14『参戦、蒼の炎』
学園内に突如響き渡る警告音。アメリカの馬鹿でかいサイレン式じゃなくて少し安堵している。向こうのはここまで懇切丁寧な説明なしで、鼓膜破りの音声が鳴るだけだし。
「白、これって…」
今までの顔が一転して青褪めた表情を浮かべている灯火。
もしかしたら、灯火はこれが初の天人との戦闘なのかも知れない。本物、つまり死が混じる戦い。
灯火の言葉に頷くと、どうするか思案を繰り返す。今の警告から察するに、もう学内に出現陣が発生していて、既に天人が現れている可能性も否定出来ない。
しかし、ここに灯火を1人で置いて行く訳にもいかないし。少し身が重くなるが、仕方ないか。
「灯火、付いて来てくれ」
とにかく寮までの道を最短で突っ切ろう。送り届けたら直ぐに前線へ飛び込めば良い。流石に、3年生や教職員はこういう事態にも対応可能だろう。
素早く、AK-47のアサルトライフルを創り出し、灯火を前に先行させる。
「えっと……なんで僕が前なの?」
囮か生贄にされるとでも勘違いしたのか、灯火が不安げな声を出す。確かに説明無しで前に先行させたら勘違いされるわな。
「アメリカでの警護体勢だ。戦闘技術が上の奴の方が、前も後ろも警戒出来る。灯火は前だけ見てくれてりゃ良い」
言った通りの陣形で、アメリカでは『pursuit』と正式名称付き。戦闘慣れし、後方の気配を察知可能な上の奴が後衛。下の奴は前だけを気にすれば良いので、戦闘にのみ専念出来るという訳だ。
陣形の説明に納得行ったのか、灯火が「が、頑張るよッ」と言いつつ神葬具を展開する。
地味に初披露だったな、灯火の神葬具。こう、初見だから少し心躍る。どんな武器が出て来るか期待してしまうのは男の性だ、許せ。
注視されているのが恥ずかしかったのか、「あ、あんまり見ないで……」と灯火が頬を赤くする。着替えている訳でも無いのに胸元を隠す辺りが、日本の大和撫子情緒溢れる。パジャマ姿でその体勢だと逆に胸が強調されてダメだと思うぞ。
淡い光が灯火の手に絡み付き、それが徐々に輪を描き、鮮明さを強くする。
眩い閃光が晴れた時にはもう、灯火の手に2本の黄金色の円月輪が握られていた。2本それぞれに、白と黒のリボンが巻き付けられていて、可愛らしい印象を受ける。うん、灯火に似合っているな。舞佳と同じように大剣とかの重装備だったらどうしようかと。
神葬具を手に、先程よりも決意が篭った顔をする灯火。
これなら前を任せても大丈夫そうか。危険になったら俺が援護に割り込めば良い。灯火にとって良い訓練になりそうだ。実地訓練なんてそうそう出来る物じゃないぜ。
「それじゃ、行くか!前任せたぞ、灯火!」
【野々宮 灯火SIDE】
全力で駆け抜ける進路の先に、風景と不釣り合いな西洋鎧。紅い翼を生やしたそれは、大名行列の如く、数十体と群れを成している。狂気の沙汰とはこの事。
突っ込む気にはなれず、天人の群れの前で脚が竦んでしまう。剣や槍、人の命を奪える武器が、何本も目に映り、トラウマを呼び起こされそうになる。
鎧独特の耳障りな足運びの音が、僕達を前に停止した。
(やっぱり怖い……)
円月輪を握った手が震える。唇を痛いほど噛み締めて、目の前の敵を目視。
実は、これが本物の天人との初戦闘。僕等が入学してから、天人が学内に出現陣を開く事が無かっただけで、学園の門の外ではかなりの数の出現陣が展開されていたのだが。僕等1年生は出番なんてある筈もなく。
こんなに死を間近に感じたのは、あの出来事以来で、頭が真っ白になり掛ける。
「灯火、焦るなよ。大丈夫だ、俺が守ってやる」
