11『不自然な楓』
【野々宮 灯火SIDE】
いきなりですが、僕こと野々宮 灯火。今日こそ胃が破裂しそうです。
左側では授業上の空でペン回しをしている明星学園初の男子生徒。転入から2日後でファンクラブ作ろうなんて話題が出来るのだから驚き。
確かに優しいし、昨日の戦いを見る限り強いし。カッコいいとは思うけど…それ以上に底知れぬ人。銃器の神葬具を扱ったり、1年トップクラスの楓を圧倒したりと。
そのミステリアス具合も女子の間では評判みたい。
率直に言いましょう。今現在、この胃を締め付けるような風景を作り出しているのはこの男子ではない。
さて、視点の方向を左側から右側へ。
顔を真っ赤に沸騰させたり、過去の過ちに頭を抱え込んだり、僕の隣の男子に射殺すような視線を向けたりと。まるで悪魔に取り付かれた少女。友人として見たくなかった友達の一面ベスト3に入る。
ちなみに一位が寝相です。
「灯火!なんでアンタあの男に同席許したのよ!」
鬼気迫る表情を浮かべながら小声で捲くし立てて来た楓に、後退しながら苦笑いを浮かべる。
「えっとー…まさか楓と白が知り合いだなんて。出会ってすぐ友達になったの…?」
「人のおし――恥ずかしい場面を暴露して挙句の果てに全裸にさせる男と友達になれるのアンタは?」
服が吹き飛んだのは闘技場のせいで白は知らなかったと思うんだけど。
説明すると、闘技場は神葬具を半無力化する結界らしき物で覆われている。
半無力化。言葉通りの意味で、神葬具のダメージを完璧に消し去ることなんて出来ないし何かダメージを向かわせる媒体が必要だった。それが服。
授業や許可を貰った戦闘訓練では下着が残るように教師で調節するのだが、
(昨日は楓が許可無しでやったみたいだしね…)
全面的に非があるのは我が友のような気がした。教師達に見付かっていたら僕も白も含めて教育的指導を受けていただろう。
実際はテロ並みの暴動を引き起こした生徒達の鎮圧で四苦八苦していたらしい。
校舎内を神葬具の解放で吹き飛ばしたり。全裸の――浜辺に打ち上げられた水死体のような――生徒があちらこちらに倒れていたりと。
この学園の教師になった人達は後悔の連続だ。定年まで元気に頑張って欲しい。
「こらそこ。授業は真面目に聞くように」
2日連続で天人学の授業中に注意を受けるとは思いませんでした。
◆ ◆
昼食時、考えが纏まらず、食堂できつねうどんを啜りながら放心状態。
黒羽が言ってた上位の降臨。一般にはまだ公表されていないみたいだが、沖縄が占領されたことは伝わっているようだ。
上が上位のことを隠蔽したいのは凄く理解出来る。沖縄が取られただけでも狼狽する事態なのに、上位が現れましたとか暢気に公表すれば、更に混乱は増す。確実に増す。
俺は知識しか無いが、上位――神の側近、十神階という物の総称である。
その名の通り、十位まで選定された天人がおり、その力は今のアメリカを一体で壊滅まで陥れられると言われている。ピラミッド順で一位が頂点に君臨しており、尤も神に近しい天使。
十神階になると翼の色が違い、駆逐宣言時の灰色の天使が良い例である。
黒羽は俺に、天人の十神階は生命の樹の守護天使達と酷似していると言っていたが、その言葉通りとすれば灰色の翼の天人は二位。何故駆逐宣言時に自ら地上を滅ぼしに掛からなかったのが疑問だ。きっと、天人が出現した直後の大パニック状態の人間なら、あの二位だけで皆殺しに出来たに違いない。
「重大そうな顔してどうしたのよ、最強」
「おう金髪。もう許してくれたのは嬉しいが、考え事の最中なんだ。この備え付けの塩で遊んでると良い。あぁ、食堂の物だから大量には使うなよ」
「昨日の事も四日前の事も許してないわよ!っというか塩で遊ぶって何よ!心配して損したわよ!」
一回の台詞で三個も事を済ますなんて凄いな。尊敬するわ。
上の空から戻ると、何時の間にか俺が腰掛けているテーブルの向かい側に、金髪が座っている。顔を真っ赤にして鋭い八重歯をぎらつかせている姿を見るに、腹が空いているのか。
きつねうどんのメインの油揚げを箸で掴むと、楓の目の前に持って行く。
「ほらほら~、油揚げだぞ~」
「何の儀式よ!? サンドウィッチ買って来てるわよバカ!」
俺からのささやかな謝罪だというのに。この金髪は締めでバカと言いやがる。失礼極まりないな。油揚げに失礼だろ、泣いているぞ油揚げが。
行き場を失った油揚げが箸に摘まれてぶらぶら揺れる様は悲壮感に満ちているな。
