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01『衝突、土塊の天使』

「来なさい、神葬。分け隔てなく包み込む風をここに」


 呼び声に応えるかのように、産声を上げながら風が突き出された巨人の拳を包み込む。

 巨人の拳が爆風で塞き止められ、尚吹き荒れる暴風に遂には石造りの巨体が宙へ浮く。周囲にある建物が、電灯が音を立てて悲鳴を上げ、大型台風が上陸したかのような突風に、堪らず膝をついた。

 それから緑色の風が少女を覆い尽くすように集まり、衝撃波を伴った目を見張る程の爆発。限界を迎えたガラスは割れ、石や土が入らないよう腕を十字にして顔を隠す。

 吹き荒れた風が和らぎ、やっと視界が開けると、先程まで巨人の目の前に立っていた少女の姿が忽然と消失。巨人は破壊対象を見失ったからか、戸惑いを隠せない素振りで一つ目の顔を忙しなく動かしている。


 少女の姿を探す為、視界を巡らせている最中、鈍く輝く一点の光が目に止まる。

 巨人の後ろの崩れ掛けた歩道橋、そこの手摺りに立っている人影。人間には到底不可能な、瞬間移動と呼ぶに相応しい速度で移動したのだろう。闇夜で一層際立つ金色の髪を確認して、安堵の息を漏らす。

 歩道橋の上で動きを見せず、巨人の出方を窺っているのかと思いきや、それも束の間、人影が脅威的な脚力で跳躍。そして、宙を艶やかに舞う少女の足が輝く。白く、そして眩しいほどに輝いて風を纏う。


『×○&%$“♯$%&〆¶§―――――――――――ッッッッ!!』


 先程までは怒声に聞こえていた巨人の咆哮が、言葉にならない悲鳴に変わったように思えた。彼女が跳び上がり、振り被った見事な踵落としは巨人の脳天を見事に捉えている。

 石造りの頭が欠けた巨人がぐらついた瞬間を狙い、地面に着地した彼女は一回転しつつ巨体の軸足に回し蹴りを見舞う。

 痛恨の一撃で横倒しになるかと思いきや巨人が踏ん張り、コンクリートに足を減り込ませた。ゴーレムと言っても下級なのか知識が浅はかで、自分で自分を縛り、身動きが取れなくなってしまう。

 絶好の好機を逃がさず、彼女はまたも驚異的な脚力で跳躍。

 空中で振り被った回し蹴りを巨人の顔にぶち当て、衝撃で遂には巨体を押し倒した。


「――……解放(アテンド)


 彼女の足に装着している脚鎧(レギンス)の磨き抜かれた輝きが、薄緑色に染まる。色の付いた緑色の風が、金色の髪を靡かせる彼女の右足を軸に突風を吹き荒らす。

 空中で一回転二回転とし、風を纏った右足で倒れた巨体に踵落としの追撃。

 踵が着弾した巨人の胴体に亀裂が入り、そこを中心に亀裂が波紋のように広がっていく。まるで卵の殻が破られ、雛鳥が生まれるかのように。


「やっぱり、人形の中に隠れてたんだ」


 巨人の腹部に立ち、こちらから窺えない割れ目の中を見ながら彼女がそう言うと、割れた胴体の中から人一人分程の光の球体が飛び出す。逃げ去るような動作だが、直ぐに空中で留まり、光の膜を剥いで姿を曝した。

 顔を覆い尽くす西洋風の甲冑。背中に生えた血色の見事な翼は、羽ばたく度に赤い羽根を散らす。手には、見るからに重々しい斧槍(ハルバード)が握られている。

 地面まで辿り着いた羽根は粒子になって霧散し、天人は優雅に羽根が落ちた地面へ降り立つ。

 正直、先程でのゴーレムよりも性質が何万倍も悪化した。ゴーレムは巨体だから小回りが利かないが、制御していた天人は違う。あの巨大な斧槍を軽々と振り回し、一向に疲れを見せない。人類の宿敵、天人。

 これはそろそろ助っ人に割って入らないといけないかも知れないな。

 目の前で人――――……それも自分と同い年くらいの子が死ぬのは寝覚めも胸糞も悪い。


「本番はここからってわけ?随分余裕そうね、人殺しの機械」


 背丈を優に超える斧槍を軽々と振り回して構えた天人に向かい、彼女は喧嘩を売るように両手を腰に当てる。

 感嘆した。ここまで届く無言の殺気を当てられて真正面から言葉を発するとは、随分と肝っ玉が据わっている。もう彼女の度胸はあぐらを掻いていることだろう。


「ゴーレムに入ったままやられといてくれれば楽だったんだけど、これはこれで感謝するわ」


 金髪の少女は脚鎧を装着している脚を、見せ付けるように持ち上げて言う。


「これで真正面から殺し合えるもの」



 【少女SIDE】

 憎い。憎い憎い憎い。

 八重歯のある歯を噛み締める。もう目の前の敵しか見えない、仇しか見えない。

 殺す。逃がさない。この手で、必ず殺す。

 紅く広げられている翼が、暗闇で覆うように月光を隠す。こんな暗黒の中でも、天人の持っている斧槍は不気味に鈍く光を発している。

 斧槍。ハルバードと呼ばれるそれは漢字で表される通りに突いても薙いでもどちらにも使えるお互いの短所を補っている武器だ。接近出来れば直ぐに片付くのだが、距離を離せば槍が、近付けば斧が、互いに襲い掛かる。こちらが頼れる物は脚だけに纏っている鎧のみ。