頭を撫でられながら、普段よりも低く、鋭い声を発する白。その変化に戸惑って、視線を横に向けると、僕の頭を撫でつつ微笑む白の姿。
そうだ。怖がる事じゃない。神葬具もある。まだ戦う意思も折れてない。
そして――隣にいる世界最強の神葬具使い。こんな状況でも余裕を崩さない普段通りの彼を見ていて、勇気が湧いて来た。
「うん……ありがとう。戦うよ、僕も」
離れて行く手に名残惜しさが残るが、これ以上甘える訳にもいかない。円月輪を構えて息を整える。
最前列にいる天人が、翼を羽ばたかせ特攻を開始。それに釣られるかのように雪崩の如く、大量の天人がこちらに向かって押し寄せる。
「灯火、その輪で敵の注意を逸らせるか?」
頷くよりも行動で示した方が早い。
黒リボンを付けた円月輪を勢いよく投擲し、それは天人の群れの上空擦れ擦れを滑空。天人の群れが意識を円月輪に向けた隙を突いて、銃声が何度も鳴り響く。
精密に作られた訓練用天人も円月輪に反応していた。本物も同様みたいだ。きっと、神葬具の近付き=敵の接近と勘違いしているんだろう。僕の中の推測でだけど。
フリスビーのように戻って来た円月輪を迎え入れる為、手の平を突き出す。
「……お帰り」
刃がない握りの部分が手の平に納まる。神葬具が所有者を傷付けない様に配慮している為の動作なのだが、それのお陰で無機物なのに可愛く見えてしまう不思議。
「っち、数が多いな。対物ライフルは創るのに時間掛かるし……どうするか」
アサルトライフルで天人を牽制し、粘る白。銃は銃でも、威力が高い銃とかは呼び出すのに時間が掛かる、ということなのだろうか。今の銃の威力では、確かに決定打に欠ける。
なら、仲間の僕が何とか時間を稼げたら――、
「はぁぁああああああッ!!」
突然天人の群れの後方で、轟音と共に一体の天人が宙を高く舞う。掛け声からも、攻撃の仕方からも、僕の中では一人しか思い当たらない。
「やったな灯火。前衛が増えたぜ」
◆ ◆
派手な戦い方に苦笑いを浮かべる。陽動なら、あそこまで適した奴はそういない。
どうやら他の生徒も戦闘を開始したようで、其処彼処で爆発や斬撃音が響き始める。夜中の3時と言えど、学園生は皆元気みたいだ。戦っているのはほぼ3年生だろうが。
そう言ってる間に、金髪の少女が持ち前の身軽さで天人の群れから駆け抜けて来る。やっぱりと言うか、想像通りというか、脚鎧の神葬具を装着した楓の姿。
陸上選手張りの綺麗な型で突っ走って来た楓は、俺達の前で土埃を巻き上げながら急停止。
「レッヂ!灯火を知らない!? 起きたら隣にいなく――っているじゃない……」
後方に天人の群れがいるとは思えない会話だな。あからさまにがっくりした態度をするんじゃない。
所々破けた制服を着込み、欠伸をする金髪。こいつ何時も何所かに傷作ってないか。嫁入り前なんだからそういう事には気を配った方が良い。
「楓……」
「し、しょうがないでしょ!今3時よ3時!アンタ等も時間を考えて来なさい!」
引き攣った顔の灯火に、焦って反論する楓。お前も規則正しく生活するタイプなのか。結構意外だ。きっと灯火に矯正させられたに違いない。それと天人に文句を言っても無駄だぜ、きっと。
楓の背後で大剣を振り被った天人の頭を、アサルトライフルの弾丸で撃ち抜く。
「油断大敵ってな」
「わ、わかってるわよ……ありがと」
金髪が素直に御礼を言うなんて明日は雨か。言ったら神葬具で追い回されそうなので発言は控えよう。
そういや舞佳はどこにいるんだろう。こういう戦闘なら喜んで参加してそうな感じだが。また木にでもぶら下がってたりするか。もう助けないぞ。
