12『舞佳の大剣、付きし双剣』
「あ~、やばい……でじゃびゅ…」
放課後、女子達に追い掛けられるのがトラウマになり掛けている俺は、一目散に教室から離脱。真っ直ぐ寮を目指していると、目的地の通りの木にぶら下がっている女子生徒を発見。
既視感を感じたが、どうやら現実らしい。懲りないのか、こいつ。
もしかしたらこいつは囮で、近付いた途端に周囲から女子が一斉に出現したり――はないか。
「よう舞佳。またか」
初対面と同じ格好で吊るし上げられてるスパッツ娘に声を掛けると、「よぉ…」と手にした大剣を振りながら返事を返して来た。死人の息だが、まだ言葉を発せられる程度には元気があるみたいだ。
しかし、どういう原理なんだ、この宙吊りは。
神葬具は契約した時点で持ち主の武器となる――つまりは反抗なんてしない筈。重複神葬はこんなところも普通と異なるのか。契約したは良いが、神葬具が主を認め切れてないのか。まるで反抗期だな。
腕組みをして観察する。背丈に合わない大剣もそうだが、この無理に嵌め込まれた造りの双剣。揃って1体の天人から刷り込んだにしては不恰好。素人のプラモデル製作員が無理矢理やってみました感が否めない造形。
双子同然に生まれた大剣と双剣ならば造りも一緒だと思うんだが。
「そろそろ降ろしてくれ……マジしぬ」
すまん、持ち主の危機を完璧に忘れてた。
◆ ◆
「まだ気持ち悪い……」
あんだけ奇麗な宙吊りを長時間保ち続けてたら、平衡感覚も逝かれるに違いない。
重要書類を忘れたサラリーマンのように顔色を真っ青にした舞佳を隣に、寮への道を進む。これも案内された時と同じだな。
「お前ってマゾなのか?」
「違う!……おぇ、大声出したら吐き気がぁ」
思ったままの感想を述べると、舞佳が反抗しながら青白い顔をした。
本気で戻しそうなら、そこ等辺にある店に駆け込んでくれ。ここで戻されると俺まで蔑みの目で見られる。
「戦う以外に出すと…神葬具が制御出来ないんだよ…。言っとくけど、趣味じゃねぇからなッ」
宙吊りが趣味の女子学生って特殊だよな。暴露されたら珍しがる前に引くと思うが。
神葬具が制御不可なんて初耳だ。しかも戦闘時は普通に振り回せて通常時に出すと木にぶら下がることになる。神葬具がイレギュラーか、はたまたこのカチューシャロリがダメか。相性の問題でもあるのか。
「認められてないとかか?神葬具に自我があるなんて初めて聞いたが」
訊くと、舞佳が首を振って寂しげな表情を浮かべる。
いつも笑顔のこいつを見ていたから、その不意打ちに少しばかり驚いた。
「いんや……まぁ、持ち主変わって納得してないんじゃねぇかな。小娘が儂を使いこなそう何ぞ100万年早いわ!とか言ってたりして」
「持ち主が変わる?」
舞佳の発言の気になった箇所を上げると、言った本人はしまったと顔に出して頭を掻いた。失言だったみたいだな。
「あ~~……しゃぁないよな。2回も失敗してるとこ見られてるし…」
言葉の意味を上手く取れないでいると、舞佳が素早く目の前に神葬具を展開し、地面に突き刺す。大振りの神葬具特有の濃い威圧感が肌に突き刺さった。
手馴れた手付きで舞佳が大剣に触れた瞬間、大剣の軸が一瞬だけぶれる。
「はは、これだけでも一苦労……だよっと!」
ガシャンッ。そんな鈍い金属音が響き、大剣に固定されていた双剣が、放り出されて宙に浮く。鞘代わりになっていた大剣は、双剣を出したら用済みだと言うかの如く掻き消えた。
「こいつ等は、わたしの弟の形見なんだ。能力で、合体ってやつを持ってる。他の神葬具に合体出来るって訳だ」
白く、片刃の剣と黒く、両刃の剣。両方とも形は違うが、舞佳が手にした双剣を見ていると確かに似ている気がする。双子剣……なのだろうか。
体力の消耗を気にしたのか、双剣を直ぐに引っ込めた舞佳に、疑問が沸いた。
「ちょっと待て。形見ってことは、弟は死んだ……のか?だったら何で弟の神葬具がこの世に残ってる?」
俺だって間近で目撃した死は多い。神葬具使いの神葬具は、その所有者の死と共に消失するのが基本。受け継げる物でも無ければ、担い手が存在しなければ現界は不可能。
流石に訊き方が不味かったかとも考えたが、舞佳は少しばかり辛そうな顔をして、
「わからねぇけど、わたしの大剣にくっ付いて、一時的にわたしをマスターにしてんじゃないか?」
ってことは舞佳は重複神葬持ちでもなければ普通の神葬具使い……か。
見る限り神葬具の大剣としては並み以上のようだが、それでも下位の物。予想は違ったが、大きな収穫があったな。まさか他の神葬具に寄生して延命する神葬具があるとは。
