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物に宿る精霊が見えるのでアンティークショップで働きます  作者: 氷純
第一章 帝政期編

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第二十七話 追いかけっこ

 最短距離で下町を走り抜けたチトセはそのままの勢いで裏町に入った。

 一年ぶりの裏町は相変わらずのすえた臭いが漂い、剣呑な気配を纏う男が路地裏から目を光らせている。ほとんど下着と変わらない姿の客引き女が雑に積まれた木箱に座って化粧をしていた。


 慣れ親しんだ空気感だが、チトセに気付いた人間は厄介ごとの臭いをかぎ取ったのか次々と身を隠していく。アシエラのような表の大人とは違い、裏町の大人は子供を守る気などさらさらない。

 自分で解決できないならどうせ死ぬ。皮肉なことに大人も子供も裏町では平等だ。


 チトセの横を飛ぶティ・キーが声をかけてくる。


「して、あの男をどう処理する? このまま逃げ回ってアシエラを待つか?」

「間に合うか分からない助けを待つほど裏町育ちは甘くないよ」


 チトセは姿勢を低くして道端に転がるワインボトルを手に取る。装飾のない陶器のボトルはずっしりと重量感があった。

 肩越しに男を睨むが、陶器のボトルに怯んだ様子はない。


 チトセはわざとワインボトルを肩の高さまで振り上げながら路地を曲がって姿を隠した。並の思考力がある人間なら、チトセがボトルを振りかぶって出待ちしている可能性を考えて大回りに路地を曲がるはずだ。

 チトセは出待ちなどせずに路地を走りながら後ろを見る。男は曲がり角に手をついて小回りに曲がってきた。チトセが出待ちしていないと読んだのか、出待ちされても対応する自信があるのか、ただの馬鹿かだ。


 ただの馬鹿が一年もの間、バジガンファミリ―や衛兵から逃げ果せているとは考えにくい。


「お嬢、やつめなかなかの健脚だぞ」

「逃げ足より倫理感を身に着けてほしかったね!」


 路地を塞ぐように積み上げられた廃材と生ごみを見つけたチトセは、積み方から安定した足場を見分けて飛び乗り、器用に足場を渡って乗り越える。

 チトセと同じように登ろうとした男は体重差のせいで足場が崩れたらしい。廃材の向こうでガラガラと崩れる音が聞こえてくるが、男が落下した音は聞こえてこない。

 大分距離が縮まっていたようだが、廃材の山がちょうどいい障害物となってチトセは男との距離を稼いだ。


「あまり裏町に深く入るとアシエラが辿り着けぬぞ」

「アシエラさんは当てにしてない。あの男を衛兵に突き出すわけにもいかないんだから」


 チトセの目的は裏町にあの男を誘い込み、騒ぎに気付いたルマン率いるバジガンファミリーに引き渡すことだ。ルマンなら、ボスであるバジガンを殺しただろうあの男の処理を内々に済ませてくれる。


「ルマンたちと合流したら、精霊魔法であの男を拘束するから、そのつもりでいて」

「あいわかった。お嬢も魔力の余裕は残しておくようにな」


 チトセはティ・キーの言葉に頷き返す。

 精霊魔法はある程度練習してきたが、チトセ自身の魔力がそう多くないため乱用できない。使いどころは見極めなくてはいけない。


 チトセはその場でくるりと反転しながら手に持ったままのワインボトルを振りかぶる。ちょうど廃材の山の頂上に登ってきた男に目掛けて、ワインボトルを全力で投げつけた。

 足場の不安定さもあって、男は流石にぎょっとした顔で目を見開き、慌てて頭を伏せる。ちょうど生ごみが積まれている箇所だったため、顔を上げた男は怒りの形相で髪についた魚の骨を払いのけた。


「クソガキが。覚悟はできてんだろうな!?」

「覚悟は喧嘩を売る前に済ませておくものだよ、素人さん」


 男を嘲って、チトセはバックステップを踏みながら舌を出す。


「夕方までに私を捕まえないと、河船でどっかに行っちゃうからね」


 店に危害を加えると男に脅されないように、チトセはさらに煽って再び逃げ出した。

 頭に血が上った男は服が破けるのも気にせず廃材の山を滑り降り、追いかけてくる。


 全力疾走で路地を縫うように走り抜けながら、チトセは周囲の気配に耳を澄ませた。

 裏町全体が静かに、だが確実に動き始めている。余所者同士の喧嘩が起きた時とは違う。マフィアが動き出したときの静けさだ。

 関わりたくない者たちが息を殺す静けさと、統率の取れた暴力集団が動く物音。この肌感覚は裏町で育ったチトセだからこそのもので、追いかけている男が察するのは難しいだろう。