「とにかく、こいつ等を倒して先に進むか」
丁度睡眠欲が高ぶり始めたので、さっさと終わらせて安眠したい。その為にはこの事態を手早く収拾しなくては。
前衛に俺と楓が張れるから、安心して灯火に後衛を任せられるのは大きい。後は楓が無茶をしないことを願うばかり。まぁ、助けに入れるよう見張るようにはしておこう。
アサルトライフルの銃口を天人の群れに向ける。学園の校舎が見える辺り、少しづつ押されているようだし、本気を出さずには要られないな。
「団体さん、ご案内だ」
【匂坂 舞佳SIDE】
「舞佳!そっち行ったよ!」
クラスメイトの忠告に、大剣を薙いで返答。背後から盾を構え突進して来た天人を、その武器ごと粉砕する。
体力をガシガシ削って行く神葬具に躍起になりつつも、天人の死体を積み重ねて行く。
何しろ今回は天人の数が多い。一年生の頃に遭った学内強襲の約二倍は下らない。元々長期戦は苦手な部類の大剣で、この戦闘はきつい物がある。
闘技場に天人の戦力を追い込めたまでは良かったが、その後の乱戦は見るに耐えない泥沼戦。
後どれくらい自分が持つのか。目で見えないタイムリミットに怯える。
「中位!中位がいるわ!気をつけて!」
弓の神葬具を構えた上級生の発言に、前線が混乱を増す。
中位か、不味いな。学年が入り混じっている混戦の中で中位に乱入されるのは非常事態だ。1年が恐怖で退き始めたら他の学年にも影響し兼ねない。
天人の群れの奥、宙に浮かぶ光を放つ円陣。そこからまたも紅い翼を持った騎士が出現。
「壊したいのは山々だけど、あそこまで行くのも一苦労か……」
授業通りなら、出現陣を最優先で破壊するのだが、相手もそれを簡単には許してくれない。実行する為には先ず、危険な中位の入り混じった天人の防衛線を突破しなくては。
(解放したいけど……やったら間違いなく力尽きるし)
こんな時に双剣が言うことを聞いたらと思わずにはいられない。
近付いて来た大剣持ちの天人と鍔迫り合いに持ち込まれ、冷や汗が流れ出す。限界が直ぐそこに迫っている。
押し返そうと力を込めた時――いきなり相手の天人の力押しが停止。驚いて瞳を開くと、目の前の天人は鎧ごと"蒼い炎"に纏わりつかれ燃え盛っていた。
紅い翼が包み込まれるように蒼で染まり、徐々に消失していく。
「下位なんてこんなものですわね」
大剣で体を支えながら振り返ると、そこには手に炎で形作られたような形状の刀を持ち、瞳と髪から蒼い炎を発している女の姿。その炎は、身近で燃えていても熱くはなく、むしろ凍えるほど冷たい。
他の生徒と交戦していた天人の多くが、その少女の方へ視線を向ける。
「まさか来て直ぐに天人と戦うことになるなんて……折角、あわ良くば白様と早く会おうとホテルをキャンセルして来ましたのに」
聞き覚えのある名前が少女の口から飛び出したが、目の前の異様な光景のせいで頭が働かない。
少女の手に握られた炎の刀が、迫った天人の体を両断。もはや、切れ味なんて次元じゃない。死体が残る筈の天人は、蒼の炎に絡み付かれ、焼失。もしかして、あれも神葬具なんだろうか。
少女が手を宙へ向け高く挙げると、炎が竜巻を引き起こす。その見た目と反して、周囲の気温は南極を思わせる寒さへと変貌。
天人を攻撃してるから味方だとは思うんだが、寒さでわたし達を殺す気か。
「結果オーライと取りましょう。白様に見付けて頂けるよう、盛大に暴れますわ」
手直し版です。
最後の部分だけ盛大に書き直しました。
でもまだちょっと修正するかも…楽しめていただけたら幸いです。