「双剣が認めてくれねぇから、大剣も空回るのが多くなってるんだけどさ。でも、あいつの置き土産だし……消したいなんて思わない。だから、悩んでるんだけどな」
先程まで双剣を握っていた手を開閉して、思い出に浸るように目を閉じる舞佳。弟のことでも思い出してるんだろうか。俺には家族の記憶も無いし、浸れるような過去もないが。こいつみたく幸せそうな顔が出来るんなら、思い出も良い物なのかもな。
【黒羽=レッヂSIDE】
「今日分の仕事が片付いた――って一息ついた途端にこれって、絶対に嫌がらせよね」
事務の仕事とかは他人に任せられても、こういう重要書類を人任せにはさせられない。実際、他人に見られたら不味いことになる書類ばかりである。
脚を組み直して紅茶のティーカップを手に取ると、口元へ傾けた。
溶かして置いたイチゴジャムが程好く合い、自分を賞賛する。今日の紅茶は中々だ。白にもご馳走してあげられたら良かったのに。でもまぁ、こんな問題を持ち込んで帰省した息子に、ご馳走する必要はないか。
左手を伸ばし、頭を悩ませる大元の封筒を掴む。小さい体はこれだから不自由だ。
「編入届け…ねぇ。男子を無理矢理ねじ込むよりは簡単かも知れないけど」
封筒をくるりと裏返すと、開封口に貼られた蝋印。貴族が愛用する赤い封蝋に、刻まれた剣の家紋。
白の時もそうだけど、ここまで胃が痛む出来事が重なると冗談抜きに胃炎が発症しそうだ。職業柄仕方ないで済ませて良いものか。
総理はこの件でアメリカ大統領に激怒されたらしく、泣き付かれたわたしも、これはどう処理するのが最善か悩む。きっと目的は義理の息子。男一人を追う為にここまで仕出かす女ならば、直ぐには帰国しないだろう。
確かに両方から恨まれるのを覚悟しなくてはいけないが、それでも戦力が欲しいのもある。
「板挟みってホント面倒…」
こんな事言いつつも結果は決まっている訳だが。うん、言い訳って必要よね。
「総理と白には泣きを見て貰いましょう」
込み上げる笑いを堪えつつ、蝋を剥がして封筒を開封。中から一枚の用紙を取り出し、そこの記入欄に英字で名前を記す。オーダーメイドの万年筆の黒字は、滲む事無く、色濃く刻まれた。
『kureha-reddi』
【??SIDE】
「これだから飛行機は嫌いなのですわ」
座ったままで長時間と比べたら、二時間耐久走の方が好みに合う。普段体を動かしている身からすると、拷問のように長い時間だった。
スーツケース片手に、空港を見渡すと、日本人の多いこと多いこと。先程まで実感が湧かなかったが、この光景を目にして自分が日本に渡ったのだと実感する。愛しいあの人から日本の事は教えられたが、やはり体験するのと訊くのでは丸で違う。
『ふぁぁぁぁ……姫しゃま、付いたのでしゅか?』
脳内に響く声と、頭の上でもぞもぞと動くぬいぐるみを彷彿とさせる感触。
「ケルビン、寝過ぎると体に悪いですわよ。それと、貴方はわたくしの使い魔なのですから、何時でも動けるように警戒状態でいて頂かないと困りますわ」
頭の上に乗っかっているそれに注意すると、
『大丈夫でしゅよ、姫しゃま。やる時はやりましゅ』
緊張感のない欠伸を交えながら、ぽんぽんと頭を叩いて来る使い魔に軽い頭痛を覚えた。甘やかし過ぎたのか。そりゃ確かに猫可愛がりしておやつとかもあげているけど。
これでも戦闘時には頼りになるのだから、外見では侮れない。
『こらケルビン。お嬢様を困らせるのは止めるでござる』
スーツケースを持つ手とは反対側の腕で抱き抱えられている子犬のシベリアンハスキーもどきが、頭の上のそれに随分と特徴的な説教言葉を吐く。
青い毛の色がトレードマークの、使い魔2。これでも、氷狼を想像して創り出した。まさかこの子犬が氷狼だとは誰も想像出来まい。毛が特殊な色をしている以外は至って普通――、
「では有りませんわね……。喋ってますものね」
いつの間にか空港の人々に視線を向けられていて、慌てて移動を開始する。ぬいぐるみと勘違いされる二匹を頭に乗せ、腕に抱えて喋る姿は奇妙だったに違いない。
『お嬢様、失礼とは存じますが、まだ学園からの返事が帰っていない今、突然訪問するのは如何な物かと思うでござる』
「五月蝿いですわよダイゴロウ。文句を言うならアメリカを発つ前になさい」
ダイゴロウと呼ばれた小さい氷狼は、腕の中で『拙者は忠告したでござるよ…』と小言を漏らしているが、気にしない。
全てはあの方の為。日本の言葉で言うならば例え火の中藻屑の中。あら、水だったかしら。
「待っていて下さい、白様!」
少し遅くなりましたね、すみません
今度からちょこちょこ新キャラ出てきます
台詞多くなります…作者大変になります
なんでこんな面倒な設定にしたのか……頑張ります