくて素敵ですわ……殿方だったかしら?」
『お嬢様、殿様は昔の大名等に使われた言葉でござるよ。旦那様に使うのなら殿方でござる』
まさか女の方が気を使わないなんて予想外だ。気配も足音も消してまで俺の後を付いて来ていたというのか。
幽霊が怖いと言う人、よく考えてみてくれ。幽霊は姿を見せるだけで実害を及ぼさない。結論、何処かのネジが緩んだ人間の方が怖い。
正直このまま振り返らずにシャワー室に立て篭もりたいが、そうすると背後のお嬢様が部屋の中で何をするか分かったもんじゃない。パンツの2、3枚余裕で紛失してそうだ。
「どうして来た?」
「白様のおられる所にわたくし在り、ですわ。何せ、将来を契り合った仲ですもの……誓いの方が良かったかしら」
何時の間にか永久就職宣言してるぞ、このストーカー娘。ちなみに事実無根だ。
振り向くと、しなを作りつつ恥ずかしげに頬に手を当てるエリーゼ。気付け、そんな動作をする雰囲気じゃない事を。今現在、自分が人として道外れた行為をしている事を。
身長の高さとは打って変わって、女性らしい華奢な肩。眠気と疲れからの同時攻撃で、ストレスがかさんでいる俺は、彼女を喜ばす事を知りつつも、力を込めてその肩を掴む。
「んぅッ!? あぁ白様、そんな、大胆です――」
エリーゼが何かを言い終わる前に、有無を言わさず開きっ放しになっていた扉から外へ追い出す。間髪入れず扉を閉めて、きちんと鍵を掛けると額の汗を拭った。
一仕事終えた後は清々しい。辛い現実は忘れて早々にシャワー浴びて寝よう。部屋の扉が叩き破られんばかりに激しくノックされているが幻聴だ。俺は何も聞こえない、聞こえません。
【匂坂 舞佳SIDE】
部屋の前の表札に書かれた『匂坂 舞佳』の字。そして、その下に追加された『エリーゼ=ディ=アルフォート』の名前。つい昨日までの寂しい1人部屋が、予期せぬ相部屋のお陰で2人部屋に。
まさか知り合ったばかりの奴とルームメイトになるとは。
しかも――――、
「白様ぁ……わたくしの何がいけませんのぉ……」
こいつの神葬具と同じで、絶対零度を体現したような落ち込み具合。帰って来たと思いきや、体育座りで部屋の隅に居座るし。息苦しい事この上ない。体育座りの背中から冷気が漂って来ている気さえする。冷房要らずで節電になるからこのままにして置こうか。
『お嬢様、気を落とさず!次はきっと旦那様も分かってくれるでござるよ!』
『姫しゃま~飴を舐めて元気出すでしゅ~』
頭の中に直接響く声を発しながら主人を慰める犬と猫のペット。
白から教えて貰ったのだが、あの2匹共エリーゼの神葬具から創り出された生き物らしい。どっちかと言うと無機物か。あぁ見えて呼吸すらしてないのだから驚き。事前情報無しに、2匹のペットが喋り出したのを聞いたら、心臓が口から飛び出していたに違いない。
子犬の方は前足で慰める様に主人を優しく叩き、饅頭のような猫は頭に飴玉を乗せて主人に擦り寄っている。凄く不思議な光景の出来上がりだ。写真を撮って其の筋の番組に送れば話題になる事請け合い。
「お、おい、どうしたんだ?」
若干迷いながらも、状況を進展させる為に決意を固めて声を掛ける。何事も始めは気遣いから。
わたしの呼び掛けにぴくりとも反応しない背中。会話不成立。夕飯も食った事だし、面倒事に巻き込まれる前に風呂入ってサッサと寝るか。
「そこの大剣使い、ちょっと話を聞きませんこと?」
遠慮させてくれ、と喉から出かかった声を飲み込む。このまま部屋に放置したら、風呂から帰って来た時にはもう室内氷河期になってる可能性も捨て切れない。大剣使いと呼ばれて一瞬で勘付いた所も、押し留まった所も、我ながら賢い判断だと思う。
それから犬と猫は、話を聞いてあげて下さい、みたいな視線を止めろ。聞くから、そんな目しなくても。
腹を決めろ匂坂 舞佳。大剣の素振り50回に比べれば同室生の奴の話を聞くくらいわけないじゃないか。苦しくても精神的な修行と割り切るんだ。
「あれは、白様と始めて御会いした去年の冬のことですわ――――」
それからわたしは夜が明けるまでの間、9時間以上の白話を聞かされ続けた。
学んだ事と言えば、人の要望を安請け合いしないって事と、男に心酔するなって事だ。この同室生の様に病んだりするのは絶対に避けたい。
白の奴に会ったらこの恨みを絶対に晴らそう。睡眠と、話聞かされ料込みで。
「白様はわたくしの危機に素早く駆け付けてくれて……ふふ、白馬の王子すら霞む素敵さですわね……」
まだ続くのか……いい加減にしろ。
少し間が開いてしまいましたね。
あべぽんちゃんねるは、また挙げられる時が着たら挙げようと思います。
全キャラ出揃ったらかな…?と作者的に考えています。