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八話

それは冷えた雨の日のことだった。

客が疎らになってきた頃に、彼は現れた。

ストレートの長い黒髪には、微かに緑色が混じっている。

長い指と指を繋ぐ間には水かき。

白い顔から突き出す耳はツンと尖っていた。

その容姿を見た時に大志は「河童だ」と思った。

ダウナーで水属性を思わせる外見と、それに合う日本の妖怪というのがそれしか思い浮かばなかったのもある。

カウンターに座った


「いらっしゃいませ」

「抹茶、冷たいので。甘くしないでいいから」


冷えた日に珍しい、とは思いながらも決められた手順で注文のものを大志は作り始めた。

耳かきに似た匙で抹茶を掬い、空気を込めて混ぜる。

そして氷と水を入れてからかき混ぜる。

無糖のアイス抹茶の完成だ。

大志が完成したそれを客の前に出すと、他の席にいた織部が戻ってきた。


「お客さん。抹茶と一緒にお料理いかがです? きゅうりも仕入れてますから」


そう言われると客はカウンターに肘を乗せ、ふぅん、と鼻から息を吐いた。


「マイクロアグレッション」

「はい?」


切れ長の目で店員を見つめる。

大志も織部も聞きなれない言葉に体の動きを停止させた。

縁庵の外のように、冷めて温度の無い目だ。


「……僕が河童だからってきゅうりが好きって思ったでしょ? そういう偏見で決めつけてくるの」

「はあ……」

「別にきゅうりなんて好きじゃないし、相撲なんて汗臭い事やらないし。勝手に僕の好み決めないでくれる?」

「あ~……すいませんでした」


カウンターには重い空気が流れた。

そんな中、客はスマホを弄っている。

それが河童の青年、佐々木清美ささき きよみとの出会いだった。

水族館のメンテナンスなどを行うスタッフであり、熱い食べ物を嫌っている。

これは最悪な初対面を経てもめげなかった織部が佐々木に接していって知った情報である。

佐々木は厭世的な雰囲気を纏っていたが、押しには弱いようで織部と会話をするようになった。

そんな彼を見て大志は、自分も同じだったな、と思う。

強引に踏み込んでいるのに、何故か彼を拒めないのだ。

それに大志は、佐々木のような性格の人種に見覚えがあった。

河童だからじゃない。

わざと最初に壁を作ったり、拒絶をしたりして人との関わりを拒絶する。

そういった生き方をする人間を、若き日の大志の周りにはたくさんいた。


(あいつも、色々あったんだろうな)


佐々木に親近感を覚えた大志は、織部とは対照的に適度な距離を開けて接していた。

そんな日々を過ごしていた。


「佐々木さん好きな人できたの!?」


縁庵の中で、織部の声が響く。

大志がそちらの方を見るといつもの席に座って困惑した顔をする佐々木に、オーナーが笑って身を寄せていた。

佐々木が来る時間帯は他の客が少なく、その日も大志が見送った客が去ると、縁庵には祠で眠っているコンを除けば、店員二人と客一人の三人だけだった。


「声、でかい」

「あ、ごめんごめん。でもすごいじゃん。素敵なことだよぉ」

「付き合ったとかでもないのになんで喜んでんの?」

「だって人を好きになるって、それだけで幸せなことじゃないですか? ドキドキして、ふわふわした気持ちになってさ」

「少女漫画の見過ぎ。なんだよその語彙」


佐々木は溜息を吐く。

鬱陶しそうな顔をしながらも、本気で嫌がってはいないようだ。

曰く、同じ水族館の受付で働いている女性らしい。

織部が「どういうところが好きなの?」と聞けばしばらく黙った後に「最初は、笑い方。しっかり者なのに子供っぽく笑うんだ」と、小さく答えた。

彼女の話になると、普段の冷淡な佐々木とは違う柔らかい喋り方をする。

心の底から彼女が好きなのだろう。


「それで、告白はいつします? 俺、協力する! 縁庵で告白してくれることになったら、特別なメニュー用意するし」


また始まった。

大志は、そう仕方なく思う。

織部のその言葉に佐々木はしばらく黙った。


「告白って、しなきゃダメかな」


重々しく、切なげな声だった。

彼のその言葉に次第に織部は青ざめていく。


「……もしかしてその人、奥さんなの?」

「違うよ。相手はいない」

「そっかぁ~……よかった」

「ただ、怖いんだ」


佐々木の重々しい言葉に、大志と織部は顔を見合わせる。

もしかして自分の性格の難があるところを気にしているのだろうか。

大志は言葉にはしないもののそんなことを考えた。


(確かに初対面の店員にあんだけ圧かけたんだ。無自覚にモラハラとかしそうだな)


そんな彼を置いて佐々木は自分の、水かきの付いた手の平を眺めていた。


「人と妖怪って、どうしたって違うし」

「……そりゃ、俺だって最近になって妖怪が本当にいるって知ったんだけど、それって当たり前なんですよね? 普通に一緒に仕事したり、友達になったり、恋もしたりするって」


大志がそう切り出すと、佐々木は唇を噛み締めた。

大志には佐々木の悩みがわからなかった。

ごく普通に人間のいる社会に溶け込んでいる妖怪だ。

皆が、そう言ったことに悩むことなく過ごしていると思っていた。

いつも以上に重い沈黙の後、佐々木が口を開いた。


「昔、僕の近所に仲のいいお姉さんが住んでいたんだ」


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