(……上等。やってやろうじゃない)


 相手がどんなに強くとも、力量差があろうとも、押し通してねじ伏せるだけだ。

 静かに呼吸を整えると視野を狭める。敵の一挙手一投足を見逃さない。今ならば相手の吐いた空調の乱れも見通して見せる。


(やっぱり呼吸なんてしてる筈ないか。これじゃ、相手の息切れなんてわからないわね)


 殺すのには変わりはない。だが下手をすれば胴体が半分になっていることも十分あり得る。何より、こちらの場合、脚の装甲以外にあの斧槍が当たれば即死。掠っただけでも出血は免れないだろう。

 殺す為に冷静になれ。焦るな。


「……ッ!」


 先ずこちら側から打って出る。持ち前の速度を活かし、右脚を振り上げ渾身の力で振り抜くが、相手はもう既に移動済み。

 視界が追い切れていない。そんなのわかっている。だからこそ、全身で感じる殺気を引き寄せ、相手の場所を探るしかない。

 バク転で後退すると、先程まであたしがいた場所を抉る斧槍。コンクリートが粉砕され、その下の地面までも貫いている。飛び散るコンクリートの破片が掠れ、巨人との戦闘で破けた制服にまたもや傷が入る。


「やってくれるじゃない」


 手汗が滲み、冷や汗が頬を伝う。

 普段車が横行する道路は、ゴーレムが暴れ回った痕と天人が付けた斧槍の傷で、もはや原型を留めていない。間違いなくゴーレムに入っていた時よりも破壊力が増加している。

 天人は地面に深々と刺さっている斧槍を軽々と引き抜くと、馬鹿正直にあたしに向かって直進。

 ―――ガキンッと鋭い音と共に、真正面から脚鎧と斧槍が衝突する。衝撃波が周りの物を吹き飛ばし、あたしは大量の冷や汗の量を流す。


(……凄く強い……今まで訓練で戦った天人が人形で、こいつは殺人鬼って訳……?)


 相性はきっと、こっちの方が勝っている。相手の武器は重量がある斧槍、振り被る動作、突く動作には必ず行う為の隙が出来る筈。そう、筈なのだ。

 衝撃で吹き飛ばされながらも受け身を取り着地。奇跡的に損傷は無いが、それ以上に恐怖が湧き上がった。


(勝てない。隙が、身軽なあたしが入り込める、そんな隙もない)


 力量の差を思い知った瞬間、相手の全身が城壁のように思えて、恐怖で足が竦み、体を鎖で縛りつけられるのを感じた。

 目の前で憮然と立っていた天人が斧槍を退屈そうに一振りすると、衝撃波が飛ぶ。

 必死で横へ転がり、間一髪で無傷に終わる。だが、その攻撃であたしの背後に建っていたビルに縦の傷が深く刻まれた。

 へたり込んでしまう。そうか、一任務の中で十人中三人は必ず死ぬ……その3人がこんな気持ちだったんだ。圧倒的な力量差の前での戦意喪失。これ以上の理由はない。

 どんなに噛み付いても相手にとっては野良犬以下なんだろう。


(……ごめんね。パパ、ママ……泣き言言いたくないけど、もう貴方達のところに行っちゃうかも知れない)


 立ち上がろうと力を振り絞るが、恐怖の余りどうやら腰が抜けたらしい。

 俯くと自分の金髪が地面に着いていた。ここまで伸びたのは、実際伸ばそうとしたからじゃない。こいつ等が……本当にこいつ等が憎くて、時間を忘れて特訓して、身の回りを正す暇なんて無かった。化粧の一つもやったことが無ければ、無言で過ごす日々の連続で友達もいない。

 もうちょっと、自由にしていれば良かったと少し思ってしまう。

 顔を上げると天人が先程と同じ位置で斧槍を振り被っていた。間違いなく、あの衝撃波が来る。

 わかっていて避けようにも、足が動かない。ダメだ、本当にここで終わりなんだと悟ってしまった。残念ながら走馬灯なんて大層な物は体験出来そうにない。


「……今までの人生に後悔はないわ。ただ、腹が立つだけ」


 あんなに特訓して、ようやく、ようやくこいつ等と戦うだけの力を手に入れた。そう思っていたのに―――現実はこうだ。蟻が象に叶う訳がない。束になればなんて言うが、自分は所詮働き蟻一匹。


「アンタ達みたいなのに……太刀打ちも出来ないあたしが、惨めで、馬鹿で……どうしようもなく悔しいだけ……!」


 目蓋を強く瞑り、歯を噛み締める。涙は絶対に流さない。きっと他の生徒はわたしを教訓に訓練が無意味だと知ってくれるだろう。そんな人柱になるのは絶対に嫌だが、この際そんな生け贄のようなことしか出来ない。


「誰か、仕返しでも打ってくれるなら嬉しいんだけどなぁ……」


 でもきっと、これで死ぬ人が少しは減ってくれる。無意味に戦場へ出される生徒は減るだろう。ここまでの力量差、あたしはそれでも実技試験の成績は最上位だったのだ。


「テストとお勉強は、違うか」


 体を引き裂こうと風が迫る。突き迫る風の刃、それが黄泉の世界への迎えだと思うと、吐き気がした。


「なに情けなく諦めてんだよ。ゴーレム倒した時の威勢はどこ行った」

バトルパートはもう少し続きます。

どうぞお楽しみ下さい。

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