10『温かい家庭、レッヂ家の場合』
まさか三日連続で叩かれたり殴られたりするとは。
そういう訳で俺の横っ面には赤い手の平マーク。一昨日は楓の失禁叩き。昨日は舞佳の王子様ストレート。今日は真っ裸の引っ叩き。俺の言い分を述べさせてくれ。全部故意じゃない。
「世界は俺に恨みでもあんのか」
ここで神はと言わないのは当て付けだ。
神だったら俺達人間を殺したいほど憎んでいるんだから当然だわな。俺に狙いを定めているなら話は別だが。神葬具使い最強なんて言われてるんだし、案外否定出来なそうなのが笑えない。
「世界最強なんだから仕方ない。少なくとも神様は白にハートマークかと」
「遠回しで神様が殺したいランキング上位に入れるのやめてくれないか」
ナイフとフォークを両手に持って食卓に着いている我が義母。黒羽は学園の敷地内にある場所に住宅を構えていて……こういう時は普通嫌味なくらい大豪邸だったりするんだろうけど。
小さいんだよな、この家。2年前に黒羽と2人で都内に住んでいた時はそこまでじゃなかったんだが。黒羽曰く、俺が外国に行ってしまった事で無理に都内に住む理由が無くなったらしい。
前々から学園と都内の住宅を行き来するのは面倒と言っていたし、当然か。
なんだかんだ言って俺が海外に行くまで、ここに引っ越す予定を伸ばし伸ばしにしてくれてたんだ。
「――ありがと」
「ん、なんか言った?」
呟いた言葉が少し聞こえたのか黒羽が訊いて来たので、
「なんでもないさ。ほら、飯出来たぞー」
誤魔化しながら作り立てのからあげをテーブルに持って行く。ご飯と味噌汁、それと鯖の味噌煮込み。サラダも付け合せて置いて置く。夕食は別段がっつりしていないレッヂ家の献立。
「……ナイフとフォーク要らない」
最初から何故出していたのか気にはなってたが、ハンバーグでも作れば良かったのだろうか。
残念そうにしている黒羽に箸を一膳手渡すと俺も席に着く。向かい合わせて黒羽と、まるで合図したかのように「いただきます」が揃った。
からあげを口に入れるとサクッと固めの衣が破れて肉汁が溢れる。うん、良い出来だ。
「うわぁ……美味しくなったね。また腕上げた?」
「向こうの奴等日本食好きでねぇ。暇がありゃ作ってたからこういうのは得意になったよ。味噌汁とかも味噌を調整しといた。向こうに行く前と同じ味になってると思うぜ」
言いながら味噌汁を啜ると、2年前の味とほぼ一緒。誤差が少し――白味噌入れ過ぎたかな。
「これじゃ、母さんの手料理とか要らないかな…」
余り表情が変わらない義母なのでわかり難いだろうが、今の雰囲気的にしゅんとしているのは落ち込んでいる、または溜め息と等価。
からあげを猫舌ではふはふ言いながら食べている黒羽に、
「黒羽のは黒羽の。俺は好きだったしな、母さんの卵焼き」
「そ、そう……良かった」
照れながら答えた黒羽の様子に微笑みながら食事を進める。
変な感じだな。明星学園の制服に黒ストッキング履いた義母と食卓を囲む男子学園生。背丈とか童顔とか、小学校高学年のような容姿をしている黒羽。
不思議なところもあるし、問い質したい箇所もあるが……まぁいっかと思わせるその食事風景にまた笑みが漏れる。マザコンとか言われても言い返せないな、これじゃ。
「お、美味しいね、白」
「そうだな。ほら、米粒ついてるぞ」
笑みを作りたかったのだろう。その無理に作った笑顔に笑いながら、頬の横についているお弁当を取ってやると口に含む。米だけは良いのあったんだよな。黒羽の変な拘り。
その動作を見ていた黒羽の余裕気が、少し赤く染まる。
「……女殺し鈍感男」
ソッポを向きながら何かを呟いた黒羽に「どうかしたのか?」と訊くと、
「なんでもない。息子に良い様にされてる義母の図がなんだか納得行かなかっただけ」
言葉だけ聞くとエロすな感じがするな。アメリカの方だと「死んだらテメェの亡骸を抱いてやる!」とか下ネタに大らかだったから。こういう日本の言い回しは好きだ。
「でも本当に美味しくなった。やっぱりいっぱい作ってると、成長するのかな」
「さぁ、どうだろうねぇ」