 バジガンファミリーが動き出しているのを確信し、チトセは目的地を定める。

 明らかに目的地を定めた動きをすると男に気付かれるため、チトセはあえて太陽の位置を確認して時間を気にする素振りをする。


 ――夕方まで逃げ続ける。その言葉を実行するつもりだと思わせるためだ。


 タンッと軽い足音で踏み切り、チトセは路地に寝転がる野良犬を飛び越える。反応した野良犬が不快そうに顔を上げ、チトセの逃げる背中を見て本能を刺激されたのか起き上がる。

 その野良犬のすぐ横を男が走り抜ければ、野良犬は唸り声を上げて威嚇するにとどめて再び寝転がった。


「あの駄犬、いつも根性無しなんだから!」

「お嬢、口が悪いぞ」

「素なの」

「――お嬢! 伏せよ!」


 ティ・キーの忠告を聞き、チトセは走る勢いを殺さずスライディングする。頭上を薪が飛んで行った。

 裏町の住人たちが路地で焚火をする時の薪束から抜き取って男が投げたのだろう。


「物を人に投げるなって親に教わらなかったの!?」


 チトセが嚙みつくと、男は舌打ちする。


「お前も投げただろうが!」

「私は親の顔も知らないよ、ばーか!」


 まさか反論が返ってくると思わなかったのか口ごもるあたり、男は生みの親と暮らしてきたのだろう。

 だが、男に良心はないらしい。チトセに同情して足が鈍ることもなく、健脚振りを発揮している。


 チトセとしても好都合だ。もうじき目的地に到着する。男を下手に引き離すと誘い込めなくなる。

 バジガンファミリーの拠点となる建物群。裏町の中ではしっかりした造りの建物が並ぶそこはマフィアが睨みを利かせる飲食街だ。


 チトセの読み通り、この通りに一般人はいない。建物の中に避難させたのか、人払いを済ませてある。チトセも顔を見知っているバジガンファミリーの若手が何人か、一般人を装ってたむろしていた。

 しかし、追ってくる男は一年もの間、バジガンファミリーから逃げ回った実績がある。若手の顔を覚えていても不思議ではない。


 チトセは勝負に出る。

 右足を軸に反転。声を張り上げる。


「ティ・キー!」

「応とも!」


 ティ・キーが魔力を放出し、チトセの前に魔法陣を展開する。

 チトセは魔法陣へ右手を押し当て、魔力を流し込んだ。

 残り五歩ほどでチトセに手が届く距離にいた男が驚愕に目を見開く。


 魔法陣から樹木が出現する。青々とした葉を茂らせた大木は天ではなく男目掛けて急速に成長し、甘いケーキの香りを周囲に充満させた。

 大木の樹冠に押し込まれ、通りの奥、突き当たりへと叩きつけられた男は肺の空気を押し出され、なおも成長する大木の枝葉で壁に拘束される。

 息もできずにもがく男は諦めきれないようにチトセへ手を伸ばし、残り少ない肺の空気を吐き出しながら怨嗟の籠った声を投げかける。


「帝国人が持っていていいものじゃない! 返せ! サウベリアの――」

「これはお義父さんから貰った形見なの。お前ごときが触れていいものじゃない」


 きっぱりとチトセは言い切り、短剣を胸に押し抱いた。


「略奪者め……!」


 男は悔しそうに歯ぎしりするも、息が持たなかったのか失神した。

 チトセはすぐに魔力の供給を切り、精霊魔法を中断する。途端に通りを埋め尽くしていた大木が消失し、支えを失った男が地面に倒れ込んだ。

 チトセは短剣を握りしめて息を吐き出し、呆気に取られているバジガンファミリ―の若手に鋭い視線を向ける。


「ぼさっとするな! 早くあいつを捕まえなよ。毒を持ってるかもしれないから、裸に剝いとけ!」

「お、おう」


 十歳そこらの少女に命令されても、先ほど見た精霊魔法が効いているのか若手たちは反論せずに男へ駆け寄って四肢を押さえる。

 これで一件落着かと肩の力を抜きかけた時、ルマンが通りに駆け込んできた。


「遅いよ、ルマン――」


 文句の一つも言ってやろうとしたチトセの言葉に被せるように、ルマンが声を張り上げる。


「デポッサ老を探ってたのはこいつじゃない。別の奴だ!」



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― 新着の感想 ―
今も見られてたかな?
面白くてここまで一気に読んでしまいました! 続きも楽しみにしています。
更新ありがとうございます。 やっぱりか…言動が雑で証拠残さず犯罪出来る人間には思えなかったですものね。
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