「そういや、灯火はどうしたんだ?」
いつも金髪の傍らで癒し系笑顔を浮かべている灯火が、珍しく同行していない。遂に愛想尽かされたか。灯火は粘った方だと思う。俺が灯火の立場だったらストレスで胃が破けかねん。
「職員室に呼ばれてたみたいよ」
灯火ランクの優等生が職員室に呼び出される訳か。確実に、教職員に面倒事押し付けられてるか、授業中の注意の件だろうけども。いや、後者だったら最優先で目の前の金髪も呼び出されてるか。
油揚げを一口で口に入れると、楓が心底嫌そうな顔を浮かべた。軍人流の食べ方の何所がお嫌いか。アメリカの方でも、いつ何時敵が現れるか分からないから飯をかき込むのは常識だぞ。
「アンタって、食べ方に品が無いわよね……」
「食べ方なんて個人の勝手だ。そんなことに目くじら立ててると、また怒りっぽくなるぜ?」
「誰が怒らせてると思ってんのよ!もう、知らない!」
楓はソッポを向くと、そのままの体勢で包みを破き、サンドウィッチを取り出して口に咥える。今のお前の方がよっぽど品がないと思うぞ俺は。口に出すと怒り狂うから黙っておくが。
考え込んでいた内に冷めて伸び切ったうどんを豪快に啜る。元々女子用メニューで量が少ないから、これくらいの麺が丁度なのだが、汁が全然ないのは考え物だ。素うどんでもここまで酷くない。
「……なんか、悩んでるの?」
金髪には珍しく、しおらしい態度。
そこまで気に掛かるほど、俺は可笑しかっただろうか。普通通りに振舞ったつもりなんだが。
「別に、そこまで大した事じゃないさ」
俺の返答に納得していないのか、楓が不満気な目線をぶつけて来る。
会って4日で相手の全部掌握出来たら人間関係苦労しないわな。ま、そんな相手が勘付く程、深刻気な顔してた俺も俺か。
七味を手にとってうどんにまぶしていると、楓が俺を見続けていることに気付く。
一瞬、七味を物欲しそうに注視してるのかとも思ったが、どうやら違うみたいだ。
「ねぇ、アンタ、神葬具について詳しい?」
随分唐突だなと感じながら、俺の中の神葬具の情報を整理する。
アメリカに渡っていたのもそうだが、結構一般人よりも詳しくはなっている筈だ。軍事機密の書類とか余裕で閲覧してたしな。その実、見せなきゃストライキするぞって脅した結果。やはり平和的な交渉には脅しが不可欠だよな。
「そこ等辺の研究員よりは詳しいと思うぜ」
アメリカの資料理解するのには難儀したんだ。このくらい自負しても良いだろ。
黒羽からアメリカの情報を逐一報告してくれとは言われていたが、その為に小難しい英単語をずらずら並べた資料を解読するのは吐き気を催すほど苦痛だった。もう絶対にしたくない。
「じゃあさ、血縁間での神葬具の受け継ぎってあるの?」
「親からのプレゼントってことか?前例は無い……っていうか有り得ないだろ。親が刷り込みしたのにその神葬具が子に渡るとか。親の神葬具はどうするよ」
神葬具は、その持ち主の死亡と同時に消失すると結果が出ている。
天人との契約は刷り込みを行った人物だけに有効な物だ。受け継ぐなんて事は存在しない。
「て、天人と刷り込みしないで神葬具が生まれるとか!」
焦った口調になる金髪を、不審に感じながら首を振る。
神葬具とは結局の所、天人から奪った物。元々人間に宿っていたなんて事は有り得ない。それこそ、天人と人間の間の子供、なんてレベルなら分からなくもないが。そんな事有り得ないし。
「楓だって天人と刷り込みしたから神葬具持ってるんだろ?そういうこった。元からの未知の能力なんて人間にはねぇよ。全部科学で解明されてんだから」
どんな奇跡が起こっても、人が起こせる奇跡は確立で表せる。だが、神が起こす奇跡はどうだ。地上を作ったり、猿に知能を持たせて人類にも出来る。それが、俺達の敵。神からしてみれば、自分で生み出した飼い犬に手を噛まれたって感じか。
サンドウィッチの残りを俺に放り投げて、楓が席を立つ。おい、食べ物を粗末に扱うと食べ物に泣くぞ。
「あたし食欲ないから……あげるわ、それ」
不気味なくらい元気ないな。どうかしたんだろうか。
食堂から去る楓の背を眺めながら、遠慮なく貰ったサンドウィッチを食す。ツナマヨか、中々良い趣味してるな。今度はたまごを頼むぞ金髪。
次回は少し遅くなるかも知れません
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