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七話

初の休日。

大志は織部に連れられ、小糸が飾られている駅前の美術館へと向かった。

彼女から渡されたチケットを手に、清潔感の漂う厳かな建物に入る。


(美術館なんて小学校の時に社会科学に来たっきりだな)


美術というものは、当時の大志にとっては古臭くて下らないものであった。

不良時代から更生した後もそういった部類に触れる余裕はなかった。

改めて今、ガラス越しに歴史を背負った物達に触れると、色々と考えるものがあった。

技術の乏しい時代でどんな工夫や加工をしたのか、それを教えてもらい、当時の人間の熱意に感心する。


「あ、見えた。大志、小糸さんがいたぞ」


いつもより声を抑えて織部はそう言った。

彼が指さす方を見ると、ガラスの柱がそこに立っていた。

中には黒漆で塗られ、螺鈿の花を咲かせた琵琶が置かれていた。

人ではない姿だが、それは訪問着を纏い品性を漂わせる小糸そのものだった。

彼女の真正面には黒いパーカーを着た男性が立って、じっと展示された琵琶を見ている。

勇吾であった。


「やあ、勇吾くんも来てたんだ」


耳元で声をかけると、勇吾はちょい、と手を上げた。

それからすぐに小糸へと目を向けた。


「綺麗だろ。姐さん」

「うん。すげえって感じする」

「ここに来る前に注意されてると思うけど写真は撮っちゃダメっすよ。絵葉書なら売店にあるから、それ買って下さいよね」


軽口を叩いて、クスクスと勇吾は笑った。

今の彼にはホスト然とした華美さは無く、少年のような純粋さがあった。

勇吾と同時に展示場を抜け、売店で琵琶が写された絵葉書を買った。


「時間あります? お礼したいし、メシ奢りますよ」


彼の言葉に素直に従った二人は、美術館の中にある洋食店に入った。

注文を終えると、勇吾は机に肘をついて語り出した。


「俺さ、あの日だけじゃなくてずっと小糸姐さんに救われてんすよ」


少しだけ目を下の方に向けながら、水の入ったコップの縁を指でなぞる。


「俺の家ってシングルマザーだったんだけど、母親は……あんま俺の事好きじゃない感じだったんすよ。殴られたり怒鳴られたりはされなかったけど、目は合わせないし必要なことしかしないし。ガキなりにわかるんすよね、そういうのって。俺が天狗だったからなのか、元からガキが嫌いな人だったのかはわかんねえっすけど」


突然過去話をされて、大志は面食らう。

織部も黙って聞いているので、自分もそうせざるを得ない。


「そんな俺の事よく心配してくれたのが、姐さんなんすよ。たまたま母親とその彼氏が部屋の中にいて気まずくなって、外にいた俺のこと見つけてくれて、世話してくれて。その日からずっと、ほんとの家族みたいに接してくれたんすよ」


そこから勇吾はぽつりぽつりと話す。

小糸が自分に色んなことを教えてくれたんだと。

勉強。箸の持ち方。挨拶の仕方。


「そんな普通の母親が教える様な事から、仕事で役立つ事も、数えきらないものを姐さんから与えて貰ったんす。今こうして俺がここにいるのはあの人のおかげなんすよ」


少し、声が詰まった気がした。

間違いでは無いようで、勇吾は向かいに座っている二人に顔を見せないように俯いている。


「……馬鹿見たいって思うでしょ? もう二度会えなくなるわけじゃないってのにさ。こんな情けない姿、姐さんには見せたくなくって……綺麗にお別れしたいなぁ」


お別れ。

その言葉が大志の胸に突き刺さった。

散々苦労を掛け、ようやく就職が出来て、『いい息子』として胸を張れるようになった。

そんな入社式初日に「行ってらっしゃい」といつものように自分を送ってくれた母親。

彼女が大好きな菓子を大志が自分の金で稼いで帰った時には帰らぬ人となっていた。

今でも瞼に焼き付く母親の顔を思い出す。


「なあ、あんた。小糸さんに言いたいことあるなら、全部言って来いよ」


突然声を発した大志に、勇吾が顔を上げる。

彼が「でも」と言う前に勇吾は続ける。


「いつ一生会えなくなるかなんて、誰にもわかんねえだろ? カッコつけて無くたって、あの人はお前の事わかってくれるよ。信じて、花とかなんか贈って、ちゃんとお別れ言って来い」


そうしてしばらく、勇吾は固まった。

それからすぐに彼は顔を顰めて、顔を手で覆いながら立ち上がった。


「ちょっと、顔直しにいくんで、先食べててくださいっす」


手の平越しにくぐもって震えた声が聞こえた。

彼が去っていくのを見届けると、織部が肘で大志の体を突く。


「やるじゃん。きっと勇吾くん、わかってくれたよ」

「……だといいけど」


そう言って、届いた料理を前に、勇吾が泣き止んで帰ってくるのを待つ。

泣き終わった彼は、泣く前より後悔することなく小糸と別れられるだろうか。

そう考えながら大志は思い返す。


(俺……母さんが死んだ後にちゃんと泣いたっけ)


そんな風に考え、ふと窓の外をみた。

外では親子連れやカップルなどが歩いており、皆心の底から幸せそうだった。


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