俺が料理を本格的に始めたのは仕事で疲れて帰って来た黒羽を少しでも楽にする為。だからせめて美味い物を食わせてやりたい、と励んだ。アメリカに行ってからは、帰ったら驚かせてやろうの一心で調理を怠らなかった。それを暴露するのはちと恥ずかしいから言えないが。
嬉しそうにご飯をちょこちょこ食べる黒羽を観察しながら、俺も箸を進めた。
「そういやさ、黒羽。俺を呼んだってことは、こっち何か起こったのか?」
アメリカで暴れ回ってる最中に届いた手紙。それが切っ掛けで俺は日本に戻って来た。
白=レッヂの強制返還。簡単に言うと、今直ぐ日本に帰って来いってことである。我ながら簡単にし過ぎた勘が否めないな。
向こうじゃ冗談抜きで戦いの毎日だったし。強制返還の件はアメリカの方も渋々だった。何せ、アメリカは防衛線を何度も突破され掛けているのだから。
自慢する訳じゃないが、神葬具で近代兵器を召還可能なのは俺のみ。高火力な武器は神葬具に少ないし、言っても大剣とか斧類。対物ライフルと比べるまでもない。
黒羽からの手紙でなけりゃ、軍の仲間もいるし、俺だって素直に帰らなかっただろう。
「ニュース…観てないの?」
「観てない。アメリカ渡ってから一回もテレビを観てないさ。それに、重要なことなら黒羽から話してくれるまで待とうか迷ったけど、随分遅いんでな」
俺の世間疎さに呆れて溜め息を吐く黒羽。仕方ない、アメリカの戦線にテレビなんて出回ってないし。
「沖縄、取られました。これでわかる?」
「沖縄か……でかいな。沖縄にあった学園と基地は?」
内心動揺しながら黒羽を諭す。確か沖縄にはアメリカ軍と共同している学園が建っていた筈。相当軍事力は溜め込んでいるに違いない。下手したら東京首都の神葬具部隊にも引けを取らない実力。
しかし、その実力は黒羽の溜め息で掻き消される。
「壊滅。総理が白目向いたわよ」
あー……軍備には自信があるとか公表してたもんな、あの総理。アメリカ軍の力も借りてたし、一部の勢力丸ごと潰れたんだから、大目玉決定。
でも妙だ。ただの中位率いる部隊ならば堅実に対応出来ただろうに。対応が遅れたか。
「白が言いたいこと分かるわよ。わたしだって沖縄そんなに簡単に落ちる?って驚いたんだから」
「人の心を読むな。じゃぁ、何で堕ちたんだよ。沖縄」
そこまで物知らずなのかと落胆しながら茶を啜る黒羽を、ジッと待つ。なんだ、そこまで溜める内容なのか。次回へ続く訳でもあるまい。言っても中位が大群で押し寄せた止まりだ。
「来たのよ。上位が……1人でね」
【野々宮 灯火SIDE】
「もうお嫁に行けない……」
「げ、元気出して楓!ほら、カレーだよ~?カレーだよ~?」
全裸に剥かれて――と言っても白には非はないと思うけど――哀愁漂わせてる楓を慰めようと作って来た得意料理のカレー。少しピリっとした辛めの匂いが食欲を誘う――筈なのだが。
「ふふ、見られた。全部」
こっちが退いてしまうほど落ち込んでいる楓に、僕も成す術がなかった。
確かに男の人に裸を見られたのはショックだと同感出来るし、励ましたいのだが。
(どう励ましていいのかわからないや……)
彫刻の人は裸を何千年も見られるんだからいいじゃない!……殺されそうな気がします。
白は興味無さそうだったし!……何度も蹴られた後に窓から放り出されそうです。
楓は優しいからそんなことしないんだろうけど。でもどうやって励ませば良いのか検討もつかずに結局「カレー美味しいよー……?」に落ち着いてしまう。ポキャブラリーの少ない僕が嫌いです……。
どんよりとした重々しい雰囲気をベッドの上で体育座りしながら発する楓に頭を抱える。
とっくに食堂での夕食は終わっているし、だからこその自作カレーなのですが、今の楓には何も通用しないのでしょうか。体験してみないとわかんないよね、その辛さ。
(戦ってて服が吹き飛んで男の人に裸を見られる――うわぁ、辛い)
想像だけでここまで辛くなれるのだから実体験者は廃人化する程なのだろう。
(で、でも白なら……そこまで嫌じゃない……かも?)
お姫様抱っこの感覚がまだほんのりと残っていて、その感覚を思い出そうとしている自分に少し赤面してしまう。変だなぁと考えながら楓を慰める作業に戻って――今夜も更けて行く。
新しく書き直しました
これからちょこちょこ上げていきます